03 荷馬車
二度目の覚醒は、走る荷馬車の中だった。
ガタゴトという音と振動がいやに響く――そんな心地悪さを感じながらうっすらと目を開けると、そこには気遣わしげな顔があった。
「ああ、気がついたんだね」
明らかに日本人ではない、三十手前くらいの年の女性が、流暢な日本語で声をかけてくる。
頭の中が一気にクリアになり、泉実はぱちりと目を開いた。
そして自分が狭い倉庫のような場所に転がされているのを知り、肩や背中の痺れに顔をしかめながら上体を起こした。
――――夢ではなかった。
目を伏せて落胆する。
しかし同時に、やはりという思いもあった。
車輪の音と、走る蹄の音がすることから、今度はどうやら移動中の馬車の中にいるらしかった。
四方の高い囲いにより視界は遮られていたが、白い帆布で覆われた天井がほんのり明るいところを見ると、夜は明けているようだ。
車内には他に、泉実と同じ年頃の女性が三人いた。彼女たちは一様にうなだれた様子で、目を閉じて座り込んでいる。
「……ここは」
泉実のつぶやきに、目の前の女性は表情を曇らせて応えた。
「人買いに捕まったんだよ」
泉実は耳を疑った。
人買いとは、つまり人身売買だ。
瞳を見開いて絶句する泉実に、女性が気の毒そうな眼差しを向ける。
「坊やは何だってあんな所にいたんだい。しかも裸足で……。まあ捕まったのは不運だが、あのままだったら確実に野垂れ死んでたよ」
泉実は答えようがなく、沈黙したままでいた。
それにしても――と、改めて周囲を見回し、ここが馬車の中であることを再認識して不可解に思った。
人身売買の輸送手段が、バスやトラックでなく馬車というのは、現実味がなさすぎる。
複雑な表情で考え込んでいると、女性がさらに訊いてきた。
「見たところ西の民じゃないようだけど、どこから来たんだい」
「僕は、日本人で……」
「ニホン人? 聞いたことないけど、南の出身かい? 南の大陸には黒髪が多いと聞くよ。訛りがないが、育ちはどこ」
「…………」
泉実は完全に押し黙り、不躾を承知で、女性の頭から足先まで視線を往復させた。
女性は栗色の長い髪を後ろで編み込み、生成色のワンピースを着て腰布を巻いている。スカートの丈は立てば床に着きそうなほど長く、その髪型や服装はどこか古めかしい。
そしてこれまでに感じている様々な違和感。
答えを聞くのは恐ろしかったが、確認しなければならない。
「……あなたが話してるのは、どこの言葉ですか」
女性は怪訝な顔をする。
「頭でも打ったかい」
「教えてください」
真剣な表情の泉実の前で、相手はますます分からないといった顔をした。
「……エステラン語だろう。坊やも普通にしゃべってるじゃないか」
その返事に、泉実はここが元いた世界ではないことを悟った。