31 近衛の騎士
王都デルファの城下町では、毎年十月初旬、豊穣を祝う祭りが五日間にわたり開催される。
期間中は国内全土から王都に人が集まり、城には各地の領主らが挨拶に訪れ、夜は広間で宴が開かれるのだという。
泉実の披露目の日取りは二週間後の豊穣祭に合わせて組まれたもので、初日に王がバルコニーから国民へ顔見をする際、そこに臨席する形となった。そして今回はリザリエルを歓迎する晩餐を兼ね、盛大な宴が催される予定だとイルゼは話した。
「その宴って、まさか連日連夜じゃないよね……?」
恐る恐る泉実が尋ねる。
自分専属の侍女であるイルゼには、本人からの願い出もあり、泉実は敬語を使わず普通に話すようになっていた。
「例年通りであれば、宴は初日と二日目の二夜となりますが……。陛下がお戻りになりましたら、確認してみます」
「王様は、外出中?」
「はい。陛下はこの時期ご公務にお忙しく、城を数日間留守にされることも多いのです。申し訳ございません」
「イルゼが謝ることじゃないよ」
そもそも自分にはあまり関係のないことだ、とは言わないでおく。
「宴には後宮の皆様方も出席されます。その前に一度、内々のお顔合わせがあるかと思いますが」
「それって、王様のお妃方ってこと?」
「後宮には様々なご身分の方がいらっしゃいます。詳しいご説明は、陛下かキリエ様からお聞きになれるでしょう」
――今、答えをはぐらかされた気がする。
ふと、脳裏にシェラネイアの顔が浮かんだ。
彼女は六年前にこの城を出たというが、今も母子で離宮に暮らすのは、過去に他の妃たちとの間で何かあったからではないか、というのは先日から考えていたことだ。
ザイル王家は一夫一妻制だったので気にしたこともなかったが、王の為に集められた女たちの住む後宮が、華やかなだけの世界でないことはさすがに想像がつく。
でも、ちょっと中を見てみたい……男子校出身の泉実は、女の園への純粋な興味と怖いもの見たさから、そんなことを思ったのだった。
城に来て三日目。朝食を取り終えた泉実のもとに、キリエが訪ねてきた。
「イヅミ様。本日の午後、城下の街にお出かけになってみませんか」
泉実は小さく目を見張った。
「街を見物できるんですか?」
「陛下の許可はいただいております。イヅミ様のお顔が民に知れ渡ったあとでは、外出もままならなくなりますし」
「……もしかして、王様も一緒ですか?」
「いえ、陛下は夕方までご不在です。その間、私は城を空けることができませんので、近衛の兵が街をご案内いたします」
「あ、そうなんですね」
イルゼの言う通り、王は多忙な日々を送っているようだ。
それにしても、こんなに早く外出を許されるとは思っていなかった。
王は案外、話の分かる相手なのかもしれないと、泉実はこの場にいないハディスを少しばかり見直した。
昼食後、キリエとイルゼ、そして支度を済ませた泉実が待つ部屋に、セネガが一人の部下を連れてやってきた。
それは離宮で泉実が言葉を交わした、あの黒目黒髪の兵士だった。
「本日は私とこの者で、リザリエルのお供をさせていただきます。顔はご存知かと思いますが――」
隣からセネガに目で促され、兵士は左胸に手を当てる形式で敬礼した。
「近衛騎馬隊所属、シド・アスレイ一等兵です」
「…………シド?」
泉実が間を空けて聞き返すと、下の名を聞き返されるとは思っていなかったのか、相手は虚を衝かれた顔で「はい」と短く答えた。
一方で泉実も驚いていた。彼にそっくりな例のキャラクターは、『シドニー』という名前だったからだ。
姿ばかりか名前まで似ているという偶然に、泉実は心強い味方を得た気がして、シドに親しみを込めた眼差しを向けた。
その様子を間近で目にしたセネガは、やはりヴァーリの判断は正しかったと密かに感じ入っていた。
シドを泉実の護衛に付けてはどうかと、最初に提案したのはヴァーリだった。
セネガの直属の部下であるシドは、実直で責任感が強く、剣の腕もそれなりではあるが、お世辞にも人相が良いとはいえない。
そのため泉実の側付きからは除外するつもりでいたセネガに、ヴァーリは先日こう語った。
――リザリエルはカナンの休憩地でアスレイを目にされた時、街で偶然知人を見かけたような、そんな表情をされていた。
それは、シドが馬車まで香草茶を持ってきた時の話だ。
泉実の容態ばかりが気になっていた自分は気づかなかったことだと、セネガは改めて、次期将軍と目されている上官の洞察力に感服する。