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80 責任


 傷の手当てを受け、セネガに付き添われて天幕で休んでいた泉実は、戻ってきたシドと改めて再会の喜びを分かち合った。


「イヅミ様……よくご無事でいてくださいました」


 シドは泉実の前で膝を折り、下を向いて声を詰まらせる。

 泉実も思わず涙腺が緩み、手の甲で目元を拭う。そんなしんみりとした感動の場面に割って入ってきたのは、王都軍の将だった。


「失礼いたしますイヅミ様。将軍職を拝命しておりますダレスにございます」

「あ……ダレス将軍」


 敷物に座っていた泉実は腰を浮かせた。


「いやいやどうぞそのままで。遅ればせながら、きちんとしたご挨拶をと思いましてな。この機を逃しますと、またいつお話ができるとも限りませんのでお邪魔をした次第です」

「はい、初めまして……じゃなくて、ザイルの城でもお会いしてますよね。その、このたびはご面倒をおかけしました」


 泉実は座り直し、ぺこりとお辞儀をした。


「何をおっしゃいます。アルドラの国と王家を守るのが我々の役目。しかし、はじめから私が離宮へ同行していれば、今回の事件は防げていたかもしれないと思うと悔やまれてなりません。いずれにせよ、ご無事で何よりでございました」

「はい……ありがとうございます……」


 なんだか愚痴っぽい相手を前に、泉実はちょっと困った顔をした。

 シドとセネガをうかがい見れば、二人とも呆れた表情で上官を眺めている。


「帰りは私がお守りいたしますゆえ、大船に乗ったつもりでご安心くだされ」


 ずいと身を乗り出したダレスに満面の笑顔で告げられ、まあ、悪い人ではないのだろうと、泉実もニコと笑みを返したのだった。



 泉実を取り戻した王都軍の一団は、館に向かっていた工兵軍の戻りを待ち、昼過ぎに帰還の途に就いた。

 火事になった館は、兵が到着した頃には自然鎮火していたという。泉実はその話を、出立前に挨拶に来た団長ディランから直接伝えられた。


 セネガとシドが同乗する馬車に乗り、色々と考えているうちに眠りに落ちかけていた泉実は、不意に意識が引き戻されるように目を覚ました。

 何とはなしにカーテンを開けて窓の外を見ると、川の向こう岸に、数十メートルの列をなした兵が併走していた。


「イヅミ様。お疲れでしょうから、少しお休みください」


 セネガがカーテンを閉めようとするのを、手でやんわりと制して問いかける。


「あの隊は、どうしてあっち側を進んでるんですか。前のほうにいる甲冑姿のあれ、陛下ですよね?」

「それは、今回の件には南シーレーンも関わっておりますので、あちらの領主との話し合いに向かわれたのでしょう」


 不自然な説明ではない。だが、あの先には例の集落があったはずだ。

 泉実は車内の二人を見た。

 セネガもシドも、心なしか苦しげな表情をしている。


 ――何だろう、この胸騒ぎは。


 ハディスの率いる隊列が崖に隠れて見えなくなったあとも、泉実はじっと川の向こう側を見つめていた。



 ◇◇◇



 軍の先触れを受け、外に集まった谷の住民は姿勢を低くして到着した隊列を出迎える。

 その集団の最前列にいた老齢の男が、ハディスの前で両手をついた。


「この集落の(おさ)、バイアンと申す者でございます。谷の者が起こした此度(こたび)の一件、誠に、申し訳ございません」


 住民らはバイアンを筆頭に、全員で地面にひれ伏した。


「まるで自分たちは関与していないとでもいうような口ぶりだな」


 ハディスが口の端を歪め、冷淡に返す。

 バイアンははっとしたように顔を上げ、苦渋に満ちた表情で弁明した。


「責任逃れと思われても仕方のないことですが、我々は、先ほど軍のかたにお話を伺うまで、リザリー神のご使者が谷にいらっしゃることすら存じておりませんでした」

「そこにいる子供は、そうではないようだが?」


 ハディスが目で示した先には、十二、三歳くらいの少年が、他の者とは違うおどおどした様子を見せていた。

 皆から問いただすような視線を注がれ、少年は肩をすぼめて縮こまりながら、消え入りそうな声で話し出した。


「……何日か前、イザークの兄ちゃんに服を貸してくれって言われて貸したんだ。でもなんで、って訊いたら、同じくらいの年の子供を攫ってきたからだって……」

「おまえ、なんでそんなことを黙ってたんだい!」


 隣にいた母親らしき女性が、甲高い声で少年を怒鳴りつけた。


「だって、笑って言ってたから冗談かと思ったんだよ。それに、こんな大変なことになるなんて思ってなかったし……!」


 少年はほとんど泣き声だった。


「そういうことだ、バイアンとやら。余はそのほうらに連帯責任を問う」

「――それは……我々に、どのような罰を科すと仰せられますか」

「なに。命までは取らぬ」


 ハディスは明確な答えを示さず、バイアンたちを見下ろしたまま、周りの工兵に短く告げた。


「火の用意を」



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