17 誤算
その一報がもたらされた日、ザイルの王城内は午前から緊迫していた。
ラサの軍営が早馬で、隣国アルドラの軍が国境を越えて侵入したと伝えてきたのだ。
兵の数は千に達し、アルドラの王都軍旗を掲げここマナフィスに向かっているという。
彼らの目的が、この城にいる泉実であることは明白だった。
王はどよめく家臣たちを抑え、ただちに重臣会議を開き改めて事の経緯を説明した。
一方でこの事態を予測していたシュリも、アルドラの早すぎる行動に驚きを隠せないでいた。
シュリの計算では、王都にいるアルドラ王がどんなに早く情報を入手し、そして軍を派遣してきたとしても、ザイルに到達するのはあと数日先のはずだった。
おそらく、一団は夜間も移動してきたのだ。
――それだけ、向こうは本気ということか。
自分の読みが甘かったと、シュリは唇を噛んだ。
夕刻、アルドラ軍は王城の正門前に到着した。
泉実が城に来て、十四日目のことだった。
◇◇◇
シュリは父王の指示に従い、泉実に付き添って東の宮に待機する。
やがて王と家臣たちが揃う謁見の間に、アルドラの王都軍を率いる将軍が四人の部下を引き連れて現れた。
重武装したアルドラ側の集団はマントの下に帯刀しており、その物々しいいでたちに、迎えるザイル側にも剣呑な空気が流れる。
将軍は壇上にこしらえられた玉座の前まで進み出ると、兜を取って軽く腰を折り、名乗りもそこそこに切り出した。
「事前の使者も立てず、突然まかり越しましたのはご容赦いただきたい。我が国のリザリエルがこちらに保護されたとの噂を聞き及び、これ以上のお手間をおかけする前にと、急ぎ迎えに参じました次第」
いささか礼を欠くその態度と口上に、上座に並ぶ重臣たちが色めき立つ。
「なんと無礼な――」
「厚顔無恥も甚だしい」
「一介の軍人が、他の国の王に対してなんたる態度か。礼儀をわきまえよ!」
王は手で重臣たちを制し、自身とそう年の変わらないであろう、アルドラの将軍に向かって口を開いた。
「確かに、リザリエルはこの城におる。しかし今ほど貴殿は、『我が国のリザリエル』と申されたか」
「いかにも。皆様方はご存知かと思っておりましたが――天啓のあった晩、リザリエルが降臨したのは我が国のカナン領。それはこちらザイル国より引き渡しのあった複数の人間が証言していること」
「それが、リザリエルが貴国のものであるという根拠か」
「他に何の理由がいりますかな」
場内に再びざわめきが起こる。
「ついては早速リザリエルを我らへお返しいただきたい。城の外に我が軍が万全の準備で待機しておりますゆえ」
「貴殿らの言い分は承知した。しかし今すぐ要求を受け入れる訳にはいかぬ。帰ってアルドラ王に伝えられよ。この件に関しては、互いに話し合いが必要だと」
王が毅然と告げ、これ以上の議論は無用と椅子から立ち上がった時だった。
「その必要はない」
アルドラ側から突如響いた、張りのある低めの声。
皆が一斉に注目した先で、甲冑姿の兵士の一人が、ゆっくりと将軍の前に歩み出た。
そして首の後ろに手を回し、背中から武器でも取り出すのかとザイル側が身構えた時、しかし兵士は、マントの下に隠れていた自身の髪を掴んで表に引き出した。
やや癖のある、長い髪が露わになる。続けて兜を取り、手に持ったそれを邪魔だといわんばかりに将軍に押しつけると、素顔を晒した男は真っ直ぐ壇上に視線を据えた。
猛禽類を思わせる鋭い金色の目に、背で波打つ赤銅色の髪。
噂に聞く人物そのままの容姿に、ザイルの家臣たちは息を呑み、王は双眸を見開いて茫然とつぶやいた。
「……もしや、貴殿は……」
「話し合いなど必要ないと、アルドラの王が今一度申し上げよう」
その男――アルドラ王ハディスは、二十以上も年上のザイル王を不遜に見据え、有無を言わさぬ響きで先の提言を撥ねつけた。




