18 決断
二人の王が相対していた頃、泉実は自室のテーブル席でシュリと向かい合っていた。
張り詰めた空気の中、部屋の入り口に控えるルークも深刻な表情で主人たちを見守っている。
「――じゃあ僕は、アルドラに連れていかれるかもしれないんだね」
話を聞き終え、泉実が掠れた声を漏らした。
アルドラが軍を差し向けてきたことは、午前のうちに城の人間から伝え聞いていた。
そして今シュリから、自分がこの世界に来て最初に降り立った場所――あの岩砂漠が、アルドラの領土であったことを告げられたのだった。
「そんなことはさせない」
シュリはきっぱりと断言してみせた。
「でも拒否すれば、戦争になるかもしれない」
「そうなったら縁戚関係にある国に援軍を要請する。アルドラになど、きみを渡すものか」
最後の口ぶりからは私的な嫌悪が感じられ、泉実はもの問いたげな眼差しをシュリに向ける。
その無言の問いに答えるように、シュリは宙を見つめ、抑えた口調で語り始めた。
「――十年前、姉はアルドラの王太子である第一王子に嫁ぐことが決まっていた。それを向こうは、直前になって婚約の解消を申し入れてきたんだ。結局姉は東のソーマに嫁ぎ、父親ほど年の離れた国王の後添となった」
他国に嫁いだ王女がいるという話は、泉実も国王夫妻との晩餐の席で聞いていた。
「だが、姉があの時アルドラに輿入れしなかったのは、結果として良かったのかもしれない」
「え……?」
「姉がソーマに嫁いだ二年後、アルドラの国王が急逝し息子たちの間で王位争いが起こった。姉の婚約者だった王太子は、その争いで命を落とした」
痛ましい話に泉実の顔が曇る。
やはりこちらの世界にも、権力を巡る争いといったものがあるのだ。
「今のアルドラ王は、王太子を手にかけた第二王子を討ち即位した。王となったあと、それまでの重臣を次々と処罰した挙げ句、王宮神殿を閉鎖して神官を残らず城から追放したんだ」
「それは、どうして」
「詳しくは知らないが、新しく王位に就いた者が旧勢力を退けるのはよくある話だ。だが神殿に対する前代未聞の冒涜行為により、アルドラ王家はイスハルドの大神殿から破門されている。あの王家が傍若無人なのは、今も昔も変わらない。そんな国にきみをやることはできない」
ひとまず今日のところは、父上がうまく対処してくれるはずだ――そうシュリが続けようとした時、にわかに廊下が騒がしくなり、三人のいる部屋の扉をせわしなく叩く者がいた。
ルークが扉を開けると、城の若い兵士が慌てふためいた様子で室内に駆け込んできた。その勢いのまま、奥に座っていたシュリと泉実の前で膝をつき、頭を垂れる。
「申し上げます。陛下が、リザリエルを謁見の間にお連れするようにと仰せです」
泉実は目を見開き、思わずシュリのほうを見た。
シュリはまさかという表情で立ち上がり、家臣の前では滅多に見せない激しさで兵士に詰問した。
「イヅミをアルドラ軍に引き合わせるつもりか!? 父上は何を考えておられる」
兵士はさらに頭を低くし、たじろぎながら説明した。
「いえ、それが、兵に扮したアルドラ王が城に入り込み、リザリエルに会わせるよう要求してきたのです」
「なんだって!?」
耳を疑う報告に、それきりシュリは絶句して兵士を見下ろした。
その隣で、泉実も表情をこわばらせたまま動けないでいる。
数秒後。
時が止まったかのようなその空間で、最初に声を発したのはルークだった。
「シュリ様」
名を呼ばれ、シュリははっとしてルークを振り返った。
ルークはそれ以上発言しなかったが、この場は指示に従うしかないのだとその目が語っている。
為すすべのない状況に、シュリは込み上げる苛立ちと悔しさをこらえるように床を睨んだ。
「シュリ」
今度は反対側から泉実が呼ぶ。
「行こう」
「イヅミ……」
泉実は覚悟を決めた目をして、静かに椅子から立ち上がった。




