15 懸念
部屋の空気が重いものに変わる中、シュリは話を続ける。
「一味と他の被害者については、すでにアルドラに送り返しています。彼らの口からイヅミのことが知れるのは時間の問題でしょう。イヅミがリザリエルであることに、おそらく先方も気づくはず」
「――アルドラは、黙ってはおらぬだろうな」
「ええ。リザリエルは自分たちのものだと主張するに違いありません」
――もっとも、主張だけでは済まないだろうが。
シュリは心の中で付け加えた。
大陸一の兵力を持つアルドラがどのような行動に出るかなど、容易に想像がつく。
「して、そうなった時、そなたはいかがするつもりなのだ」
「……万が一の時には、母上の祖国であるメディナと、姉上の嫁ぎ先であるソーマから兵を借りていただきたいのです」
王は驚愕の目でシュリを見た。
「アルドラと、剣を交えるつもりか」
「万が一の場合の話です。そうならないよう、最大限の努力はします」
「……しかし……」
「あの国――アルドラにだけは、イヅミを渡したくありません」
緑色の瞳の奥に見えない炎を灯し、遠くを睨むシュリを前に、父である王は苦渋の表情を浮かべ、しばし沈黙した。
◇◇◇
明くる日の午後、泉実は薄曇りの空の下で敷地内を散策していた。
これまでは中庭までしか出られなかったのが、この日から、宮の周辺に限り自由に出歩いて良いことになったのだ。
といってもどこまでが周辺なのか分からない泉実のために、今はルークが案内係として付き添っていた。
「すみませんルークさん、お忙しいんじゃなかったですか」
小さな角型テーブルのある東屋の椅子に腰を下ろし、泉実は隣に立つルークに声をかけた。
「問題ございません。先ほどシュリ様もおっしゃったように、今の私はイヅミ様にお仕えする身ですので」
どうぞお気遣いなくと、普段通りの口調でルークが応じる。
が、泉実はどうにも申し訳ない気持ちになる。
それは一時間くらい前のことだ。
ルークを連れて泉実の部屋にやってきたシュリは、宮の外に出る許可を伝えると同時に、泉実専属の侍従が決まるまでルークをその役目に就けると説明した。
そして「遠慮なく使っていいよ」という言葉とルークを残し、自分はこのあと用があるからと言って、どこかへ行ってしまったのだった。
「でも、シュリは忙しいみたいです」
今や泉実とシュリは良き友人同士であり、互いに名前で呼び合っていた。
ルークも一度、自分に敬称や敬語を使う必要はないと泉実に進言したが、それは抵抗があると困った顔で言われたため、以降は口を出さずにいる。
「シュリ様は毎月決まったご公務がおありです。今回がとくにお忙しいという訳ではございません」
「そうなんですか。毎月の公務って、どんな仕事なんですか?」
話の流れで訊いてみたのだが、ルークが珍しく逡巡している。
それを見て泉実は慌てて言った。
「すみません、立ち入ったことを訊きました」
「いえ、決してそのようなことはございません。……それでは、立ち話もなんですからお隣を失礼してもよろしいでしょうか」
「あ、はい。どうぞ」
ルークは滑るような所作で、テーブルの角を挟んだ隣の椅子に腰を下ろす。
その無駄のない動きに感心しつつ、もしや込み入った話かと泉実も居住まいを正した。
「――この国が水不足に見舞われているという話は、シュリ様からお聞きになられたかと思います」
「はい、一年近く雨が降らなかったとか」
「さようです。ですが先日の雨で、各地の川が勢いを取り戻したとの報告が上がってきております。その後も、地域によっては何日か雨が降り続いた様子です」
「じゃあ、水不足は解消の方向に向かってるんですか?」
「はい。当面は、生活に必要な水は確保できるでしょう」
朗報に、泉実の表情が明るくなる。