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16 暗雲


「ただ、問題が全て解決した訳ではありません。南の一部の領地では、半年前から深刻な食糧難に陥っているのです」


 水不足は、作物の出来にも影響を及ぼした。

 湧水(ゆうすい)や河川の多い北の地域では策を講じることができたものの、水源の乏しい南の地域では農地の大半が枯れてしまい、穀物や野菜が穫れなくなったのだ。


「国は南の軍営を通し、月に一度、当該地域に食糧の配給を行っております。シュリ様は物資の手配や現地の視察等、この懸案において陣頭指揮をとっておられるのです」


 ルークの口から語られるザイルの現状に、泉実は言葉を失った。


 ――知らなかった。この国でそんなことが起きてるなんて。


「シュリ様からは、イヅミ様のお心を痛めるような話は控えるよう申し渡されておりました」


 想像もしていなかった話に表情を(かげ)らせる泉実を見て、ルークが語調を弱めて告げた。


「……いいえ。話してくれて、ありがとうございます」


 泉実は改めてルークに向き直った。


「その地域には、どれくらいの人たちがいるんですか」

「十万ほどになります」

「配給の食糧は、足りてるんですか?」

「イヅミ様。ご心配なさらずとも、シュリ様をはじめ関係者がそのように取り組んでおります。――雨雲が出てまいりました。そろそろお部屋に戻りましょう」


 ルークがさりげなく話を切り上げる。

 空を見上げると、確かに西の方角から黒い雲が広がりつつあった。

 ルークもこれ以上は首を突っ込んでほしくないのだろう。そう察した泉実は仕方なく、その空模様のように薄暗い気持ちを抱えたまま建物の中へ戻った。


 その日は夕刻から深夜にかけて、王都は数日ぶりの雨となった。




 それから三日後の夜、泉実は食堂で久々にシュリと食事を共にしていた。

 今二人の前にあるのは、今朝がた猟師が仕留めたという鹿の肉の煮込みに、豆のサラダ、ジャガイモに似た野菜と卵のオーブン焼きだ。普段はこういった家庭的な料理も食卓にのぼり、王家の食事としてはそれほど贅沢なものではない。

 それは南の領民に配慮してのことかもしれないと泉実は思いながら、そこにはあえて触れずにシュリに尋ねた。


「シュリは最近忙しそうだけど、大丈夫?」

「普段と変わらないよ。忙しい時はもっと忙しい」

「でも、あまり顔色が良くない」


 泉実の指摘にシュリは一瞬手が止まりかけたが、「そうかな」と軽く流してグラスを口に運んだ。


 泉実の存在はすでに城中に知れ渡っている。重臣の幾人(いくにん)かには泉実との面会を許可しているが、家臣たちの間では、城内でのリザリエルの顔見せや国民への公示を求める声が高まっていた。

 加えて、南の領地に配給する食糧が今回も思うほど集まらなかった。

 それらの対応に追われ、シュリはここ数日ろくに睡眠を取っていなかった。


「心配しなくても私は大丈夫だ。それより、きみに付ける侍従の件だけど、人選に時間がかかりそうなんだ」

「それこそ心配ないよ。僕は元々お世話の人なんていない生活をしてたんだし、ルークさんもいるし」


 言いながら泉実は入り口に立つルークに顔を向けた。

 シュリもそちらを見ると、二人の主人に注目されたルークは小さく目礼した。


 シュリは視線を戻し、料理を再び口に運ぶ泉実をそっとうかがい見た。

 泉実の身柄にアルドラが絡んでいることは、一部の者を除いて、家臣たちには知らせていない。

 泉実も自身が最初に降り立った場所について、とくに意識していないようだ。

 もし全ての懸念が解消され、泉実を正式にザイル王家で迎えることができたなら、彼のために宮を建て、何十人と使用人を付けてもいい。

 だが現段階では思うように事を進められず、シュリは歯痒さを感じずにはいられなかった。


「――イヅミ、今度お忍びで街へ出てみようか」

「だけど、シュリは忙しいんじゃ……」

「何とか調整して時間を作るよ」


 そこで嬉しそうな顔をする泉実に、シュリも軽く笑みを返した。

 泉実には、できる限りのことをしてやりたい。

 アルドラの介入に向け、策は打つ。

 (きた)るべきその日に備え、今以上に忙しくなる前に、シュリは泉実のためにまとまった時間を取ろうと考えていた。


 しかし、『その日』はシュリの予想以上に早く訪れたのだった。



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