64 糸口
事件発生から五日目の午前。賊の正体が浮かび上がったとして、再び閣議の間にハディスと重臣たちが顔を揃えた。
「城と離宮に関わりのある外部の人間を調べましたところ、双方の厨房に出入りする共通の行商人がいることが分かりました」
一同を前に発言するのは、歩兵と憲兵を統括する軍の団長にして、今回の調査隊の指揮をとるクレイグだ。ザイルの城でハディスが泉実と対面した際、広間にいた部下のうちの一人である。
「王室には二年ほど前より食材を納めている中年の男で、事件前日までの状況から、あの夜犯行に及ぶことは充分に可能であったと考えられます」
そこからクレイグは報告書を読み上げていった。
「離宮の厨房ではイヅミ様の来訪の連絡を受け、晩餐用の高価な食材を件の商人に発注しています。その際、料理に合う酒も用意すると申し出た商人に対し、酒は必要ないと言って断ったとのことでした。さらに城では昨年秋に、今後フラムの酒は納品しなくてよいと、料理長がその商人に伝えていたことも分かりました」
するとダレスがいつもの性急さで口を挟んだ。
「話が見えんが、それらの酒がどうしたというのだ」
「――イヅミは酒が飲めない。一度、フラムの酒に酔って意識を飛ばしたことがある」
投げられた問いに答えたのはハディスだった。
「なんですと? それはまことですか」
「私も初耳です」
「陛下、いつぞやイヅミ様がお倒れになったことがありましたが、あれはもしや――」
ダレスをはじめ、家臣たちの目が正面中央のハディスに注がれる。
「そうだ。事実が広まらぬように処理せよと、余が指示をした」
そして今回、離宮で泉実が酒類とハーツの香辛料を口に入れるのを防ぐため、双方の厨房において情報の連携をさせたのもハディスである。
「離宮の厨房人は、その商人にイヅミが来るとは話していないのだな」
「はい、次の週に来客があるとだけ伝えたそうです。ただ会話の中で、客人には酒を出せないというような話をしたらしいのです」
この大陸で酒を口にできない人間は限られる。城と離宮を行き来する男は、そこで何かしらの見当をつけた可能性があり、また仕事柄、食糧庫への侵入も容易であったとクレイグは述べた。
「そうだとして、行商人が何の目的でイヅミ様を攫うのだ」
「その男の素性は」
大臣側から矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
「動機については不明ですが、男は南シーレーンから来ていることが分かっています。現地の領主の屋敷とも取引がある実績から、王室への出入りが許可された模様です」
シーレーン。
アルドラで最大の広さを持つ領の名が出ると、ハディスを除く者たちは微妙な表情で視線を送り合った。
「……確かに問題を抱える地域ではあるが、陛下が北方の内乱を鎮圧されて以来、情勢は安定しているのではなかったか」
「宰相閣下の言われるとおり、ここ数年は暴動もなく目立った騒ぎは起きていません。シーレーンの最新の情勢については、今夜中に現地の総督から情報が入る予定です」
報告は以上ですと告げ、クレイグが発言を終える。
家臣たちは眉間にしわを寄せて黙り込んだ。
これは、思った以上に厄介かもしれない。
懸念された、味方の裏切りという線は薄くなった一方で、解決がより困難になったともいえる。
「陛下……」
王の座す場所に程近い席から、宰相が判断を仰ぐ。
「――ならばその情報を待つ。軍関係者は引き続きこの場に残り、あとの者はいったん通常業務に戻れ」
ハディスが悠揚迫らぬ態度で伝えると、宰相以下全員が「は」と返事を揃え、主君の命に追従した。




