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20 条件


 金色の瞳を一瞬鋭く光らせ、ハディスは泉実を射るように見た。


「そなたに選択の自由はない。リザリエルの身柄は降臨国の王家に属する」


 獰猛(どうもう)な気配を立ち(のぼ)らせた相手に、しかし泉実は(ひる)まない。


「僕の身体は僕のものだ。それともアルドラじゃ、地面に落ちたものは王家が没収していい決まりでもあるの? そういうのを暴挙って言うんだよ」


 場内に漂う緊張感がさらに増すのもお構いなしに、泉実が尖った口調で反論する。

 ハディスは『ほう』というように眉を上げた。


「見た目に反して威勢のいいことだ。だがそなたのわがままで、この城の者たちが命を落とすことになるかもしれんぞ」

「居場所を奪うってこと? そうしたら他の王家の世話になるまでだ」

「なに……」

「別に僕はザイルでなくてもどこでもいいんだよ。不自由のない生活を送れるならね」


 もう何度目になるか分からないざわめきが起こる中、シュリは茫然と泉実の横顔を見つめた。

 今の発言が彼の本心から来るものでないことは分かっていた。だがその意図が掴めず、新たな不安に駆られたのだ。


「どこでもいいならなぜ我が国を(こば)む? アルドラは大陸一の広さと豊かさを誇る国だ」

「じゃあ言うよ――あなたの態度が気に入らない」


 一層強い語調で言い放たれたその台詞(せりふ)に、広間にいた全員が凍りついた。


「僕は女神の使いだ。その僕に来てほしいなら、まずはそれなりの手土産(てみやげ)を持って伺いを立てるのが礼儀なんじゃないの? そんな(いか)つい連中を連れてくるんじゃなくてさ」


 甲冑姿のアルドラ兵四人を横目で見ながら、泉実は辛辣(しんらつ)な言葉を吐いた。

 一方、厳つい連中と言われたハディスの部下たちは、揃って泉実の命知らずな暴言に硬直し、冷や汗をかいていた。

 もしリザリエルでなければ、この場で王に斬り捨てられている。血の気の引くような光景に、つい先ほどザイルの王に対等な物言いをしていた将軍でさえ、今は卒倒せんばかりに目をむいて青ざめていた。


「アルドラからは誠意が感じられない。そんな国に出向くつもりはない」


 泉実の非難はまだ続いている。四人の部下は、直立不動で主君の反応を恐る恐る注視した。

 しかしハディスは悠然と彼らのほうへ戻ってくると、再び椅子に腰を下ろしその長い足を組んだ。


「これは失礼した。御使い殿の好みを存じ上げなかったのでな。ならば今からでも手配させよう。リザリエルは何をご所望か」

「言ったらそれをくれるの? でも、僕が欲しいものはそう簡単に用意できる代物じゃないよ。いくら大国の王様でも難しいんじゃないかな」

「……申してみよ」

「食糧が欲しい。――十万人分」


 シュリをはじめ、城の者たちがはっと息を呑む。

 ハディスはかすかに瞠目(どうもく)し、それからすっと視線を細めた。


「食糧……しかも十万人分とは、御使い殿は食欲が旺盛とみえる。それを全部そなたの胃に収めるつもりか、その細い体で」

「さあね。けど僕がもらったものをどうしようと僕の勝手だ」


 ――この王は、ザイルの内情を知っている。


 泉実は自分の考えが見透かされているのを承知で、挑むように相手の視線を投げ返す。

 そうして両者は静かに睨み合っていたが、次に口を開いたのはハディスだった。


「希望の品が手に入ったなら、素直に我が国にまいると?」

「手厚くもてなしてくれるなら、行ってあげてもいいよ」


 ハディスは口の端を片方だけ吊り上げた。


「……いいだろう」


 組んでいた足を解いて立ち上がり、壇上を振り返る。


「話はまとまった。これで文句はなかろう」


 ザイル側の返事を待たず、ハディスは再度泉実に告げた。


「今日のところは引き上げる。だが次に迎えをやった時には、おとなしくこちらの指示に従ってもらう。――よいな」

「そっちこそ、僕が言ったものはちゃんと用意できるの」

「見くびってもらっては困る。我が国はどこぞの小国とは違う」

「そう。なら期待してるよ。僕が住むことになる城もさぞかし立派なんだろうね」

「この城より格段上だ」

「じゃあ部屋は風呂付きにしてよ」

「善処しよう」


 ハディスが鷹揚に応じたところで、それまで食ってかかっていた泉実が口を閉じ、ふいと横を向いて顔を伏せた。

 そしてシュリにだけ聞こえるように「あとはお願い」と言い残すと、シュリが何かを言う前に、いつもよりも早い足取りで広間を出ていった。



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