34 息抜き
そのすぐ後ろで、軍の中でも抜きん出て上背のあるローエンは、上官の頭越しに泉実たちを眺めて言った。
「話を元に戻しますが、陛下は、今はリザリエルのお心に波風を立てたくないとお考えなのでしょう。陛下ご自身、多忙を口実に滅多に東翼には足を運ばれないそうです」
「む……しかしだな」
「“叔父上”」
なおも言い募ろうと振り返ったダレスを、ローエンが強い語調で遮った。
「な、なんだ」
「彼らが移動します」
「なに」
見れば、泉実たち三人は再び歩き出していた。
「行きましょう」
大柄な部下に頭上から促され、ダレスは渋い顔のまま泉実たちのあとを追った。
教会の鐘が夕方四時を告げる。
街並みをひと通り見て巡り、馬車の待機所まで戻る途中、泉実は思い出したように「そうだ」と言って足を止めた。
「どうかなさいましたか」
セネガも歩みを止めて声をかけた。
「まだお土産を買ってないんでした」
「土産ですか? どなたにですか」
「イルゼとキリエさんにです」
するとセネガは、意外なことを聞いたといった表情を見せた。
「イヅミ様のいらした世界では、家族や恋人以外に土産を渡す習慣があったのですか?」
「えっ、こっちにはないんですか」
「よほど親しい間柄でない限り、あまり見受けられませんが……」
セネガの傍らでシドも頷いてみせたため、泉実はカルチャーショックを受けた。
欧米では職場やご近所にお土産を配る習慣がないと聞いたことがあるが、それはここアルドラでも同様らしい。
お裾分けという文化は、一部地域の風土に根付いた独特の慣行なのだろうか。
「城仕えの者も街に下りることはありますし、気になさる必要はありません。それに、陛下にはご用意がないとなりますと、下の者は受け取りづらいこともございましょう」
諭すように言われ、泉実は今気づいたという顔をした。
「じゃあ……また今度にします」
今度があるかどうかは疑問であったが、ここはセネガの助言に従い、土産の購入は断念しそのまま帰路に就くことにした。
◇◇◇
夕食の時間の前、三人の軍高官は王の執務室に顔を揃えた。
「――という次第で、お手持ちのザイル貨幣で買い物をされるなどして、終始楽しんでおられました。それと、今後も名前で呼んでほしいとのご要望をお受けしました」
「我々も、周囲に怪しい者などは見かけませんでした。今回、とくに問題になった点はなかったかと」
つい先ほど帰城したハディスの前で、セネガとローエンが今日の報告をする。
「ご苦労だった。皆下がってよい」
ハディスが執務席から部下たちに告げると、それまで珍しく傍観者の立場を取っていたダレスが口を開いた。
「ところで陛下、本日はどちらへお出かけでいらっしゃいましたか」
「なぜそのようなことを訊く」
「実はこのローエンが、街の入り口で陛下の愛馬によく似た馬が繋いであるのを見たと、あとになって申しまして」
ダレスは隣に立つローエンを横目で示し、しれっと告げた。
「いや……その、自分の見間違いかもしれませんが」
今ここで王に問いただすかと、上官を恨めしく思いながら、ローエンは歯切れ悪く言葉を挟んだ。
「城下にいたが」
ハディスがあっさりと認めたため、ダレスは『おや』というように片方の眉を上げた。
「もしや、リザリエルのご様子を密かに見にいらしたのですか」
「そうではない。たまたま時間が取れたゆえ、南の通りに行っていたのだ」
「南の通り……」
ダレスが呆然とつぶやき、意味を解したローエンとセネガが固まった。
城下の南の通りとは、つまり花街だ。
「あんな昼間からですか!」
「余の馴染みの店は、昼も営業している」
「そういうことではありません! 女神の御使いをお迎えしたばかりですぞ」
ダレスの叱責にも、ハディスはどこ吹く風といった態度で椅子に背をもたれさせた。
「だから今日の外出を許可しただろう」
「は?」
「余一人が楽しんでは女神に申し訳が立たぬと思ったのでな。御使い殿にも気晴らしの時間を裾分けしてやったのだ」
――なんだその理屈は。
部下たちは同時に思ったが、さすがに口に出す者はいない。
「昨夜まで働きづめだったのだ。多少の息抜きくらい目をつぶれ」
そう言われると返す言葉がない。
三人の高官は押し黙ったまま互いに視線を送り合うと、まったく悪びれた様子のない主君に一礼し、揃って部屋を出たのだった。




