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48 親睦


 夕方になって目を覚ました泉実は、すぐそばにイルゼとシドがいるのを不思議に思った。

 そして二人から意識のなかった間のことを聞いて驚き、図らずも皆に迷惑をかけてしまったことをベッドの上から詫びた。


「心配かけてごめん。そんな騒ぎになってたなんて」

「イヅミ様に何ら非はございませんわ。わたくしどもが至らなかったばかりに、イヅミ様の身を危険に晒してしまったのです。本当に、申し訳ありませんでした」

「そんな大げさな――第一、みんなのせいでもないよ」


 ベッドから降りようとする泉実に、シドがすかさず手を伸ばす。


「イヅミ様、急に起き上がっては」

「大丈夫。頭痛とかもしないから」


 それでも体を支えようとするシドの手を素直に借りると、泉実は立ち上がって隣の居間へと移動した。



 それにしても、いくら飲み慣れていないとはいえ、前の世界では菓子や料理に含まれる程度の酒で酔うことはなかった。

 イルゼに水をもらいながら話す泉実に、シドは思案する顔で言った。


「フラムの酒も、他の酒と比べてとくに強い訳ではありません。はっきりしたことは分かりませんが、異なる世界からいらしたイヅミ様にとって、フラムは通常にない作用を引き起こすものなのかもしれません」

「そうかもしれない。でも今日のことで、あんまりみんな神経質にならないでほしいんだ。今まで問題なかったんだし…………あっ」

「どうされました」


 シドが即座に反応し、イルゼも何かあったのかと泉実の次の言葉を待った。


「……こないだ街で食べたパルテも、そういうことだったのかも」


 アルドラ名産の香辛料が使われていたというパルテ。

 泉実はあんなに辛く感じたというのに、同じものを口にしたシドやセネガは普通にしていた。


「あれに使われていた香辛料は、ハーツといいます。フラム同様、イヅミ様にだけ強く作用した可能性はあります」

「そっかあ……」


 てっきり自分の味覚がお子様なのかと思ったりもしたのだが、シドの推論通りであれば、何も恥ずかしいことはない。

 いわば、アレルギーのようなものだ。

 と、名誉回復の兆しに一転して気分を浮上させた泉実は、どこか嬉しそうである。しかしシドとイルゼにとっては深刻な話だった。


 あの外出のあった日以降、泉実の食事に辛味のある料理は出されていない。リザリエルは辛いものが苦手であるらしいと、セネガが関係者に伝えたからだ。

 だが今後さらに、泉実の口に入れるものには注意を払う必要がある。シドとイルゼは同じ考えでそっと視線を交わした。

 そこへ、キリエが泉実の様子を見にやってきた。


「イヅミ様、お体の具合はいかがですか」

「今は何ともありません。お騒がせして本当にすみませんでした。 陛下にもそのように――」


 お伝えくださいと言いかけて、迷惑をかけた手前、こちらから足を運んで詫びるべきかと思い直し、言葉を切る。


「その陛下より伝言を預かっております。もしご気分が悪いようでなければ、このあと夕食をご一緒したいと」

「えっ」

「イヅミ様を本館のお部屋にお招きしたいそうです」


 予想もしていなかった展開だ。

 しかしそれであれば、ハディスと直接話をするいいきっかけになる。

 泉実は、二つ返事でその申し出を受けた。




 初めて訪れたハディスの私室は、全体的に高級感が漂いつつも、絵画や置物といった実用性のない装飾品を一切排した、ある意味飾り気のない部屋だった。

 今この場には、テーブルに着いた泉実とハディスの他は、二人の給仕がいるのみだ。

 手元のグラスに薄紅色の液体が注がれるのを泉実が注視していると、「それは果汁だ」と正面からハディスが含み笑いを漏らした。


「――今日は、とんだご迷惑をおかけしました」

「迷惑などかかっておらぬ。肝は冷やしたが」

「すみませんでした……」

「よい。ここの暮らしはどうだ」

「はい……皆さんとても親切で、イルゼとキリエさんには色々なことを教えてもらってます」

「そうか」


 そんな当たり障りのない会話のあと、しばらくカチャカチャとナイフとフォークを扱う音だけが響き、泉実は悩んだ挙げ句、自ら切り出した。


「あの、何かお話があったんじゃないんですか」

「話という話はない」


 泉実は目をぱちくりさせた。


「ずっとそなたをイルゼたちに任せきりだったからな。たまにはこういうのも良いであろう。……余とそなたは、まだ互いについてよく知らぬ」



 ――ひょっとしてこれは、親睦を深める夕べ的な企画なんだろうか……。


 本当なら酒でも()み交わすところを、こちらが酒が飲めないために、夕食を共にする形で会話の場が設けられたのかもしれない。

 そう思うと申し訳ないやら照れくさいやらで、泉実はかえって言葉少なになり、ハディスもまた饒舌(じょうぜつ)には語らず、二人だけの夕食会はしんみりとしたムードの中、ただの面談に終わった。



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