71 黒幕
館での軟禁生活五日目。
眠りから覚めた泉実はベッドの上で背中を起こし、片方の腕を頭の後ろで折り曲げてうーんと伸びをした。
ちなみに朝の目覚めではない。今まで昼寝をしていたのだった。
誘拐されて皆に心配をかけている最中、こんな呑気なことでいいのかと自分でも思う。しかしこの部屋にはテレビもゲームもパソコンもない。それらはなくて仕方ないとして、本の一冊すらない。
つまりは何もすることがないのだ。
ついでに言うなら昼食も出ない。ここ西の大陸において食事は朝夕の二回が基本であり、昼にも軽食を取るのは、ごく一部の層の習慣だと聞いていた。
泉実は足元に揃えておいた靴を履き、ひたひたと格子窓に歩み寄った。
館は林の中に建っているため、遠くの景色を望むことはできない。だが室内で壁を見つめていても気が滅入るだけなので、日に何度かこうして気分転換に外を眺めるのだった。
そこへ錠の外される音がして、無口な二人組の片方が部屋に入ってきた。その手にあるのは泉実が元々着ていた服で、男は椅子の上にそれを置く。
そのまま黙って出ていく相手に泉実は礼を言い、扉が閉まると借り物の子供服を脱いで着替えをした。
――やっぱり、自分用に仕立ててもらった服のほうが着心地がいい。
最後にキュッと腰布を巻き、泉実は脱いだ服をたたんでベッドの上に置いた。
今はこんなふうに、自分の服と借りている服を交互に替えてもらっていた。
といっても、裏の小川で洗濯をするのは泉実自身である。
朝起きたら着替えを持って川に水浴びに行き、脱いだ服は洗濯して、乾いたら持ってきてもらう、というサイクルがここ数日でできあがっていた。
こうして午前に一回、見張り付きではあるが外に出ることを許されているので、何とか腐らずに済んでいる。
しかし、午後が暇だった。
いったいいつまでこの生活が続くのだろう。
あのリーダーの男は、三日前の昼から姿を見せていなかった。
一昨日の朝外に出た際、建物の裏に繋がれていた馬が一頭だけになっているのに気がついた。ということは、もう一頭にあの男が乗って遠出でもしているのか――。
と、そんな考えを巡らせていた時、扉の向こう側に再び人の気配がした。
覗き窓から垣間見えたのは、今まさに頭に思い浮かべていた相手だった。
「よお、逃げ出さずにいたか」
入ってくるなり、男は相変わらずの人を食ったような調子で言った。
「そっちこそ、ここから出ていったのかと思ってましたよ」
「俺がいなくて寂しかったか」
「……まあ、いてくれたほうが助かりますけど」
なにせあの無口組とは会話が成り立たない。
たまに泉実のほうから話しかけてみても、是か非を返されるか無視されるかで、まったくにべもないのだ。
泉実の返答に男はフンと鼻を鳴らし、腕を組んで扉のほうに顎をしゃくった。
「出ろ。下でお館様がお待ちだ」
泉実ははっと瞠目した。
お館様とは、まさか――。
「自分で一刻も早くリザリエルが見たいと言っておきながら、塔の上まで行くのは億劫だとぬかしやがった、あのじじい」
『お館様』を数秒後には『じじい』と言い換え、男が毒づいた。
――下の階に、黒幕がいる――。
男たちを雇って自分を誘拐した人物。ようやくそれが誰なのか分かる。
泉実は表情を引き締め、心の準備をした。
◇◇◇
男に腕を掴まれ、初めて足を踏み入れた一階のそこは、かつて貴賓室でもあったのか、内装は古いなりに豪奢にしつらえられた部屋だった。
その中央で、白っぽい髪色の男が両腕を椅子の肘掛けに置いて座っている。
黒塗りの杖を右手に持ち、トランプのキングの絵柄に見る髪型をした男は、泉実たちが近くに来ると椅子から立ち上がった。
「ほおう……これがリザリエルか」
泉実を上から下まで無遠慮に眺め、満足げに視線を細める。
それは罠に掛かった狩りの獲物を前に、このあとどう調理しようかと考えている者の表情に似ていた。
――この男が……。
見覚えのない顔だ。これまでに城で挨拶を受けた客の中にもいなかったと思う。
事件の首謀者が身近な人間でなかったことに泉実はひとまず胸を撫で下ろし、自分とさほど背丈の変わらぬ相手を静かに観察した。




