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30 二度目の対面


 イルゼの手伝いのもと、泉実は箪笥(たんす)の中にあった服に着替え、朝食後再びやってきたキリエに建物内を案内されていた。

 王宮には大臣らが出入りする政務区とは別に、国王と親族が住まう居住区がある。今自分たちがいるのは、居住区の東に位置する独立した棟の中だった。

 泉実の部屋は棟の最上階となる三階にあり、その真下には開放的なサロン、そして一階には広い浴場があった。


「二階のサロンもこちらの浴場も、他の者が立ち入ることはございませんので、どうぞお好きな時間にご利用ください」

「それって、僕専用ってことですか……?」

「はい。この東翼は、イヅミ様専用の宮になります」


 泉実は密かに驚嘆した。

 内部から見た限りでも、建物の広さはシュリ専用の居住棟であった東の宮の倍はある。


「他に人はいないんですか?」

「イヅミ様にお仕えする者が詰めておりますが、その者たちがこの棟の設備を利用することはございません」


 次の瞬間、泉実はザイルでこの国の王に向かって言った台詞(せりふ)を思い出した。

 手厚くもてなしてくれるなら行ってやってもいいと、高飛車な物言いで注文をつけたのは自分だ。

 今になってキリエたちに負い目を感じた泉実は、若干きまりが悪そうに、続いての設備についての説明を聞いていた。



 午後は、泉実の儀式用の服を仕立てるために部屋で採寸が行われた。

 二週間後に、国民への披露目があるのだという。


「いえいえご心配には及びません。この私が衣装を担当するのです。女神のご使者にふさわしい、重厚(じゅうこう)にして清澄(せいちょう)、その神々しさに民衆が目を奪われるような装いを演出してご覧にいれますとも」


 披露目と聞いて消極的になった泉実に対し、そんな的はずれな発言でフォローを入れるのはレスターという男だ。

 年齢は二十九、良家の生まれで王とも旧知の仲だという彼は、元の世界でいうファッションデザイナーの職にあるらしい。

 緩くウエーブのかかった肩までの髪を後ろでリボン結びにし、胸元のひらひらしたシャツにズボン、長ブーツを身に着けたその風貌は、中世ヨーロッパの貴族か音楽家を思い起こさせる。

 ちなみに先ほどのプロフィールについては、訊いてもいないのにレスター自身がベラベラとしゃべったのだ。


「レスター様は、普段は王都にいらっしゃらないのです。昨日までに連絡が取れないようでしたら、わたくしどもでお衣装をご用意する予定でした」


 泉実とレスターの双方に向け、イルゼが言った。


「リザリエルをお迎えすると聞いて、三日前に飛んで帰ってきたのさ」

「今回はどちらの街で見聞を広めておいででしたの?」

「それはね、ヒミツ」

「まあ」


 両者はなごやかに笑い合っていたが、カツカツと近づいてきた足音にすっと姿勢を正した。


「陛下がいらっしゃいました」


 イルゼが泉実に伝えた直後、王の来訪を告げるキリエの声が扉越しにかかり、三人の前にハディスが姿を見せた。

 ザイルの城には甲冑(かっちゅう)姿で現れたハディスは、今日は胸の合わせが大きく()いた白いシャツの上に、右肩を出した朱色の長衣を重ねている。

 これが王の普段着なのかと、その首からつま先までをぼうっと眺めていた泉実は、いつの間にか相手がすぐ目の前に来ていたことに気づき、はっとして顎を引いた。


「具合はどうだ」


 具合? と泉実は首をひねりかけ、旅の途中で体調を崩したことに触れているのだと理解する。

 すっかり元気になっていたので、自分でも忘れていた。


「この通り、もう何ともありません」

「……そのようだな。セネガは病み上がりと申したゆえ、昨夜はそのままそなたを部屋まで運んだが」

「――ひょっとして、王様が僕をここまで運んでくれたんですか?」

「いいや」

「ああ、そうですよね」


 否定されてほっとする。が、そんな泉実の心の内が分かったらしいハディスは、いささか鼻白(はなじろ)んだ顔をした。

 そしてイルゼとレスターに準備の進み具合を確認すると、用は済んだとばかりに早ばやと部屋を出ていってしまった。

 キリエも一礼し、ハディスのあとに付いて退室する。こうして二度目の対面はあっけなく終了し、王に何を言われても我慢すると決めていた泉実は、やや拍子抜けしたのだった。



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