III 「誰かが箱を」
駒を一式並べてみると、五枚だけ駒がなくなっていた。
飛車、金将、香車、それから歩兵が二枚だ。
「これでは恰好がつかないね」
杉内先輩はそう言うと、その盤を椅子の上に動かした。それから、棚に残っているふたつの駒箱を取り出すと、それぞれふたつの机の上に駒を広げた。
「久米くん」
「はい」
机を将棋盤に見立てて、駒を並べてみる。数分もすればすべて並べ終え、杉内先輩と双方を確認する。一応、一式揃っていて、それぞれ欠けた駒はなさそうだった。
「まあ、こっちなら見栄えが悪いということはなさそうですね」
「……そうかな?」
「え?」
杉内先輩は最初に並べた盤を椅子から持ち上げ、ふたつの机と比べる。
「よく見てみてごらん」
「はあ」
「ここには、三種類の駒がある」
「え? 全部同じ駒ですよ?」
「まあ、厳密に言えばそうだねえ。しかし、駒箱で保存してある以上はどうしても使用頻度に差が出てしまうもの。普段はぼくと久米くんのふたりで、一度に一式しか出し入れしないからなおさら。よくよく見れば、染みや木の色の曇り方で、種類分けできる」
目を凝らしてみると、まさにそうだった。色が微妙に違う。
「この部屋にあった駒は、色によって三種類に分類できる。しかも、ごちゃ混ぜになっている……久米くん、いいね?」
「え、まさか……」
「そのまさかに決まっているよ。駒の色を頼りに、細かく分類しよう」
二十分ほどかけて駒の分類が終えたときには、目が潤んでいた。
肩が凝りそうなほど頑張った結果、わかったことがある。杉内先輩がまとめた。
「三種類の駒は、最も色の白い駒、最も黒い駒、その中間の色の駒に分けられる。僕たちが最初に出したのは主に白い駒の入った箱で、五枚欠けている。一方で、中間の駒だけはほかの駒と一緒になっていなかった」
「はあ、どうしてそこまで」
杉内先輩はふふん、と微笑む。
「久米くんの心配するように、見栄えをよくするというのが第一。で、まあ何より、不思議じゃないか」
才華みたいなことを言う。
「中間の駒はひとまず片づけることにしよう、これはもう調べる材料にはならない」
そう言って、杉内先輩は駒箱を棚に戻した。将棋盤が片づけられているのは二段。盤一枚とタイマーを置いている、上の段に白い駒を片づけた。杉内先輩によれば、もともとここに片づけられていたらしく、そうだったとぼくもうっすら憶えている。
「さて、どうして駒がなくなったのかねえ」
「欠けていた駒たちは、黒白どちらかの一色なんですか?」
杉内先輩が人差し指を立て、にっと笑った。眼鏡をかけ直す先輩を見て、正直「しまった」と思う。だって、そんなことを訊いたらもう一度並べさせられるかもしれない。
「それはいま分類したときに調べたよ。飛車と香車は白い駒、残りは黒い駒から減っていた」
杉内先輩は腕を背中の後ろに組む。そして、窓の外に目を遣りながらぼくに質問する。
「久米くん、これは誰かが意図して駒を抜いたか、それとも偶然こうなったのか。どちらだと思う?」
「……もとから減っていたのでは? ぼくたちが偶然その箱の駒を使わなかっただけで」
ごく自然な考えである。でも、考えるのが面倒くさかったのではない、むしろ駒が入れ替わっていた「謎」に少しずつ心惹かれているのだ。家に帰ったら才華に話してあげよう、きっと喜んで謎解きに挑むはず。
ぼくがありきたりな返答をしたことに、杉内先輩はどこか残念そうな口調で続けた。
「それはないと思うよ。白と黒の駒はかなり混ざり合っている。ただ数枚片づけのときに偶然混ざった様子ではない。つまり、誰かが箱をひっくり返して、中身をばら撒いたんだろうね。消えた駒たちに何か意味合いがあるとは思えない。そのときに駒を失くしたんだ。当然、僕たちはそんなことをしていない。まだ、決まってはいないけどね」
煮え切らない物言いをする人だ。
無論、どこかに転がっている可能性はある。あるとしたらこの国語科資料室だ。ぼくたちはしばらく、床を探り、棚を探り、資料に触れないよう気をつけつつ埃を被らんばかりに五枚の駒たちを捜索した。
しかし、見つからない。
将棋部の棚を改めて見ると、おや、と思うことがあった。
「先輩、この棚、動かされてますね」
「久米くんも気がついたかい?」
先輩はとっくに発見していたのか。正直悔しい。
「棚はどうやら、数日以内に動かされている。埃の跡なんかを見るとわかるよ。ちなみに、それにはちゃんと理由もある」
「それは、どんな?」
「うちの部の幽霊部員たちが、たまにここに来てゲームをしていくのは知っているね?」
「はい、何度か聞きましたし、そういう先輩に会ったこともあります」
「そのとき、コンセントが不足するんだ。まず、出入り口の傍のもの――これはすぐ携帯電話の充電に充てられる」
近頃はスマートフォンなる携帯電話でゲームをする生徒が増えている。電池がすぐに切れてしまうのだろう、妥当な話だ。
「そこで、うちの部の棚の裏にあるコンセントを使う。今度は、ゲーム機の充電」
正直聞いて呆れた。充電器を持ち込んでまで、学校でゲームなんてすることはないのに。まして天保高校といえば都内でもトップクラスの私立高校、そういう生徒がいるとはあまり考えたくない。
「ゲーム機の充電器というと、たいていプラグ部分が大きい。となると、棚を動かさないとコンセントに差し込めないんだ」
「なるほど。じゃあ、駒を失くすきっかけをつくったのは、ゲームをしに来た先輩たちだと?」
「そうかな?」
杉内先輩は表情ひとつ変えない。ぼくはじれったくて仕方がない。
「ゲームをしに来て、棚を動かしたときに駒箱をひっくり返したとする。すると、二種類の駒が一緒になるのはわかるけれど、五枚の駒が消えた理由にはならない。現に、見つかっていないのだからね」
「たまたま鞄に落ちて、持ち帰ってしまったとか?」
「さすがに家で気がついて、きょうここへ持ってきてくれるさ。ゲームは好きでも、それくらいの良心はあるよ」
まあ、もっともだった。
「じゃあ、ここ数日この部屋に出入りした別の人物がきっかけを作ったと?」
「そうだねえ。とりあえず、職員室でこの部屋の鍵の貸し出し履歴を見てみようか」




