42 招かれざる客
そうしてナイジェルの姿が見えなくなってから、泉実は自分も退出しようとしていたのを思い出し、気を取り直して腰を浮かせた。
――が、その時。
「陛下」
今度はキリエが、ハディスの傍らで常ならぬ硬い声を発した。
泉実は思わず動きを止め、キリエが注視している客席に目を向けた。すると、揃いのローブを着た二人の男が大勢の中から進み出てきた。
一方は五十代、もう一方は三十代と思しき表情の薄い男たちだ。彼らは並んで跪き、恭しく頭を垂れた。
「――陛下におかれましてはお変わりなくご健勝のご様子、慶賀の至りに存じまする。このたび、尊き女神のご使者が我が国に降臨されましたこと、誠に喜ばしく――」
二人組の年嵩のほうが、台本を読み上げるように祝辞を述べていく。
対するハディスは感情のこもらない目で彼らを見下ろしていたが、男の慇懃な挨拶を聞き終え、酷薄な笑みを口元に浮かべた。
「リザリエルが本物かどうか、確かめてこいとでも言われたか」
壇上から投げられた言葉に、男たちは弾かれたように顔を上げた。
「め、滅相もない」
「我々はそのような……」
「この者は真のリザリエル。帰ってそのほうらの仲間に伝えるがよい。神罰が下るはずの余のもとに、こうして御使いが参ったとな」
顔をこわばらせて固まる二人に言い捨てると、ハディスは泉実の腕を掴んで立ち上がった。
「所用を思い出したゆえ、我々はこれで失礼する。皆はこのあとも存分に楽しまれよ」
「え……ちょっ……」
ハディスの突然の行為に驚いた泉実は、腕を掴まれたままの姿勢で抗議の声を上げかけ、次の瞬間口をつぐんだ。
見上げた横顔が、ひどく冷たい表情をしていたからだ。
周囲がざわつき始める中、泉実は状況が飲み込めないまま、ハディスに引きずられるようにして広間から連れ出された。
腕を離されたあとも、泉実は付かず離れずの距離を保ち、とぼとぼとハディスの後ろを歩いていた。
結果として宴を抜け出せたのはいいが、帰りの道順が分からないのだ。会場にいたはずのキリエとイルゼは、あとを追ってはこなかった。
一度もこちらを振り向かないハディスが居住区まで連れていってくれることを信じ、黙って彼のあとについていく。そうして導かれたのは、小さな中庭を臨むテラスのような一角だった。
ハディスは少し先にある篝火の近くまで行くと、そこで足を止め、ようやく泉実を振り返った。
しばらく互いに無言を貫いていたが、気詰まりになった泉実は仕方なく自分から話しかけた。
「さっきの二人組の人たちは……」
「かつてここの神殿に仕えていた者たちだ」
その簡潔な答えで、泉実はだいたいの事情を察した。
『――今のアルドラ王は、それまでの重臣を次々と処罰した挙げ句、王宮神殿を閉鎖して神官を残らず城から追放したんだ』
シュリから聞いた通りだとすれば、あの二人はその時に追放された神官なのだろう。
当時何があったかは知らないが、ハディスの『神罰が下る』云々 の発言から、神殿側が激しく反発したであろうことは想像に難くない。先ほどの様子を見ても、両者は今なお関係修復には至っていないようだ。
「王様は、随分と敵が多いんですね」
言ってしまってから、ハディスが目を眇めたのを見て、泉実は『言葉が過ぎたか』とちょっと焦った。
しかし次にハディスの口から出たのは、予想外の台詞だった。
「その『王様』というのはいただけんな」
「――え?」
「余をそのように呼ぶ者は、ここにはいない」
「……ザイルにいた時も、僕は国王をそう呼んでましたけど……」
「ザイル王は、そなたにとって他国の王だ。また話が違う」
自国の王に向かって王様と呼ぶのは変なのか。
もっともアルドラが自国かと問われれば違う気もするが、なんにせよ、国王の指摘を受けては改めるしかない。
「では、陛下とかハディス様とかお呼びすればよろしいんですか」
「そなたは臣下ではない。無理にそのような言い方をせずともよい」
……なら何と呼べばよいのだ。
眉を寄せて閉口する泉実を前に、ハディスはくっと喉を鳴らした。
「――まあよい。好きにいたせ」
結局いいのかと、泉実は分かったような分からないような顔になる。




