35 王族
城に来て一週間が経ち、部屋で朝食を取っていた泉実にイルゼが伝えた。
「このあとですが、キリエ様が後宮を案内してくださるそうですよ」
泉実は料理を口に運ぼうとしていた手を止め、目を丸くしてイルゼを見上げた。
「案内って、キリエさんが?」
「さようですわ」
「でも、王様は?」
「申し訳ありません、陛下は本日も外せないご用事がおありでして……」
「いや、王様の同伴なしに、他人が後宮に行ってもいいの?」
「はい。部外者がみだりに立ち入ることは禁じられておりますが、男子禁制ではございませんし、時には楽師や行商人なども出入りしておりますよ」
驚きだった。
日本の大奥のような閉ざされた世界を想像していたが、この国の後宮は随分とオープンだ。
「それと宴の件ですが、今回は三夜にわたり催されるそうです。イヅミ様には、初日にご出席いただければ、あとは強制ではないとのことでした」
「あ……うん、訊いてくれてありがとう……」
先の話に気を取られ、心ここにあらずといった様子で返事をした泉実に、イルゼは「どういたしまして」とにっこり微笑んだ。
それから一時間ほどして、伝えられた通りキリエが部屋にやってきた。
「後宮へご案内する前に、少々ご説明をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「あ、はい」
二人で窓際のテーブル席に移動し、角を挟んだ隣同士に腰を下ろす。
「今から参りますのは、居住区の西に位置する翼棟になります。最初にお伺いするのは、マデイラ王太子妃のお部屋です」
「マデイラ王太子妃……『王太子妃』!?」
一瞬、聞き間違えたかと思った。
王太子妃とはすなわち、王の世継ぎの妻、である。
あの青年王に、もう結婚している息子がいたとは……。
しかしキリエは、泉実の想像をやんわり否定するように言葉を足した。
「マデイラ様は、陛下の亡き兄上様、サリム王太子殿下のお妃です」
「えっ……」
「現在我が国は王太子不在のため、先代の王太子妃であったマデイラ様が、今もその称号をお持ちなのです」
「でも、ユイン王子だっているのに、どうして王太子不在なんですか」
「アルドラ王家は一夫多妻制につき、立后、立太子の制度を設けております。ユイン王子は陛下の唯一のお子となられますが、立太子されていらっしゃらないのです」
「それは、どうしてですか」
「陛下のご判断ですので、私どもには……」
そこでキリエは言い淀む。
よく分からないが、王室の権力に絡んだ事情などがあるのかもしれない。
「……すみません、続けてください」
「はい。その次はミリシナ妃のお部屋に伺います。ミリシナ様は前の国王の、つまり陛下のお父上のお妃です」
「ええと、ハディス王の実の母ではないってことですか?」
「さようです。陛下のご生母様は、十年以上前に亡くなられましたので」
確かに、王の実母が存命ならば最初に挨拶に行くことになるはずだ。
「以上となります」
「――え?」
「他には前王のご寵姫方がいらっしゃいますが、王族には連なりませんので、イヅミ様からお訪ねになる必要はございません」
「あの、ハディス王のお妃様は……」
「この王宮にはいらっしゃいません。陛下のお妃は、北の離宮にお住まいのシェラネイア様お一人となられます」
泉実はぽかんと口を開けた。
「……ヴァーリ副将軍は、シェラネイア様は王様のお妃の一人だと……」
「さようですか……かつては陛下の他のお妃方もいらっしゃいましたので、そのような言い方をされたのかもしれません。それに後宮の一切は、王が代替わりしますと次の王があとを受けます。王太子妃のご身分を持つマデイラ様を除き、他の女性は皆、陛下の妾妃ともいえるのです」
――なんだか凄い世界だ。
「あの」
「はい」
「……いえ、何でもありません」
かつていたという、王の他の妃たちがどうなったのか気になったのだが、今は訊くのを止めておこうと思い直す。
「それでは、参りましょう」
キリエは椅子から立つと、穏やかに泉実を促した。




