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37 東の後宮


 続いて泉実たちは、二階のミリシナの部屋を訪れた。



「――ようこそお立ち寄りくださいました。前王の妃、ミリシナと申します」


 そう言って出迎えたミリシナがまだ若いことに、まず泉実は驚いた。

 ハディスの父親の妃という話だったが、ハディスとさほど年は変わらない。おそらく三十にはなっていないと思われた。


「リザリエルのお越しを心待ちにしておりました。さあ、どうぞこちらへ」


 艶めいた笑みを浮かべ、ミリシナは泉実を奥へと招き入れた。



 ミリシナは妖艶と表現するにふさわしい女性だった。前王が死去して六年経った今も充分な色香を放ち、泉実は少々あてられ気味で侍女のいれたお茶を(すす)っていた。


「わたくしは前王が身罷(みまか)る二年ほど前に入宮しましたの。戻る家もありませんので、陛下のご温情でこちらに置いていただいております」

「ご実家が、ないんですか?」

「実家は兄夫婦が継いでおります。継いでいると申しましても、地方の小さな商家ですわ。わたくしは平民出身ですのよ」

「そうだったんですか」


 俗にいう玉の輿だ。

 しかしミリシナはなかなか相手の気をそらさない会話のできる女性で、そんなところも前王に気に入られたのかもしれなかった。

 彼女は十五分程度で自ら話を切り上げると、「では、また宴の席で……」と言って泉実を解放した。



 ◇◇◇



「マデイラ様もミリシナ様も、話しやすいかたで良かった」


 自室に戻った泉実は長椅子に腰を下ろし、ほうと息をついた。


「お疲れ様でした。今、お茶をご用意いたします」

「いや、あちらで散々ご馳走になったからもういいよ」


 苦笑しながら言うと、イルゼも「さようでしたか」と微笑んで茶器をしまった。


「あそこには、もっと女性がいるんだよね? 姿を見かけなかったけど……」

「はい。わたくしも正確な人数までは存じませんが、あちらの後宮には先の陛下のご妾妃方もいらっしゃいます。本日はイヅミ様がマデイラ様とミリシナ様を訪問されるということで、他の方々は部屋からお出になるのを控えられたのではないでしょうか」


 泉実は今のイルゼの言い方に引っかかりを覚えた。


「あちらの後宮、って、ひょっとして他にも後宮があったりする?」


 その質問にイルゼは小さく目を見開き、それからためらいがちに答えた。


「キリエ様から、お聞きではありませんでしたのね……。ここも、実は後宮なのです」

「…………え?」

「ここ東の翼棟は本来、現王の後宮であり、西の翼棟はその他内廷の男子王族方の後宮なのです」

「ええ!?」


 ――ここが、本来の王の後宮?


「ザイルからお戻りになった陛下より、リザリエルが風呂付きの部屋を所望されていると伺いましたので、急遽(きゅうきょ)、浴場の備わったこちらの棟に部屋をしつらえたのです」


 泉実は茫然となった。


「イヅミ様、お気を悪くされましたか?」


 黙り込んでしまった泉実を見て、イルゼは不安げな顔をする。


「……ううん、そんなことないよ」


 ただ、自らの短慮な発言が予想以上に周りに迷惑をかけていたことを知り、自己嫌悪に陥ったのだ。

 そして泉実はある結論を導き出し、さっと表情を硬くした。


「王様には、シェラネイア様の他にもお妃方がいたんだよね? その人たちがいなくなったのって、まさか僕がここに来たせいで……?」

「それは違います。この建物は、二年以上前から無人でした」


 その言葉にひとまず安堵しかけた時、イルゼはさらに追い打ちをかける事実を口にした。


「ですが今、ここより奥の館に浴場を設置する改築工事を行っています。おそらく年内には、そちらにお移りいただけますわ」



 ――あの日の自分の口を(ふさ)ぎに行きたい……。



 にこやかに告げたイルゼの前で、泉実は内心頭を抱え、後悔の渦に飲み込まれていった。



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