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21 嵐のあと


 逃げるように東の宮に戻ってきた泉実は、しばらく誰にも会いたくないと侍従らに伝え、自室に籠もった。

 そのまま数時間が経過して夜になった頃、控えめに扉がノックされた。


「イヅミ、入るよ」


 そう声をかけて入ってきたシュリは、窓際の椅子に座って(うつむ)いている泉実のもとへ歩み寄った。


「サンドイッチとスープを持ってきた。昼もろくに食べてなかったろう?」


 布の掛かった盆をそばのテーブルに置き、シュリは手近にあった椅子を泉実の隣まで引き寄せ、腰を下ろした。


「アルドラは、今後三回の食糧支援を約束した」


 泉実はようやく顔を上げ、シュリを目に映す。


「一回目の受け渡しはひと月後だ。その時に、改めてきみの迎えを寄越すと」


 ――ひと月後。


 泉実は膝の上で組んだ手に視線を落とした。

 シュリは、再びうなだれてしまった泉実の顔をそっと覗き込む。


「アルドラに出した条件……きみは、南に配給する食糧が足りないことを知っていたの?」


 一週間ほど前にルークから、庭で泉実と水不足の件で話をしたという報告は受けていた。

 しかし配給に関する苦しい内情について、泉実は知らないはずだった。


「……ルークさんから話を聞いた次の日、挨拶に来た大臣さんから聞いた。配給はあと一、二回が限度だろうって。でも雨を降らせてくれたおかげで、作物の回復が見込めるから助かったって礼を言われた」


 シュリは複雑な表情をした。その大臣の軽率な言動には眉を寄せるところだが、結果として国が救われたのだ。

 そんなシュリを見て、泉実がすまなそうにぽつりと言った。


「ごめん、勝手な真似して……」


 この部屋に戻ってきてから、泉実はずっと自分の取った行動が正しかったのかを考えていた。

 シュリは緩く首を横に振る。


「私の見通しが甘かったばかりに、今日の事態を招いてしまった。あの状況になっては、アルドラが当然のようにきみを連れ去ったとしても、こちらは手も足も出なかっただろう。それをきみは、向こうの援助を取り付けたんだ。城の者は皆、感謝している」

「けど、一歩間違えば大変なことになってたかもしれない」

「ああ。アルドラ王も、あなたの態度が気に入らないなんて言われたのは初めてだったろうね」


 泉実は思わずばつの悪そうな顔をする。

 するとシュリは、表情を柔らかくして告げた。


「――あれは、胸のすく思いだった」


 その瞬間は肝を冷やしたけどね、と付け加えて小さく笑う。

 泉実は恥じ入るように下を向いたが、つられて口元に笑みを作った。


「とりあえずお食べ。先のことを考えるのは今でなくていい。まだ、ひと月あるんだ」



 ――シュリの言う通りだ。

 あと一か月しかないんじゃなく、まだ一か月ある。


 そう思い直した泉実は、素直にテーブルの上の盆に手を伸ばした。


 泉実が少しずつ食事を口にするその隣で、シュリもほっとしたように肩を下げる。

 そうして二人、窓から射し込む月明かりに照らされながら、嵐が過ぎ去ったあとの一時(いっとき)の静けさに身を置いた。



 ◇◇◇



「あのような条件、のまずとも良かったのではありませんか」


 ザイル王家との交渉のあと、城を出たところで将軍はハディスに問いかけた。

 それは苦言とも取れる発言だったが、隣を歩くハディスはとくに気分を害した様子もなく、前を向いたまま答えた。


「十万人の食糧など、我が国にとってたいした痛手ではあるまい」

「ですが、三回も援助なさるので?」

「リザリエルが翻意(ほんい)した場合、援助はすぐに打ち切るとザイル王に言ってある。それを聞けばあの御使いも、しばらく迂闊(うかつ)な真似はできまい」

「……なるほど。そのようなお考えがあってのことでしたか」


 将軍は納得した顔になる。


「しかしあの少年には驚きましたな。見た目の印象とかなり違うと申しますか……」


 口を開いたリザリエルは予想外に気が強く、将軍が受けた衝撃は相当なものだった。

 あの調子では、アルドラに来たあともおとなしく王に従うとは思えない。

 泉実とハディスの応酬を思い返し、将軍はこの先を憂慮して口ごもった。

 一方ハディスはどこか愉快そうな表情を見せるも、すぐに威厳ある王の顔に戻り、城壁の外で待機していた兵に帰還の(めい)を出したのだった。



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