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73 救い


 塔の部屋に連れ戻された泉実は、腕組みをしたイザークの前で椅子に座り、ずっと下を向いていた。


「なに今頃しおらしくしてんだ。――まったくおまえはきかん気の強い奴だ。おとなしく相手に従うふりをしときゃいいものを」


 演技の一つもできないのかと、イザークは壁にもたれ、これ見よがしに息を吐いた。


「……あのガイゼルという人が、セイレン王の末裔というのは本当なんですか」

「ああ。南シーレーンの現領主の叔父だ。それまで領主の座を狙ってたのが、おまえが現れたんで色気を出して王位を狙うことにしたらしい」

「どうしてあの人は、こちらの事情を色々と知ってたんですか」


 フラムの酒が自分の弱点であること、そしてあの日離宮を訪れる予定だったこと。

 シーレーンの領主の親族が、どこからその情報を仕入れたのか。


「じじいの手下が行商人として王室に出入りしている。近々離宮を訪れる予定の、酒の飲めない客っていうのはリザリエルに違いないと、そいつが報告してきた。冴えない風貌の中年男だが、なかなか勘の働く奴らしくてな。――俺はじじいの指示で、そいつが運ぶ荷に紛れて離宮に侵入し、食糧庫に潜伏して夜を待った。いつかの質問の答えだ」


 もう隠す必要もないのか、イザークはそうして侵入手段を明かした。


 ガイゼルは元々手下を王室に出入りさせていた。ということは、以前からアルドラ王家への反乱を目論み、内部の動向を探っていたのだろう。


「――あなたがたは、なぜあんな人に従うんですか」


 報酬だけが理由とは思えなかった。引き換えとなるリスクを考えれば、あまりにも割に合わないからだ。

 雇い主に、イザークたちのような人種を惹きつけるカリスマ性があるのかと考えたこともあったが、その線も今はない。


「あいつは言った。もし自分が新たな国の王となった時には、俺たちのように社会から疎外されている人間にも、人並みの生活が送れる土地を分け与えると」

「……まさかあなたは、そんな約束が守られると本気で思ってるんですか」

「いいや?」


 イザークが可笑しそうに否定するので、泉実は不可解なものを見るような顔になった。


「けどあの二人は信じてるみたいだぜ。あと、じじいが連れてきた連中もな」

「……連れてきた連中、って」

「さっきの部屋の隣には奴の手下どもがいたんだ。今夜からそいつらがおまえの監視役をする」

「え――?」


 じゃあ、イザークとあとの二人は。


「じじいを屋敷まで送り届けて俺たちの仕事は完了だ。いずれおまえもそっちに移る。そうなりゃ俺たちが顔を合わせることもないだろう」


 と、そこでイザークは壁から背を離し、扉に向かって歩き出した。


「え……ちょっと待ってください」

「まあ、達者で暮らせや」

「イザークさん!」


 泉実は立ち上がり、焦った声を出した。


 尋ねたいことはまだあった。

 それに、なぜ彼がこんな悪事に加担するのか、その答えも聞いていない。



「――俺は、救いなんて求めちゃいない」



 出ていく間際に一度だけ振り返り、イザークは泉実にそう告げると、扉を閉め、カシャンと錠を掛けた。




 遠ざかる足音を聞きながら、泉実は部屋の真ん中で茫然と立ち尽くしていた。


 イザークの考えていることが分からなかった。

 救いを求めていないというなら、いったい何を望んでいるのか。

 先ほどの、彼が最後に見せた、全てを見限ったような荒んだ目つき。

 いっそ何もかも壊れてしまえばいいとでも言いたげな、あの眼差しは――――。


 泉実は困惑に瞳を揺らし、そしてある物を視界の隅に捉えてぴたりと動きを止めた。

 視線の先にあったのは、ここに来てまだ一度も世話にならずに済んでいる、例の蓋付きの陶器瓶。


「…………」


 さっきガイゼルは、自分を部屋から出すなとか言ってなかっただろうか……。



 まずい。



 これは、本気でぐずぐずしていられない。

 泉実は別の焦りを覚え、打開策を講じるべく、椅子に座り直して必死に頭を回転させた。



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