46 四人の妃
「……ミリシナ様は、マデイラ様ともよくお話をされるんですか?」
「ええ。わたくしと彼女は年も近いですし、夫が違いましたので、良好な関係でいられるのです」
泉実はそれを聞き安心した。
マデイラは、この後宮で孤立してはいないようだ。
彼女にはこれ以上つらく寂しい思いをしてほしくないと、そう願ったばかりだった。
「イヅミ様、今日は何かございました?」
「え……どうしてですか」
「先ほどから、気落ちされたご様子ですわ」
そんなことはないと言おうとして、出かかった言葉を呑み込む。
ミリシナは、人の機微に聡い。
それにマデイラと情報交換をする仲ならば、ここでごまかしても無駄だろう。
そう考えた泉実は正直に、今さっきマデイラから、六年前の悲劇について話を聞いたことを明かした。
「――あれは不幸な事件でした。わたくしは当時、東の後宮……ここではない館におりましたので、マデイラ様とも王太子殿下ともほとんど顔を合わせる機会がなかったのですが、お二方とも、お気の毒だったとしか言いようがありません」
ミリシナは沈痛な面持ちで当時のことを語りながら、『東の後宮』のところでさりげなく言い直した。
「東の後宮って、僕がいる所ですよね」
「ええ……ご存知でいらっしゃいましたか」
「そのことも気になってたんです。あの場所は現王の後宮と聞きましたが、どうしてシェラネイア妃は離宮に住んでるんですか? 他にもいたというお妃の人たちは、今どうしてるんですか」
こんなことを彼女に聞くのは、本当は良くないと分かっている。
けれど、今知りたかった。王の臣下であるキリエやイルゼでは立場上口にしづらいであろうことも、ミリシナなら事実として教えてくれるはずだ。
部屋の隅に控えているシドは、黙って成り行きを見守っている。
ミリシナはそちらに視線を流し、シドが口を挟むつもりがないのを見て取ると、泉実の真剣な眼差しを受け止めて言った。
「分かりましたわ。では、陛下が即位されてからのことをお話しいたします――」
◇◇◇
シェラネイアは、ハディスの最初の妃だった。
時の宰相の一人娘であり、当時二十歳だった彼女は、ハディスの即位後まもなく、ミリシナと入れ替わるように東の後宮に入った。
そして王位を巡る争乱から半年後、再び政務の場に激震が走った。
それまで城において公然と行われていた汚職を取り締まるべく、ハディスが粛清に乗り出したのだ。
宰相もまた、城の神官らと癒着し私腹を肥やしていた事実が明るみに出たことから、罷免を申し渡された。
これを知ったシェラネイアは、ハディスに陳情する。
――陛下があの争乱でウィレム王子に勝利できたのは、わたくしの父が加勢の兵を出したからではありませんか――。
しかしハディスは取り合わず、宰相に処分を下すとその私財を召し上げた。また大神官をはじめ、城の神殿関係者全員を独断で放逐し、王宮神殿を閉鎖した。
シェラネイアはハディスの仕打ちに悲嘆し、後宮を出ると言い出した。
だが彼女はその時すでに王の子を宿しており、実家に戻ることは認められなかった。代わりに北の離宮に移り住むことを許され、その翌年、離宮でユインを産んだ。
シェラネイアが去ったあとの後宮には、その後三人の妃が相次いで入宮した。
一人は妃の最高位、すなわち王后として南のエンハン王国より迎え入れた王女。
あとの二人は、どちらもこの城の大臣を父に持つ妾妃だった。
この二人の妾妃は、身分も出自も同じとあって当初より反目し合っていた。それがある騒動をきっかけに表立って対立するようになり、やがて双方の父親同士の派閥争いに発展する事態となった。
その頃、北の領では内乱が勃発し、ハディスは鎮圧に向け遠征に赴いていたが、自身が不在の城で起きた内部分裂を現地で伝え聞いた際、激しい怒りを見せたという。
結果、渦中の大臣二人は政権の中枢から遠ざけられ、同じくハディスの勘気に触れた二人の妾妃は、自ら後宮を退去していった。
そんな中、もともと体の丈夫でなかった王后が流行り病で亡くなると、それ以降ハディスが妻を娶ることはなかった――。
「……その二人のお妃は、何がきっかけで対立するようになったんですか?」
「一方のご妾妃が、懐妊後すぐに流産してしまわれたのです。それを、もう一方のご妾妃に子流しの薬を盛られたからだと申されて……」
「…………」
宮廷ドラマそのままの展開だ。
シェラネイアが城を出たのは夫婦間の確執が原因であり、後宮で何かあったからではなかった。
とはいえ、女同士の熾烈な争いがやはりここでも起こっていたのだと、泉実は色々とやるせない気持ちになる。