39 熱狂
大広間をあとにした泉実たちは、次に王宮の北東にある広場前の塔へと移動した。
長い廊下を渡って二階に上がり、角を曲がってしばらく歩いてはまた角を曲がり――と、どこをどう進んでいるのか泉実が分からなくなった頃、突き当たりに出現した螺旋階段の一番上まで行って、ようやく目的の部屋にたどり着いた。
そこには見知らぬ数人の人間と、ラッパや太鼓を抱えた軍楽隊が待機していた。
「かつてないほどの人出ですよ」
小窓から外の様子をうかがっていた軍服の男はハディスに伝え、泉実の前に進み出て敬礼した。
「騎兵軍団長、グイド・ローエンです。以後お見知りおきを」
「……初めまして、イヅミといいます」
その立派な体格には見覚えがあるような、と思いつつ、ローエンを初めて認識した泉実は初対面の挨拶を口にする。
対するローエンは何とも微妙な表情を見せるも、黙って目礼を返した。
時間までまだ少しあるとのことで、泉実とハディスはそれぞれ椅子に腰掛けて開始を待った。
このあと二人が立つバルコニーの窓は閉じられていたが、下の広場に詰めかけた人々のざわめきがここまで漏れ聞こえてくる。
泉実は軍楽隊が手にするラッパに目をやりながら、トランペットはこの世界にないのだろうか、などと考えていた。
「――高い所が苦手、ということはないであろうな」
不意にハディスが話しかけてきた。
「別に、高所恐怖症ではありませんが」
「天から降ってきた御使いに、愚問であったか」
ハディスが揶揄するように言った直後、窓の外から午前十時を知らせる鐘が聞こえてきた。
お時間ですとヴァーリに声をかけられ、二人で椅子から立ち上がる。
「余が右手をあげたら、笑顔を見せて手を振れ。ただしこちらは見るな。顔は民衆に向けていろ」
「……分かりました」
バルコニーの窓が開かれ、左右に分かれた軍楽隊が出ると、下からのざわめきが大きくなった。
ファンファーレが鳴ったのを合図に、泉実はハディスと共にバルコニーに出た。
次の瞬間、ワアッという大歓声が起こった。
眼下に映るのは、広場にひしめき合う大勢の人々。
見渡せば、広場の外にも城下に続く道にも、この国の全人口が集まったのではないかと思うくらいに人が溢れ返っていた。
泉実はその光景に圧倒され、一瞬、立ちくらみに似た感覚に襲われる。
ハディスが群集に向かって右手をあげた。
それを目の端で捉えた泉実は、言われた通りに手を振ってみせた。
「リザリエル様!」
「御使い様!!」
たちまち悲鳴にも似た叫びが上がり、人々が大きく手を振り返してくる。
「――ハディス王、万歳!」
「アルドラ王国万歳!」
「万歳――!!」
広場と城外を埋め尽くす群集が歓呼し、その熱狂の波は大きなうねりとなって辺り一帯の空気を揺るがす。
突として泉実の脳裏に、シュリとハディスの言葉が甦った。
――リザリエルの存在は、民の心の拠り所。
その存在は国民の希望の象徴となり、国家はなお一層、磐石の構えとなる――。
地響きのような歓声、そして自分たちに向けられる何十万もの熱のこもった視線を目の当たりにし、今やっと、泉実は二人が言っていたことを身をもって理解した。
「……笑顔を見せよ」
すぐ隣から、前を向いたままのハディスに言われて我に返る。
どうやら自分は上手く笑えていなかったらしい。
必死に笑顔を作り人々の呼び声に応えると、ある者は拳を高く振り上げ、またある者は感涙にむせび泣いた。
リィンゴーン……リィンゴーン…………
王宮内に再び鐘の音が響いた。国の慶事に鳴らされる、常よりも長い鳴鐘だ。
すると、呼応するように城下の教会で鐘が鳴った。続いて隣の町で、さらにその先でと、王都中に鐘が鳴り響き祝福を伝達していく。
雲一つない青空にこだまするその音色を聞きながら、泉実は遥か遠くを見つめて思った。
もう、後戻りはできないのだと。




