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77 南へ


 館の前には中から出てきた手下たちがたむろしていた。六、八、十……十人、今の時点で確認できる。

 木の幹に隠れるようにして様子をうかがっていた泉実は、玄関を見ながら体の向きを整えた。

 あの玄関が南を向いているのは、ここに連れてこられた時点で分かっていた。その時沈みかけていた太陽が、入り口に向かって左の空にあったからだ。


 ――こっちが南……元来た方角だ。


 それから現在の太陽の位置を確認し、真っ直ぐ前を見て木々の間を走り出した。



 館が見えなくなるまで走ったあと、泉実は山林をひたすら一直線に歩いていった。

 木々の合間から見える太陽は、先ほどと変わらず十時の方向の上空にある。ちゃんと南に進んでいる証拠だ。

 とにかく日が沈む前に、行ける所まで行かなくては。

 との決意もむなしく、一時間もしないうちにぜいぜいと息切れしてしまい、ここで早くも休憩を取ることにした。

 運良く付近に小さな川を見つけ、ひとまず喉の渇きを癒やす。


 こんなに激しい運動をしたのは、いつ以来だろう。


 そういえば空腹も感じている。ゆうべと今朝と、パンを一個ずつしか口にしていないのだ。食べて寝るだけの生活だった館ではまだそれでも良かったが、さすがにこれだけ体を動かせば腹も減るはずだ。

 木の実か何か、食べられそうなのものを探して辺り見回すと、すぐそばの木の根元に、ヒラタケに似た大小のキノコが生えているのを発見した。

 泉実は小さいほうを一本もぎ取った。

 色は白く、匂いもほとんどしない。


 ――これって、食べられるのかな……。


 この国に毒キノコがあるかどうかは知らないが、以前キャンプが趣味の知り合いから、毒なんてありません、みたいな顔をしたキノコが意外にも毒を持っていると聞いたことがあった。

 やはり、やめておいたほうがいいのか――。


 いや、しかしだ。

 こちらの世界で自分は特異体質になる。フラムやハーツが効きすぎる反面、イザークが使った、催眠作用のあるナントカの香は、自分には効かなかった。


 ということは、案外平気なのではなかろうか。


 助けに出会えるのにあと何日かかるか分からないのだ。水だけでは到底体力が保たない。

 そう考えて恐る恐る、傘の部分を一口かじってみた。

 それは味らしい味はしないものの、風味と食感が見た目通りヒラタケで、そのままでも割といけた。

 残りを口に入れ、木の根元に座り込んで十分ほど経過を観察する。体調に異変は起こらなかった。

 どうやら大丈夫そうだと、もう一本も平らげる。

 さらに数分後。

 そのまま体を休めていた泉実は、腰に巻き直した布の先に、いまだカーテンの房掛けが付いていることに気がついた。

 房掛けをつまみ上げ、ぷっと吹き出す。

 こんなものをぶら下げて必死に走っていた姿を想像すると、ちょっと滑稽だった。

 取ろうとしたが、指がふるふると笑ってしまい上手く取れない。というか、きつく縛りすぎた。

 なんだかもう全てが可笑しくなってきた。

 三分以上格闘して、やっと房掛けは取れた。泉実はそれをポイと後ろに放り投げ、しばしの間、一人でけらけらと笑っていた。



 ◇◇◇



 ……どうやら笑い茸だったらしい。


 冷静な思考を取り戻した泉実は、少し前の自分を思い返し、恥ずかしさで赤くなった顔を手で覆った。

 もし誰かが見ていたら、完全におかしい人と思われていたに違いない。むしろ人がいなくて幸いだった。

 とりあえず腹も満たされ、逃避行を再開すべく腰を上げる。



『――土地勘のない人間は迷って死ぬか、獣に襲われて死ぬかのどっちかだ』


 イザークの話では、この辺りには獣がいるということだった。なるべく早く、谷を抜けなければ――。


 とその時、近くでパキッと枝が踏みつけられた音が響き、泉実ははっとそちらに顔を向けた。



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