14 家族
その夜シュリは近しい者たちを呼び、泉実がリザリエルとしてこの国に留まる意志があることを伝えた。
そして二日後の夜、晩餐を共にする形で、泉実はシュリから国王夫妻を紹介された。
シュリは「両親にもきみの噂が耳に届いたらしくてね。早く引き会わせろとせっつかれたよ」などと言っていたが、王も王妃も品のある、優しげな人物だった。
「ようこそザイルにおいでくださった。私の代にリザリエルをお迎えできようとは、この上なき僥倖。女神に感謝申し上げる」
王は相好を崩して泉実を歓迎した。
「こちらこそ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。深谷泉実と申します。四日前から、お城でお世話になっています」
メイゼンに習った通り、泉実は左胸に軽く右手を当てて礼をとる。
本来であれば膝をついて頭を垂れるのが礼儀であるが、リザリエルは王と同等の身分のため、略式での挨拶となった。
今回の晩餐は公式な行事ではなく、王の居住区の一室で、あくまで私的な夕食会としてシュリが開いたものだった。
とはいえ、国王夫妻との会食とあって泉実は若干緊張していたのだが、シュリが会話に気を配ってくれたのと、夫妻が気さくな人柄であったことから、晩餐が終わる頃には緊張もほぐれ温かい気持ちになっていた。
部屋に戻ったあと、泉実は長椅子に座って先ほど過ごした時間を思い返していた。
国王夫妻の年齢は五十代前半に見えた。結婚が早そうなこの世界で、シュリがまだ十七歳なのを考えると少々意外に思えたが、夫妻には十年ほど前に他国に嫁いだ王女がいるとの話だった。
シュリは遅くにできた待望の世継ぎなのだろう。
三人とも、とても仲が良さそうだった。
――今頃、父さんたちはどうしてるだろう。
泉実はもう会えない家族を想った。
歴代のリザリエルは、記録が少なく謎の多い初代を除き、皆元の世界に戻ることなくこの地で生涯を終えている。
メイゼンからその話を聞いた時、すでに予感があったためか、自分でも思いのほか冷静でいられた。
ただ、家族に別れを告げられなかったのが心残りだった。
両親は自分の身を案じ、毎晩眠れぬ日々を過ごしているに違いない。
まだ小さい弟は、お兄ちゃんがいなくなったと泣いているだろう。
あるいは、自分は元からいない存在になっていたりするのだろうか――。
涙が滲みそうになり、泉実は手の甲でまぶたを押さえた。
それからもう一つ、メイゼンから聞いた話を思い返す。
リザリエルは老いることがないという。
一生年を取らないと言われた時には、自分が人ならざる者になったようで、さすがに動揺を隠せなかった。
この世界の神とは、リザリエルとは何なのか。
考えても、きっと答えは出ない。
◇◇◇
同じ頃、王の私室では――。
「イヅミを気に入られたようですね。父上」
二人で対面の長椅子に腰掛け、シュリは上機嫌な王に問う。
「そなたの申す通り、清廉で慎ましやかな少年だ。すっきりとした顔立ちも好ましいと、后も大層喜んでいた」
「父上、少年とおっしゃいますがイヅミは私より年上ですよ。彼の母国では、未成年の扱いだったようですが」
「……そうであったな」
シュリは小さく苦笑するも、すぐ真顔に戻って本題に入った。
「今後のことなのですが、父上は我が国がリザリエルを戴いたとして、内外に公示するおつもりですか」
「無論、その心づもりだ。しかしその前に、北の大神殿にリザリエルをお迎えした旨を報告せねばならぬ」
「でしたら、どちらも今しばらく待っていただけないでしょうか」
「ほう。何か、事情があるのか」
王の尋ねに、シュリは視線を下げることで肯定を示す。
「……イヅミが人買いに囚われていたところを我々が保護したというのは、すでにお話ししましたが――彼が最初に見つかった場所は、ラサの西にあるカナンの岩砂漠です」
シュリは硬い声で告げた。
「――なんと…………それでは」
「はい。イヅミが、リザリエルが降臨した地はアルドラの領土です」