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06 マナフィスの都


 革張りの対面椅子に一人ぽつんと座り、泉実は浮かない顔で馬車に揺られていた。

 てっきりエルマたちも同行するものと思っていたのだが、王都へ行くのは自分だけだと出立間際に告げられたのだ。


 やはり、日本人である外見とゆうべの聴取内容が怪しまれたのだろうか。

 あの場では追及されなかったものの、報告を受けた軍の本部で問題視されたのかもしれない――そんな良くない考えが頭に浮かび、泉実は急に不安になった。


 持たされた包みを広げると、泉実が着ていたパジャマと、さらに包みに入った朝食用のパンがあった。

 思考が悪い方向に傾きそうになるのを押し留めながら、泉実はパンをかじり、窓から流れる景色を目に映していた。




 中世ヨーロッパにも似た街並みや田園を抜け、見えてきたのはファンタジー映画に出てきそうな洋風の城だった。

 馬車は城壁に沿って裏に回り、通用門の手前でゆっくりと停止する。守衛は御者台(ぎょしゃだい)の兵士二人をみとめてすぐに門を開き、一行はすんなりと敷地内に通された。


 かくして泉実は今、王城の一室にいた。

 貴賓室らしき部屋に案内され、ここで待つように言われて一人きりにされたのだ。

 といっても壁を隔てた廊下側には何人もの兵士が立っており、何やら物々しく感じたのは、決して気のせいではない。

 王都に行くとは言われたが、まさか城に連れてこられるとは思わず、泉実は事情が飲み込めないまま、緊張の面持ちで長椅子の端に掛けていた。

 不意に「こちらです」という声が部屋の前から聞こえ、短いノックのあとに扉が開いた。

 泉実は反射的に立ち上がる。


 入ってきたのは、従者を伴った年若い貴公子だった。


 金に近い亜麻色の髪に、意志の強そうな緑の瞳。

 容姿と(たたず)まいには品格があり、光沢のある白いシャツの下に、仕立ての良いズボンと短いブーツをはいている。

 もしや王子の登場かと泉実が目を見開いていると、相手も泉実を見て軽く目を見張り、それから顔を(ほころ)ばせて言った。


「ようこそお越しくださいました。私はこのザイル国の王子でシュリといいます」


 ――当たりだ……。


 泉実は開きそうになった口を閉じ、慌てて頭を下げた。


「国境付近で、私と年の近い異邦の民が保護されたと聞き、是非お話がしたくてお呼び立てしてしまいました」


 そう説明する王子シュリの瞳には、紛れもない歓迎の色が浮かんでいる。

 泉実はそれを見てようやく緊張が解け、ほっと安堵の吐息をついた。


「そうだったんですね……。初めまして、深谷泉実といいます」

「フカヤ・イヅミ殿ですか?」

「あ……はい。フカヤは名字で、名前がイズミです」

「では、イヅミ殿とお呼びします」


 泉実は曖昧(あいまい)に微笑んだ。

 『いずみ』の発音と、先頭を強調するアクセントに違和感があるも、とりあえずこの場は流すことにする。


「イヅミ殿、まずは昼食をご一緒しませんか。そこのテーブルに用意させます」


 窓際のテーブル席を手で示し、次いでシュリは従者に食事を運ばせるよう指示をした。



 用意されたのは、サンドイッチにタルト、フルーツといった英国のアフタヌーン・ティー形式の軽食だった。

 変わった習慣だと思ったが、元々量はそれほど食べない泉実にはかえってありがたかった。


 シュリは国王夫妻の唯一の子息で、今年十七歳の成人を迎えたのを機に、(ひがし)(みや)と呼ばれるこの居住棟を与えられたのだという。

 二十歳(はたち)くらいかと思っていたシュリが年下だったことに泉実がびっくりしていると、泉実が十八歳と知ったシュリも「十五、六歳くらいかと……」と驚きを(あら)わにしていた。


 はじめシュリが庶民相手とは思えないほど丁寧な話し方をするので、恐縮してしまった泉実は、どうか普通に接してほしいと頼んだ。

 その後は少し砕けた口調に改め、この国のことを話して聞かせていたシュリは、従者がお茶を注ぎ足したタイミングで泉実に質問をした。



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