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68 北の王領


 ――あの川の向こうがシーレーン……かつてのセイレン王国……。


 泉実は食事の手を止め、椅子に座って足を組んでいる男をひたと見つめた。


「……もしかして、先祖の仇討ちのつもりでこんなことをしてるんですか」

「なんだ、やぶからぼうに」

「あなたがたは、あの集落……シーレーンの人間なんですよね?」

「だったらなんだ」

「セイレン王国がこの国の一部となったのは、アルドラが武力で占領したからだとか、そんなふうに思ってるんなら誤解してますよ」


 アルドラの最北に位置するシーレーンの領。

 東西南北の四つに区分けされたその地域には、エステル王の大陸平定に最後まで抵抗した部族の末裔が多く住むと言われている。

 民の気性の荒さゆえか、その土地はセイレン王国時代も抗争が絶えず、革命や反乱により君主も激しく入れ替わった。そして疲弊した王家側が隣国アルドラの統治下に置かれることを望み、時のアルドラ国王ラハトがこれを受け入れたのだ。

 ラハト王は領土の名称をシーレーンと改めて王領とし、土地を方角で四つに分けた。セイレンの王族は身分を落としてそれぞれの領主となり、代々、その子孫たちが土地を治めてきたのだった。

 シーレーンが他の領に比べとりわけ領主の権力が強いのも、その監視の意味で王都から総督が派遣されているのも、そういった歴史が背景にあるからなのだ。

 泉実は、キリエやメイゼンから教わった史実を話して聞かせた。



「――それは一つ勉強になった。だが、あいにくと俺たちには関係のない話だ」

「えっ……」

「先祖だの祖国だの、そんなものに特別な思いなんて抱いちゃいない。むしろ集落じゃ、自分の先祖を恨んでる奴のほうが多いだろうよ」

「……どういうことですか」

「おまえは本当に何も知らないんだな――。なんで俺たちがこんな僻地(へきち)に暮らしてると思う? この谷は、世間に見捨てられた人間が集まる土地だ。先祖が咎人(とがにん)だったり、身内が罪を犯して地域から追い出されたり、そういう連中が集まって生涯を過ごす場所だ」


 泉実は大きく目を見開いた。

 あの集落が、世捨て人の――いや、世に見捨てられた人々の暮らす場所?


「俗世の(けが)れを知らぬ神子殿は、そんな土地が存在することさえご存知なかったとみえる」


 沈黙してしまった泉実の無知を(わら)うように、男は口の片側を持ち上げた。

 男の言う通り、これまで誰からも教えられていなかったことだ。


「おまえは確かに言い伝えにあるリザリエルなんだろうよ。けど俺たちは今さら何の神も崇めるつもりはない。カナンに降ったという噂の流星も見てないしな」

「え……そうなんですか」


 自分も見ていないが、例の天啓は内陸のほとんどの地域で確認できたと聞いている。


「こんな谷深い場所じゃ、空も真上しか見ることができない。俺たちは世間どころか、天にも見放されているんだ」


 自嘲するでも吐き捨てるでもなく、まるで他人事のように乾いた口調で言って、男はそれきり黙り込んだ。


 泉実はもう、何も言えなかった。




「……ごちそうさまでした」


 食事を平らげ、膝に乗せていた盆を静かに脇に置く。

 男が立ち上がり、こちらに来て盆を手に取った。

 そのまま出ていこうとする相手の後ろから、泉実はおずおずと声をかけた。


「あの、僕も出たいんですけど……」

「ああ」


 男は面倒そうに応じ、軽く振り向いて「ついてこい」と言った。



 部屋を出ると前を歩くように言われ、ついでに盆も持たされて、泉実は階段を一階まで下りた。

 廊下の角には地味な服装の男が一人立っていた。こちらも印象が変わっていたが、あの白いフードをかぶっていた二人組の片方だった。背後から指示されるまま立っている男に盆を手渡し、薄暗い廊下を突き当たりまで進む。

 野外に連れ出されるのかと思いきや、屋敷レベルの建物だけあって、トイレは屋内に設置されていた。


 ――良かった……。


 そんなことに安堵して、泉実は個室に入った。



 帰りもまた男の前を歩いて戻り、部屋に入ろうとしたところで、隣から「待て」と声がかかった。


「これから用がある時は、これを扉の小窓から投げろ」


 いつの間に用意したのか、男が手に持って見せたのは、鉛色(なまりいろ)をしたピンポン玉くらいの大きさの鈴だった。


「そこの階段の中央を目がけて放れ。下にいる人間が気づく」


 扉の前にある階段は螺旋(らせん)式だ。その中央の吹き抜けに放れば一階まで落下して用を知らせる、ということらしい。

 男は呼び鈴ならぬ投げ鈴を強引に手渡すと、泉実を部屋に押し込め、扉を閉めた。



 ――こんなのがあるなら、最初から渡してくれればいいのに……。



 カシャンと錠が掛かる音を聞きながら、泉実は手の中の鈴を見つめ、ハァと脱力した。



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