49 騎士と仕立て屋
ハディスと夕食を共にした二日後の午前、泉実の部屋に突然の訪問者があった。
「イヅミ様! 大事ありませんでしたか」
「レスターさん」
「イヅミ様がお倒れになったと聞いた時にはこのレスター、生きた心地がいたしませんでした……! ああ、再び元気なお姿を拝見できたことを女神に感謝せねば」
「ご心配をおかけしました。その、病気とかではなかったので、もう大丈夫です」
相変わらず大仰なレスターの口上を受け、泉実は嘘にならない程度に言葉を濁した。
王宮が上を下への大騒ぎとなった一昨日の件については、リザリエルが酒に酔って倒れたではいささか問題があるとして、心労からめまいを起こした、ということにされたのだ。
ばつの悪さから下を向いた泉実の前に、すっと包みが差し出された。
「こちらは、快気祝いでございます」
「あ……。お気遣いありがとうございます。ですが、さっきも言ったように病気とかじゃな」
「さあ、遠慮なさらず中身をご覧ください」
「――はあ……」
わずかに良心の呵責を感じながら包みを広げると、中にあったのは水色の細長い布地だった。
「これは……?」
「西南の領カザリヤ特産の糸で織り上げた腰布でございます。いかがです、この極上の艶と肌触り。そしてこのしなやかさ。イヅミ様のお腰を包むにふさわしい逸品をと、この私がお見立ていたしました」
「わざわざありがとうございます。腰に巻くんですね」
「実は、それには別の使い方もあるのですよ」
「別の使い方?」
「ふふ。お知りになりたいですか」
「レスター殿」
壁際に控えていたシドが、非難を含んだ声でレスターを制した。
「これは近衛の騎士殿。いつからいたの」
はじめからシドがいたことは知っているだろうに、レスターは白々しく言ってのける。
ちなみに、この場にはイルゼもいる。
「イヅミ様の前で、低俗な話はお慎みください」
「言う前から低俗などと決めつけられては心外だね」
「違うというのですか」
するとレスターは人差し指をぴっとシドに向けた。
「私にそんな口をきいていいのかい? もっともらしい理由をつけて、きみだけ全身桃色の制服にしてあげることもできるんだよ?」
指先をくるくるさせながら人の悪い笑みを浮かべるレスターに、シドはくっと言葉を詰まらせた。
――なぜ陛下は、このようなふざけた男を重用なさっているのだ……!
仕立て屋としての腕は良いのかもしれないが、普段から城で勝手きままに振る舞うこの男の態度は目に余るものがある。
シドは不快感を両肩に漂わせ、忌々しげにレスターを睨んだ。
「おお。怖い顔だ」
「……地顔です」
「それは失敬。――ところでイヅミ様、ここ王宮内の敷地のはずれに私の工房がございます。私は当面の間そちらに通いますので、よろしければ今度見学にいらしてください」
「でも、お仕事の邪魔になってしまいませんか」
「何をおっしゃいますか。イヅミ様にお越しいただければ、逆に創作意欲が掻き立てられるというものです」
「じゃあ、近いうちにお伺いします」
「是非ともお待ちしております」
にこやかな笑みを作り、レスターは泉実の前で優雅に礼をして帰っていった。
「――行くのはお勧めしません」
「え?」
「話に出た工房です」
真剣な表情でシドに進言され、泉実は困ったようにイルゼのほうを見た。
「アスレイ殿、レスター様は陛下の信任厚いおかたですわ。そのように警戒なさらずともよろしいではありませんか」
イルゼはなだめる口調で言った。
「レスター殿の作業場には、外部の人間が複数出入りしていると聞きます」
「商人ではないのですか? お仕事柄仕方ないのでは……」
「……僕も、レスターさんはちょっと変わってはいるけれど、悪い人じゃないと思うよ」
泉実にまで言われてはそれ以上反論できず、シドは苦虫を噛み潰したような顔で押し黙る。
その様子を見た泉実は、生真面目なシドは、調子のいいレスターとは馬が合わないんだなと、心の中で苦笑した。