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60 暗転


 当惑に瞳を揺らすシェラネイアを見つめ、泉実は静かに答えを待つ。


 彼女の父である宰相は、ハディスの行った粛清の対象となり、その職を罷免された。

 王都でも有数の名家であった宰相家はその後衰退の一途をたどり、それが原因であったのか、二年前に宰相は病でこの世を去ったという。

 シェラネイアは、実家を没落させ、愛する父を不遇に追いやったハディスを、いまだ恨んでいるのだろうか――……。


「……わたくしの父が任を解かれたのは、当然の処罰だったと理解しております」


 返された言葉は意外なもので、泉実は『えっ……』という顔をした。


「ですがイヅミ様は、あの王位争いの最中(さなか)、父と陛下との間でどういった密約が交わされていたかをご存知ではないでしょう」

「密約……」

「父の兵による加勢を得て、ウィレム殿に勝利し王となったあかつきには、わたくしを正式な妃にすると。そして父を宰相の職に据え置くと、陛下は約束なさったそうです」


 シェラネイアの口から語られる内容に、今度は泉実の表情が硬くなる。


「わたくしがその事実を知ったのは、父が城を追放された日です。最後の面会となったその日、父は口惜(くちお)しそうに申しておりました。陛下は元より自分を切り捨てるつもりで話に乗ったのだと」

「…………」

「ナイジェル様のご一家をナバムに避難させる際も、陛下は、ナイジェル様に王位継承の権利放棄を要求したと、そのような噂もございます。――陛下のことを、決して冷酷無比とは申しません。ですがわたくしは……常にご自身が有利となる策を巡らしているあのかたに、心からの信頼を寄せることはできないのです」


 泉実は言葉もなく、ただ茫然とシェラネイアを見つめていた。


 そんな話は知らなかった。

 だがそれは、本当なのか。

 シェラネイアは、自分の父親が利用されたと感じているのだろうか。

 宰相に対するハディスの仕打ちは、果たして裏切りにあたるのか――――。


 次々と疑問が湧き上がるが、そのどれにも答えを出すことはできなかった。

 ただ、自分がショックを受けていることだけは分かった。


 泉実の胸中が伝わったのか、シェラネイアははっと我に返ったように頭を下げた。


「申し訳ございません、このような話をお聞かせするつもりではごさいませんでした」

「いえ…………僕こそ、何も知らずに……」


 すみませんでしたと言って、それきり泉実は黙り込んだ。



 そのあと、彼女と何と言葉を交わして部屋を出たかは覚えていない。

 シドに付き添われて客間に戻る間、隣から話しかけられたことにも曖昧(あいまい)な返事をして、泉実は部屋に入るとすぐにシドを下がらせ、一人になった。



 ◇◇◇



 ――――――――。



 ベッドの中で、泉実は閉じていた目をぱちりと開いた。


 ――駄目だ。眠れない……。


 そろそろと起き上がり、寝巻きから部屋着に着替えて隣の居間に移動する。


 夜も遅い時刻だったが、泉実は今から離れの温泉に入ろうと考えた。どうせ眠れないのなら、もう一回湯につかって気分をすっきりさせたい。

 誰かが入っていなければ、湯殿(ゆどの)はいつでも利用できたはずだ。部屋の前にいる警備兵に案内を頼もうと、廊下に続く扉を開けてそっと顔を出した。


「あのー……」


 すると灯りの消えた廊下には、香草を(いぶ)したような匂いが漂っていた。

 なんだ……? と怪訝に思った次の瞬間、すぐ足元に兵士が倒れているのが目に入り、泉実はびくりと肩を揺らした。

 一瞬の硬直のあと、慌ててその場に屈み込み、思いつく言葉で兵士に呼びかけてみる。しかし相手はぐったりとしていて、反応がない。


 人を呼ばなければ。


 泉実は立ち上がり、しんと静まり返った廊下の左右を見渡した。そして暗がりの中、目を凝らした先に見えたのは、階段の踊り場や通路に倒れ込んでいる他の兵士たちの姿だった。



「――――!!」



 頭の中に、危険を告げる警鐘が鳴る。



 この場にいてはいけない――。



 とっさに駆け出そうとして、自身に制止をかけた。

 ここは一階だ。廊下を通り抜けずとも、部屋のテラス窓から外に出られる。そう気がついて室内に戻ろうとした直後、背後でカサ……と衣擦れの音がした。


「つっ…………!」


 突如、首の後ろに鈍い痛みが走り、衝撃に霞んだ視界が墨色に染まっていく。


 泉実が覚えているのは、そこまでだった。



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