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62 影の頭領


 泉実は顔をこわばらせ、相手を凝視した。

 これは明らかに意図的な行為だ。自分がフラムの酒に弱いのを、この男は知っているのだ。


 ――どうしてそれを……。


 城の家臣たちも知らないはずのことを、なぜこの男が知っているのか。


 初めて動揺の色を浮かべた泉実に、溜飲を下げたらしい男は愉快そうな顔でさらにコップを押し付けた。


「早く飲めよ。それともまた当て身を食らわされたいか?」

「…………」


 強引に手に持たされたコップの中を、泉実は硬い表情のまま見下ろした。

 ()がれた量はワイングラス一杯分くらいある。あの騒動の元となったケーキにどれだけのフラムの酒が使われていたかは知らないが、これは、下手をすると死ぬのではないか。


「……半分じゃ駄目ですか」

「甘ったれたことをぬかすな、さっさと飲み干せ」


 (いら)ついた気配を漂わせた相手を見て、泉実は観念したようにコップに口を付けると、息を止めて中身をあおった。



 ――数分後。



「なるほど……情報は正しかったようだな」


 ぐらりと真横に傾いた泉実の耳に、男のつぶやきはもう届いていなかった。



 ◇◇◇



 泉実が(さら)われてから三日目の深夜。

 王城の一室では、ハディスと重臣らが事件の解決に向け朝から討議を行っていた。

 いまだ犯人の目星は付いていなかったが、離宮に残る部隊から第二報、第三報と続報が入るにつれ、分かってきたこともあった。

 賊が外部から侵入した形跡がないこと、また入手困難な禁制品の香を使うなど周到に準備された様子がうかがえることから、内部の者の計画的犯行という見方が強まった。


「――信じられん。王家に関わりある者がイヅミ様を攫ったなどと……」


 現宰相が、唸るように声を絞り出した。


「ですが離宮からの報告によれば、事件のあと行方をくらました者はいないとのことです」

「密かに敵と通じ、手を貸したのかもしれんぞ。ともすれば今、我々の中にも――」

「何を言い出すのだ、ダレス将軍」

「少なくともこの場にいる我々の中に、そのような浅はかな真似をする者はおらぬ」

「内通者がいるとも決まった訳ではありません。離宮に出入りの者がイヅミ様の訪問予定を知り、犯行を企てた可能性もあります」

「何にせよ動機が不明です」


 ぴりぴりとした空気で家臣たちが議論する中、それを制するようにハディスが声を放った。


「この城と、離宮に出入りする外部の人間を調べ上げろ」


 そう言い残して王が席を立ったことで、長時間に及んだ討議はその日いったん終了となった。




 ハディスは政務区を出たその足で、ひとり王宮の敷地のはずれに向かっていた。

 一階のテラスから夜の庭を通り抜け、屋外をしばらく歩いた先に目的の場所はあった。木々に埋もれて建つ小さな平屋の建物の窓からは、ほんのりと灯りが漏れている。

 戸口を開けて中に入り、さらに奥に続く部屋の扉を開けると、そこにいた男は王の突然の来訪に驚いたふうもなく、その場にすっと膝をついた。


「敵は内部の事情に通じている」


 前置きなしのハディスの言葉にも、相手の男は同意を示すように、かすかに視線を下げてみせた。


「やはり、そのほうたちに動いてもらわねばならぬようだ」

「――すでに、各地に散らばる“商人”たちに召集をかけ、拠点にて待機させております」

「次に余が指示するまで、そのままで待機させよ。敵の手の中にはイヅミがいる。決して目立った動きはするな」

「御意」


 短く用件だけを伝え、身を翻して出ていくハディスに対し、男は(ひざまず)いた姿勢で深く頭を下げた。



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