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11 リザリエル


 表情をこわばらせた泉実を見て、シュリは目元を和らげる。


「驚かせてしまったようだね。でもどうか安心してほしい。きみがこの世界の住人でないことは皆知っている。今さら、態度を変える者はいない」


 泉実は目を見張った。


「きみは出自を知られまいとしていたから、話す時期を見計らっていたんだ。この大陸では、異界からの客人はリザリエルと呼ばれ、歓迎されるんだよ」

「――珍しいことでは、ないんですか」


 自分の他にも、同じ境遇の仲間がいるのかと思わず身を乗り出すが、シュリは『いいや』というように首を振った。


「最後にリザリエルが現れたのは、今から八百年前だ」


 八百年前と聞いて泉実は肩を落とす。

 それでは何の慰めにもならない。


「その……リザリエルというのは、いったい何なんですか」

「ここ西の大陸では、古くより女神リザリーを崇拝する。リザリエルとは、女神によって遣わされた者のことだ」




 “女神は世界の西に大陸を創り、万物の母となる”


 それは遥か太古の昔より、民の間で語られてきた伝承だった。

 そして女神の意向を具現する者として、数百年に一度、その時代に一人だけ西の大陸に現れる御使(みつか)い。それがリザリエルだ。


 有史以前から御使いの存在は伝えられており、初めて歴史書に登場したのは、二千年前のエステル統一王の治世に降臨したリザリエルという名の青年だった。

 リザリエルとは『リザリーの子』を意味し、この史実上の初代の名が、御使いの称号として後世に定着することになる。


 リザリエルは真夜中に、七色に輝く流星に導かれ大地に降りる。そして女神のもとに(かえ)る時、明け方に白い一つ星が天に昇る。

 文献にはそう記録されていると、シュリは語った。


「四日前の夜、南西の空に七色の流星が出現した。その群れが一斉に大地に降り注ぐのを、私は震える思いで見ていたよ」

「…………」

「すぐに現地の近く、ラサ領の国境警備隊に捜索命令を出した。そして、きみが見つかった」


 それまで黙って話を聞いていた泉実が、絞り出すように言った。


「でも僕は、女神のことを知りません」

「リザリエルは、こちらの世界のことは何も知らずに降臨する」

「人違いかもしれない」


 にわかには信じがたく、そんな言葉が口をついて出る。


「きみが不安を覚えるのは分かる。すぐには受け入れられないだろうが、なぜ私たちがきみを大切にするかを知ってほしい。きみは事あるごとに恐縮するが、その必要はまったくないんだ」


 泉実はここにきて、国境の軍営に着いてから今日までの待遇に合点がいった。


「僕は、これからどうすればいいんですか」

「私としては、このままここにいてほしい。ザイルの民もそれを望む」

「もしかして、国民の前でお披露目とかされるんですか」

「それは未定だが、国中に触れは出す。リザリエルの存在は民の心の()(どころ)となり、ひいては国が安定する。民の安寧(あんねい)を図るのは、王族の責務だ」


 前にも聞いた言葉だった。

 しかし今、それは泉実の胸に重く響いた。


「……ですが、僕は何もできません」

「リザリエルに特別な力がある訳じゃない。だがリザリエルの在る所に女神は慈悲を垂れるという。現にきみが来て、この国に恵の雨が降った」

「…………」


 泉実は再び口を閉ざし、膝の上に視線を落として思い悩む顔になる。

 シュリは審判が下されるのを待つかのごとく、硬い表情でその様子を見守った。



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