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41 大公


 宴の開始から三十分を過ぎて泉実が登場し、会場内に歓声が上がる。

 案内をしてきたイルゼが壇の手前で脇へ退()き、そこからはキリエに誘導され、泉実は昨夜と同じ場所に上がった。今夜はマデイラの姿は見えず、後宮の女性たちも昨夜の半分ほどの人数だった。


「……遅くなりました」


 不機嫌を押し隠し、ひとまず殊勝に言ってみせる。

 椅子の肘掛(ひじか)けに半分もたれるようにしていたハディスは、かすかに目を細めて泉実に座るよう促し、出席者たちにリザリエルの登場を鷹揚に告げた。


 それから一時間弱、さばくように彼らからの挨拶を受け、ようやく順番待ちの列が途切れた頃合いを見計らい、「ではこれで」と泉実が立ち上がった時だった。


「イヅミ」


 初めてハディスに名を呼ばれ、泉実はびくりと相手のほうを向いた。

 だが自分を呼び止めた当人は正面を見ている。その視線の先をたどると、こちらに向かって歩いてくる一人の青年の姿があった。


「マリシーク大公」


 続けてハディスが発した言葉に泉実は目を見張り、青年からハディス、そしてまた青年へと視線を往復させた。

 大公とは、王家から独立した分家の当主。

 この城に来た次の日、レスターの話から得た知識だった。

 アルドラではだいぶ前に貴族制度が廃止され、現在この国の支配階級に分類されるのは、王家と大公家、それと領主の家系であるという。

 マリシーク大公と呼ばれたその青年がすぐ前で腰を折ったのを見て、泉実は慌てて着席した。


「ご無沙汰しております、陛下」

「久しいな。……三年ぶりか?」

「不義理をいたしまして申し訳ございません。本日は、陛下がリザリエルをお迎えになられましたことのお祝いに参りました」


 ハディスが泉実のほうに首を巡らす。


「余の兄上だ」


 えっという声が出そうになったのを、泉実はすんでのところで押し留めた。

 これまで伝え聞いた話から、てっきりハディスのことを前王の第三王子だと思い込んでいたので、まだ生きている兄がいるとは想像もしていなかったのだ。


「リザリエルにはお初にお目にかかります。ナバムの領を預かりますマリシーク大公家当主、ナイジェル・マリシークにございます」

「あ……初めまして。イヅミと申します」

「イヅミ様、とおっしゃるのですね」


 そう言って薄く微笑むナイジェルの容貌は、あまりハディスに似ていなかった。この兄はどちらかというと線の細いタイプで、弟のハディスよりも若く見える。


「皆は息災か」


 ハディスが短く口を挟んだ。

 ナイジェルははっとしたように表情を引き締め、軽く頭を下げた。


「おかげをもちまして、家の者は変わりなく過ごしております。先日、セシルからは二人目の子が生まれたと便りがありました」

「それは何よりだ」


 そこで会話は途切れ、数秒間の沈黙が流れる。


「あの、セシル様というのは……?」


 泉実はナイジェルとハディスの双方に問いかけた。


「失礼いたしました。他家へ嫁いだ妹にございます」

「余と大公は母が違う。セシルは大公の同腹の妹だ」

「そうでしたか」


 多分そうだろうとは思ったが、今ほどの気まずい沈黙に耐えかね、座を取り持ったのだ。

 両者の雰囲気から察するに、兄弟仲は微妙らしい。

 でも良かった……と、泉実は心の中だけで呟いた。

 王位争いの一件もあり、ハディスの血縁に関しては不幸な想像をしてしまいがちだった。なので、こうして無事に暮らしている兄妹がいることが分かり、ほっとしたのだ。


「――それでは、私はこれで」


 ナイジェルが再び腰を折る。


「もうお帰りになるんですか?」


 泉実が驚いて尋ねると、隣でハディスもくいと顎を上げて言った。


「何もそのように急いで帰郷されずとも、今宵(こよい)は城に泊まっていかれてはいかがか。お望みなら特別に館をひとつ開放しよう。一部改築中ではあるがな」

「お気遣い痛み入ります。ですがあいにくと、屋敷に用を残してきておりまして……。慌ただしいことで申し訳ございませんが、これにて御前を失礼いたします」


 最後に深く頭を下げて後方に退き、ナイジェルはそのまま静かに会場を去っていった。



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