57 真相
「なぜ、そなたがそのようなことを気にする」
「ずっと不思議に思ってたんです」
一夫多妻制のアルドラ王室においては、母の違う王子女が複数いた場合、母方の血統が兄弟姉妹の序列に影響を及ぼすとは聞いていた。立太子の制度を設けているのは、そのためであるとも。
だが現状で、ユインが王太子とされない理由が泉実には思い当たらなかった。
ハディスはこの先、よほど身分の高い女性を妃に迎えるつもりで、あえて立太子を先送りにしているのか。あるいは王太子妃の称号を持つマデイラに配慮しているのか――。
いらぬ世話だと言われても、ハディスの口から真相が聞きたかった。
「ユイン王子は賢い子です。どうして世継ぎに指名しないんですか?」
「そなたは、それを望んでいるのか」
「それが、自然ではありませんか」
「なるほど……。とくに理由はない」
「…………はい?」
予想もしていなかった返答に、泉実は反応が遅れたうえ、素っ頓狂な声を発してしまった。
「いや――理由はないなんて、嘘でしょう?」
ハディスがそんな考えなしであるはずがない。
はぐらかされていると感じた泉実は、その瞳に非難と落胆の混じった色を滲ませる。しかしハディスは変わらぬ表情で言った。
「嘘ではない。今そうしなければならない理由が、取り立ててないと申している。後継者の肩書きなど、いざ争いが起これば何の意味もなさぬ。それはそなたも知っているのではないか」
「そうかもしれませんが……。一応の示しとして、陛下の意向を周知しておいてもいいのでは」
「ユインの他に余の子はおらぬ。あれが世継ぎたることは周知の事実だ」
「なら、立太子しない理由もない訳ですよね?」
なおも食い下がる泉実に、ハディスは口調を重く改め、こう告げた。
「王太子に立てられた者は、王城内に居を構えねばならぬ」
泉実は目を見開いた
「城はまつりごとを行う場所でもある。ゆえに王は城に住む。王太子もまた然りだ」
これには泉実もあっと思った。
そんな決まりがあるのは知らなかったが、道理といえば道理である。
ユインは離宮で生まれ育った。それはシェラネイアがユインを身ごもっていた時に、自らの意志で後宮を出ていったからだ。
もしユインが王太子になれば、彼はこの城に移り住まなくてはいけなくなるという。
だがそうなった場合、シェラネイアは――……。
「……もしかして、陛下がユイン王子を立太子しないのは、シェラネイア様のことを思って……?」
「まあ、いずれは心を決めてもらうが。ユインを連れて城に戻るのか、一人で離宮に残るのか。しかしそれは、今でなくてもいいだろう」
「――……」
ハディスはユインのことも、シェラネイアのこともちゃんと考えていたのだ。
泉実は先ほどまでの己の発言を恥じ、下を向く。
「すみません。僕が、考えなしでした」
「詫びる必要はない。今日はそなたの意見を聞く良い機会となった。――外泊の件に関しては、余から離宮に連絡を入れておく」
それとなく話を切り上げたハディスの意向に、泉実はもう異議を唱えなかった。
「はい……よろしくお願いします」
殊勝な態度で頭を下げると、椅子から立ち上がろうして、思い直したようにまた腰を下ろした。
「すみません、もう一つだけ――――僕がザイルからこの国に来た時の旅で、宿泊地に離宮が入ってなかったのは、何か理由があったんですか」
それは離宮を出立した日、王都へ向かう馬車の中で抱いた疑問だった。
「遠回りになるからだ」
まったく単純な理由だった。そしてその答えを期待していた泉実は小さく頷き返し、失礼しますと言って部屋を出たのだった。
入室から十分と経たずに出てきた泉実に、扉の前で待機していたシドが遠慮気味に声をかける。
「いかがでしたか」
「来月以降なら、行ってもいいって。陛下から離宮に連絡してくれるって」
「さようですか――良かったですね」
「うん」
出てきた時の泉実の顔が、どこか沈んでいるように見えたのは気のせいだったらしいと、シドはほっと表情を和らげた。
「では、お部屋に戻りましょう」
「その前に、ちょっとレスターさんに用があるから、付き合ってほしいんだ」
「レスター殿に?」
「離宮のみんなへのお土産のこととか、そういうのの相談に乗ってもらおうと思って」
「かしこまりました。お供いたします」
レスターとはあまり懇意にしてほしくないのが本音であるが、そういった事情であればやむを得ない。シドは黙って泉実に付き従った。
その夜、アルドラでは王都を中心に、広い範囲でこの冬最初で最後の雪がちらついた。




