47 真昼の騒動
「もう一方のお妃が、その……一服盛ったというのは、事実だったんでしょうか」
「今となっては分かりませんわ。そういった薬もあることにはあるのですが、生まれる前に子が流れてしまうのは珍しいことではありません。無事に生まれても、乳飲み児のうちに突然死してしまうこともあります。わたくしの娘が、そうでした」
ミリシナの告白に、泉実は小さく瞠目した。
「妾妃だったわたくしが正式な妃に取り立てられたのは、王の子を産んだからなのです。娘は半年ほどしか生きられませんでしたが……」
「そうでしたか…………お気の毒なことです……」
「これもさだめと思っております。ですが今は、陛下より充分なご温情をいただいておりますので」
そうしてミリシナはふっと表情を和らげた。
それはいつもの嫣然とした笑みではない、少し哀しげな微笑だった。
◇◇◇
「……なんか、重い話に付き合わせちゃってごめん」
東翼に戻る道すがら、泉実はシドの隣でぽつりと言った。
「イヅミ様がお謝りになることはありません」
シドは泉実の歩調に合わせて進みながら、行きと変わらぬ表情で答えた。聞いた話の大半はすでに知っていたことだ。
むしろ、何かを思い悩んでいる泉実の様子に、そちらのほうが心配になった。
話の内容に気鬱になったせいもあるだろうが、彼女たちに辛い過去を思い出させてしまったことに対し、自責の念に駆られているように見える。
「――イヅミ様が話を聞いて差し上げることは、皆様方の心の澱を取り払うことに繋がるかと思います」
泉実は歩みを止めてシドを見上げ、戸惑い気味に視線を揺らした。
「そうなのかな……たいして気の利いた会話もできないけど……」
「イヅミ様がそこにいらっしゃるだけで、皆様の心の支えとなりましょう」
いつだったか、シュリにも同じことを言われた。
泉実はこくりと頷き、また近いうちに、マデイラたちを訪ねてみようと思った。
数日後。
その日の昼食は、チョコレート色をしたパウンドケーキに似た焼き菓子だった。
昼にケーキが出てくるのにも慣れた泉実がそれを平らげ、イルゼがお茶のお代わりを用意していた時だった。
イルゼの背後で、カチャンと皿がぶつかる音に続き、どさりという大きな音がした。
「イヅミ様!!」
廊下にまで響いたその声に、扉の外に立っていた兵士二人は非常事態とみて室内に飛び込んだ。
そこで彼らが目にしたのは、床に倒れて動かない泉実の傍らに膝をつき、必死に名を呼びかけるイルゼの姿だった。
テーブルの上ではティーカップが倒れ、こぼれた中身が床に滴り落ち、ゆっくりと染みを広げていく。
「どうしました!」
「突然倒れられたのです、早くウルド医師を!」
血相を変えて部屋を飛び出していく兵士たちと入れ替わりに、騒ぎを聞きつけたシドが駆け込んできた。
「――イヅミ様!!」
シドは目の前の光景に一瞬にして青ざめるも、意識のない泉実を素早く抱え上げて奥のベッドに横たえた。
まもなく医師が駆けつけ、知らせを受けたハディスも出席していた会議を中断するなどし、王宮内は一時騒然となったのだが――――。
「――酒に酔っているだと」
泉実の枕元に立つハディスは、怪訝な顔で先々代からの王宮医を見た。
泉実が倒れたと聞き駆けつけてみれば、老齢の医師ウルドの見立ては『酩酊状態』というものだった。
その診断結果に、イルゼ、シド、キリエの三人もやや唖然としている。
「そちらの料理長殿によれば、昼食の焼き菓子にフラムの酒が使われていたとのこと。おそらく、リザリエルにはフラムの酒が強過ぎたのでしょう」
「――申し訳ごさいません。これまでリザリエルにお出しした料理にも、酒は使用してまいりました。まさか、このようなことになるとは……」
フラムはアルドラに生育する樹木で、果実は酒の原料になる。ほのかに甘い香りのするその酒を、今回初めて、泉実に出す菓子に使ったというのだ。
平伏せんばかりに頭を下げて釈明する料理長を、ハディスも責めることはできなかった。
本人から「酒は飲めない」と聞いていたハディス自身、今日のような事態が起ころうとは予測していなかったのだ。
この大陸に、酒が飲めない成人はいない。好んで飲酒しない者はいても、体質的に酒を受け付けない人間がいるという話は聞いたことがなかった。
なので宴の席で一度も酒杯に口をつけない泉実を見て、場を楽しんでいない意思表示でもしているのかと、あの時は少々憎らしく思ったのだ。
ベッドの中の泉実は頬をほんのり上気させ、眉根を寄せながらも規則正しい呼吸をしている。
その様子を見下ろし、ハディスは呆れとも安堵ともつかぬ息を吐いた。
「今後、フラムの酒をイヅミが口にせぬよう、そのほうたちで徹底せよ」
ハディスは部屋にいる全員に厳命すると、キリエを伴い、中断した会議に戻っていった。




