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24 畏怖


 やってきた二十代前半と思われる兵士は、泉実が知っている人物によく似ていた。

 といっても実在の人間ではない。中学生の頃に読んだ少年マンガの登場人物に似ているのだ。


 雑誌に連載していたその作品は架空の世界を舞台としたアクションもので、とくに中高生の間で人気が高く、泉実も仲の良いクラスメートから何冊か単行本を借りたことがあった。

 主人公のライバルとして登場した、黒目黒髪の剣の使い手。派手さはないも忠義に厚く男気があり、泉実が主人公よりも気に入っていたキャラクターだった。

 目の前の青年兵は、逆光で瞳の色ははっきりしないが髪は黒い。そして短髪で三白眼という風貌が、そのキャラクターのモデルではないかと思うほど似通っていた。

 泉実は具合が悪いことも忘れ、その兵士に目が釘付けになる。

 兵士のほうは泉実に視線を向けることなく、セネガに湯呑みを渡すと後方へ退き、泉実の視界から消えた。


「どうかされましたか」


 振り向いたセネガに声をかけられ、泉実は我に返った。


「いえ……なんでもありません」


 湯呑みを受け取り、泉実はハーブティーに似たその(ぬる)めのお茶を、ゆっくりと飲み干した。


 ――そういえば、あのマンガって最後どうなったんだっけ……。


 思い出そうとして、途中で思考を止める。

 この状況でそんなことを考えている自分が、不意に可笑しく思えたのだ。

 泉実はご馳走さまでしたと言って湯呑みを返し、椅子に背を預けて再び身体を休めた。



 出立から三日目。

 王都が近くなるにつれ道の状態は良くなり、夜は上等な宿に泊まれるようになった。それでも泉実の症状は改善しないどころか、日に日に悪化していった。

 顔色は血の気を失って青白く、指先を動かすのもままならないという、原因不明の病状だった。

 四日目にはいよいよ一人で立ち上がれなくなり、ヴァーリやセネガが泉実を支えて歩行の補助にあたった。

 その様子を見た兵士たちは痛ましさを感じながら、次第に思い始めていた。

 自分たちは、天の意志に反する行為をしているのではないかと。

 体裁としては両者合意の形を取ったとはいえ、アルドラはなかば脅すようにしてリザリエルを自国に連れていくのだ。誰も口には出さないが、それは兵士たちも自覚するところだった。


 もしも今回の件が、女神の怒りに触れているのだとしたら。


 隊の間に、言いようのない焦りと不安、そして畏怖(いふ)の念が広がっていった。



 ◇◇◇



「ヴァーリ副将軍」


 五日目の午前、休憩地の一角でセネガがヴァーリを呼び止めた。


「あのような状態のリザリエルをこのまま陛下のもとへお連れするのは問題です。あと一日半の道のりですが、旅程の見直しをご検討ください」

「……場合によっては、一刻も早く王宮にお連れし医師に診せるべきだろう」

「医師にはこれまで立ち寄った街でも診せています。ですがどの者も口を揃えて原因は分からないと言うばかりで、何の処置もできていません。今はリザリエルのお体の負担を取り除くのが先決です。何とぞご英断を」


 セネガは言い募るように訴える。

 不測の事態における旅程変更の権限を持つのは、ヴァーリだけだ。


 ヴァーリにも危機感はあった。このままでは、城に着く前にリザリエルは死んでしまうかもしれない。

 そこに天の意志があるかどうかは別として、医者ではどうにもならないことも薄々感じていたのだった。


 ヴァーリは先導の兵を呼んだ。


「今から北上して、あとどれくらいの時間でハサルの領に着く」

「ここからでしたら、日没までには領の東側に入れるかと」

「ならば、今夜の到着は可能であるな……」


 最後のほうは独りごちるようにつぶやき、ヴァーリはしばし考えを巡らせたあと、別の部下を呼び早馬を仕立てるよう指令を出す。


「行き先を変更する。城と今夜の宿泊予定地に急ぎ知らせよ。我々はこれよりハサルへ向かう」


 続けてセネガに告げた。


「リザリエルを北の離宮にお連れする。シェラネイア妃に先触れを」



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