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27 憧憬


 こうしてもう一日離宮に滞在することになった泉実は、遅まきながらその場で自己紹介をした。

 その際、シュリに氏名を名乗った時のようなやりとりがシェラネイアとの間で再現され、ここでも泉実はイヅミ様と呼ばれることになった。

 相変わらず『いずみ』の発音とアクセントが違っているが、それももう、すでに耳に馴染んでしまっている。


 シェラネイアに建物内を案内されたあと、昼はユインも一緒に、三人でテラスに出て食事を取った。

 アルドラもザイル同様、昼は軽食を取るのが一般的だ。メイゼンの講義によれば、この大陸では朝と夕の一日二食を習慣としている国がほとんどであり、昼食は間食にあたるのだという。

 そしてテーブルに運ばれてきたのは、フルーツが敷き詰められた丸型の大きなタルトだった。

 昼間からケーキが出てきたのには面食らったが、久しぶりの甘味は、体がそれを欲していたのか、さほど抵抗なく泉実の胃に収まった。


 午後は、遊戯室でユインの遊び相手をした。

 泉実には六歳の弟がいるため、小さい子供の相手は慣れている。今はユインとシェラネイアの前で折り鶴を折ってみせていた。

 この国には、紙を折って遊ぶという文化がない。ユインは興味津々にその過程を見つめている。

 最後に羽を広げて鶴を膨らませ、泉実はできあがったそれをユインの小さな(てのひら)に乗せてやった。


「本物の鶴は足が長くて、王子よりも背の高い鳥なんだ。頭の先が赤いんだけど、興奮するとその赤い部分が広がるんだよ」

「すごい。そんな大きくてふしぎな鳥は、みたことがありません」

「僕も、実物はまだ見たことないんだ」

「ではイヅミさまは、どうしてその鳥をそんなにくわしく知っているのですか」


 泉実は返答に詰まった。

 テレビやネットの動画で見たと言って、通じるはずもない。


「――遠くのものを映し出す、色んな道具があってね」


 泉実の言葉に、ユインはますます瞳を輝かせた。


「イヅミさまは、やはり神さまのくにからいらしたのですね」


 ユインは無邪気に言うと、すぐ隣に座る母を見上げて嬉しそうな顔をした。


「ええ……。あの晩、最後のわずかな時間でしたが、わたくしとユインは天啓をこの目にいたしました。あの時天から舞い降りた御使い様と、こうしてお話をしているのが夢のようです」


 シェラネイアも泉実に崇敬の眼差しを向ける。

 そんな二人を前に、泉実は後ろめたさにも似た胸の痛みを覚えるも、口元に作った笑みはつとめて絶やさずにいた。



 ◇◇◇



「イヅミさま、いまからわたしの部屋にきてくださいませんか」


 五歳だというが、およそ五歳児らしからぬ大人びた口調で()われ、泉実は夕食後ユインの部屋に来ていた。


「これに、リザリエルのおはなしが書いてあります」


 ユインが見せたのは、一冊の平たい本だった。

 紺色の表紙に金の縁取りと飾り文字が施された、立派な上製本だ。

 中を開くと、子供向けなのか泉実にも分かる簡単な文字で書かれており、話は二千年前の初代リザリエルの時代から始まっていた。

 椅子に座って三分の一程度まで読み進めたところで、泉実はユインを放っておいていることに気づき、はっとなって顔を上げた。


「ごめん、つい真剣に読んでた」

「そのご本は、イヅミさまにさしあげます」

「えっ……。いいよ、そんな。大事なものなんじゃないの」


 いつもの癖で遠慮した泉実に、ユインはにこっとして言った。


「はい。ほかの人にはあげられませんが、イヅミさまはとくべつです。なので、さしあげます」

「……本当にいいの?」

「わたしは、おはなしをおぼえています。それにイヅミさまにお会いしたので、もうご本の中のリザリエルにあこがれることもありません」

「そうなんだ……?」


 見つめてくるユインの目は、受け取ってもらうのを期待しているようだった。


 この子は、きっと自分に贈り物をしたいのだ。


 そう理解した泉実は、ありがとうと言って、素直に本をもらい受けたのだった。



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