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79 攻防


 シドがガイゼルの手下たちに斬りかかる。

 たちまち情けない悲鳴やわめき声が上がり、ローエンは泉実を崖下まで誘導するようセネガに指示をすると、自身はその場に留まる姿勢を見せた。


「イヅミ様、あちらへ」


 近衛の兵に囲まれて、泉実はふらつく足で崖のほうへと退避した。

 川辺では戦闘が繰り広げられている。しかし王都軍と寄せ集めの小悪党とでは、人数も力の差も歴然としていた。

 手下の中にはナイフで気丈に応戦する者もいたが、大半の者は勝ち目なしの戦いを早々に放棄し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「逃げる敵は追うな! 弓部隊!」


 ローエンの号令に、崖の上の集団が一斉に矢を放った。

 泉実の頭上を幾多の矢が流れ飛び、そこかしこで短い呻き声が上がる。標的となった男たちは肩や足を射抜かれ、バタバタと地面に倒れていった。

 泉実はそちらを気にしつつ、崖の下に到着するとセネガに尋ねた。


「セネガさん、上にいる人たちは……」

「現地ナバムの領兵です。彼らに谷の道案内を頼みました」


 セネガはここに来るまでの経緯を簡潔に説明した。

 敵の拠点がこのドゥーリスの谷にあることまでは掴めた。だが一口に谷と言っても、その範囲は広大だ。加えて王都の人間にとっては知らぬ土地である。

 そこでハディスはナバムに入ってすぐ、現地の領主である兄ナイジェルに出兵協力を要請した。

 そして今朝、隊がいくつかに分かれて谷の探索を開始しようとした時、異変が起こった。

 雲一つない空に雷鳴が轟いたかと思うと、凄まじい音を立て、北東の山に光の柱のごとき(いかずち)が落ちたのだった。

 文字通りの、青天の霹靂(へきれき)であった。

 この大陸において雷は神罰とされる。全員が同じ方向を見つめたまま、金縛りにあったように動けずにいた。

 しばらくして落雷した場所から煙が上がり、ハディスが声を発した。


 ――天が、我らに道を示した。


 かくして全軍でこちらに向かっていた途中、泉実たちの気配を捉えた、ということだった。



「そうだったんですね……」


 あの時館で感じた衝撃は、やはり落雷だったのだ。

 泉実は今になって女神の加護を感じ、そしていつの間にか辺りが静かになっていることに気づいた。

 ものの五分とかからず、決着がついたらしい。

 味方の人垣に囲まれていた泉実は、川辺の状況を確認しようと首を伸ばす。が、さりげなく前に立ち塞がったセネガによって視界を遮られた。


「イヅミ様、もう少し先に移動しましょう」

「でも、シドたちは」

「大丈夫です。全員あとからまいります」


 血の汚れを拭い去ってから、とは口に出さずに、セネガはこの場からの移動を促した。

 惨状を見せまいとしているのだと察した泉実は、素直に皆と共に崖の向こうへ回り込んだ。すると前方から、王都軍の旗を掲げた数百の騎馬隊が近づいてくるのが見えた。

 先頭の馬上にいるのは、甲冑姿のハディスだ。


 ハディスが馬から降り、自分のほうにやってくる。

 泉実はよろよろと前に出た。


 二人、至近距離で向かい合う。


「よくぞ、無事であった」


 涙の残る目で見上げてくる泉実を見つめ返し、ハディスが言葉をかけた。


「――はい……」


 そう応えるのが、泉実は精一杯だった。


 今の泉実はまさに満身創痍(まんしんそうい)の状態だった。服と靴は土で汚れ、ところどころ布地が裂けている。髪は乱れて艶をなくし、また泉実自身は気づいていなかったが、頬や首筋にうっすらと血が滲んでいた。

 ハディスは周りがほとんど気づかぬほどに表情を険しくすると、後方にいたダレスに告げた。


「すぐに手当てを。イヅミを馬に乗せよ」

「は。――馬をこれへ!」


 ダレスが部下に命じ、(くら)を付けた小型の馬が兵に引かれてやってきた。

 泉実は兵の手を借りて馬にまたがり、手綱を引くセネガに誘導され衛生兵が待機する天幕に向かった。二人のあとに、セネガの部下ら近衛兵の集団が続く。

 そうして泉実が離れていくのを見送ったハディスは、ダレスにその場を任せ、斬り合いになった現場へと足を運んだ。




「陛下」


 後処理を指揮していたローエンが一礼して出迎える。


「全員捕らえたか」

「この場にいた者は一人残らず捕縛いたしました。イヅミ様が監禁されていたと思われる場所には、現在ディランの隊が向かっております」

「――陛下!」


 そこへ歩兵軍を率いるクレイグが到着した。


「この少し先の川辺にて、首謀者と思しき男が血を流して死んでいるのを発見いたしました。剣の傷はなく、どうやら崖の上から転落した模様です」


 三人の間に一瞬の沈黙が降りた。


「――例の領主の叔父か」

「風貌などから間違いないかと。また林の中に、旧セイレン王家の紋章を掲げた馬車が繋がれているのも見つかっております」

「まだ付近に残党が潜んでいるやもしれぬ。引き続き現地の兵とそのほうの隊で捜索にあたれ」

「はっ」


 クレイグが(こうべ)を垂れ、ローエンも承知したように目礼する。

 ハディスは氷のような眼差しで辺りをざっと見回すと、マントを翻して隊列に戻っていった。



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