07 東の宮
「イヅミは東の民と聞いているけれど、家族で西に渡ってきたの?」
必ず訊かれるだろうと予想していた、出自に関する問いだった。
泉実は静かにカップを置く。
「家族は、こちらにはいません。僕は、その……意識のない間に連れてこられたというか、途中の記憶があやふやなんです」
嘘ではないが、シュリの目を見て話すことができず、つい下を向いてしまう。
シュリはそんな泉実の様子をじっと見ていたが、ふと痛ましげに視線を細めた。
「すまない。辛い経験をしたんだね。――ところで、帰る場所はあるの」
「いえ……」
「なら、この宮で暮らすといい」
何でもないことのように言われ、泉実は驚いて顔を上げた。
「それは無理です」
「無理というのは、なぜ?」
「なぜって……」
本気で提案しているらしいシュリに対し、泉実は感謝するより先に戸惑いを覚えた。
この世界で自分は素性の知れない不審者だ。一般家庭の世話になるならまだしも、王族の住む城になど身を置ける訳がない。
それともこちらでは、そのあたりの意識が違うのだろうか……。
「お城に住むのは……さすがに問題があるかと」
悩んだ挙げ句、そう答えるに留めた。
泉実が消極的なのは、少し離れた場所に控えている従者が気になったせいもある。
年は二十代なかばから後半の、目も髪も鳶色の男だ。
軍服ではないので文官と思われるが、身のこなしや表情には隙がなく、滅多な者は王子に近寄らせないといった雰囲気を醸し出している。
直接目が合うことはなかったものの、泉実はその従者に、ずっと探るような意識を向けられているのを敏感に感じ取っていた。
「何か問題があるか? ルーク」
シュリが斜め後ろに首を巡らす。
「この宮に、シュリ様のお客人を歓迎しない者などおりません」
ルークと呼ばれた男の意外な返答に、泉実は内心で目を丸くした。
シュリは泉実に向き直る。
「そういうことだ。当面の間はここにいるといい。今後の身の振り方については、また改めて相談しよう」
にこりと微笑み、決定事項とばかりにルークに細かい指示を出す。
ルークが一礼して退出するのを、泉実は複雑な気持ちで見送った。
「あの、本当にいいんですか」
「民の安寧を図るのは、王族の責務だ」
それまでと変わり、シュリは上に立つ者の顔を覗かせてきっぱりと答えた。
泉実はそれ以上何も言えなくなり、ただ、ありがとうございますと礼を述べ、シュリの判断に委ねることにした。
そうしてあてがわれた部屋は、寝室と居間が分かれたつくりの、上等な客間だった。
泉実はすっかり気後れし、もっと簡素な部屋でいいとシュリに申し出るも、この宮に簡素な部屋はないとの弁で、あえなく却下されてしまった。
夕食は再びシュリと二人で取ることになり、泉実は宮の一階にある食堂に招かれた。
ルークが部屋の入り口に控える中、給仕が銀の蓋をかぶせた皿を次々と運んでくる。燭台の灯りが淡く照らす長テーブルの上には、見た目も美しいオードブルや壺に入ったスープ、肉料理、色とりどりの焼き菓子が並んだ。
いつもこんな豪華な料理が出てくるのかと尋ねた泉実に、シュリは「今夜は特別だよ」と言って、離れた向かいから笑みをこぼした。
その言葉に少しほっとしていると、手元のグラスに給仕が琥珀色の飲み物を注いだ。
一口含んで、泉実はグラスを置く。
予想通り、酒だった。
「口に合わない? 他のを持ってこさせようか」
シュリが給仕長に何か言おうとするのを見て、泉実は慌てて首を横に振った。
「違います。僕は未成年なので、お酒を飲み慣れていないんです」
というより、二十歳未満は法律で飲酒を禁じられていたのだと話すと、シュリは驚いた様子を見せつつ、すぐに何か果汁を持ってくるよう給仕長に命じた。
――なんか、恥ずかしい……。
数分後、グラスに入ったジュースを給仕長に恭しく差し出され、泉実は赤面する思いでそれを受け取ったのだった。