IV 「変な奴」
はあ? という藤宮先輩の返答は、ごく自然なものだったと思う。
「犯人探しをするってことか? 俺の疑いが晴れるのはともかく、そんなことをわざわざする必要はないだろう」
でも、と才華は食い下がる。
「少し話を聞けば、わかると思うんです。照明が落ちるなんて、簡単な話――」
「要らない、要らない」藤宮先輩は才華の言葉を遮った。苛立ちを見せ始めている。「だいたいお前誰だよ? 潔白が証明できるとか言っていたけど、お前には関係ないだろ? 犯人が見つかるのかもわからない。それなのに、誰かもよく知らない女子に話したくなんかない」
藤宮先輩は首を振りながら踵を返す。ちらりとぼくに才華の視線が向けられたが、ぼくは小さく息を吐いて返事とした。正直なところ、どうして才華が照明の件に心躍らせているのかあまり理解できない。藤宮先輩はついさっき桜井さんの話で知った人だし、照明が落ちたことで学校全体の大事件となったわけでもない、照明トラブルとなればその謎の解明は専門的な知識で語られることも考えられる――才華に口出しの必要がないと思われる要素がたくさんあるのだ。
それに、才華による犯人探しの結果が仮に正しかったとしても、間違いだったとしても、どちらにせよ藤宮先輩の気分が晴れるとも思えない。同時に、足立先輩の憤りが収まるとも思えない。照明作業のミスを疑われた藤宮先輩も、実行委員の集大成に水を差された足立先輩も、自身の立場から来る不快感を抱いているのだから、トラブルの真犯人が別にいたところでふたりの気持ちが向いている方向とは違っているのではないか。
さらにややこしいことには、藤宮先輩と足立先輩がかつて恋人関係にあったという話だ。正直、こういうことに首を突っ込んでもろくなことがありやしない。
ぼくは久しぶりに才華に呆れてしまった。
藤宮先輩が階段を下りようというとき、下から声がかけられる。別の実行委員のようで、いくらか言葉を交わすと、藤宮先輩は小走りに去っていった。
それと入れ替わりに、「誰かいるの?」と女の先輩が首を傾げながら階段を上がってきた。セミロングの大人しげな印象のその人の、実行委員の腕章と二年生が履く体育館履きに目が行った。
「ちょっと、下に戻って手伝ってくれる?」
先輩がそう言って手招きするので、ぼくたちは事件現場を撤収した。
女の先輩に連れてこられたのは、ゴミ箱の処理であった。そこでは桜井さんも作業しており、他愛無いことを話しながらきつい臭いと格闘した。
作業の指示を仰ぐとき、才華は先輩のことを吉川さん、吉川さんと呼ぶ。名前は訊いていなかったし、体育館履きに名前が書かれているわけでもないから、知り合いだったのかと尋ねると、才華は飄々と話した。
「なんでもないよ。二年生の実行委員で、藤宮さんとも桜井さんとも面識があるみたいだったから」
そういえば、という曖昧な相槌しか返せなかった。才華が誰にでも物怖じせず、愛想よく振舞えるのは、こうして相手を見透かすような立場でいられるからかもしれないと考えたとき、何か変な気持ちになったのだ。
その人格が災いしたのか幸いしたのか、才華はぼくや桜井さんにも聞こえるようはっきりと、単刀直入に尋ねる。
「吉川さん、藤宮さんってどんな人なんですか?」
問われた先輩は、桜井さんと一緒に不思議な顔をする。そして、その表情のまま問い返した。
「藤宮?」
「いや、きょうはどこでも噂話をされているから。さっき話した限り、噂とは印象が違うなあ、と思って」
才華にしては歯切れの悪い切れ込みだったが、吉川先輩は特に変に思わなかったらしくああ、と言って笑い出した。
「そうだよねえ、愛莉と付き合えるとは思えないよね。ぼさっとしててさ」
はあ、と一年生三人は苦笑する。同じクラスとあってか、吉川先輩は気分良さそうに話を続ける。
「本当、変な奴って感じ! 悪い奴って意味じゃなくて、面白いっていうか、妙なところにこだわっているっていうか。クラスじゃ結構な愛されキャラだね、面白いもん。照明を落としたなんて噂されて、本当に災難だと思うよ」
笑いながら話すものだからゴミを袋から落とし、おっとっととまた笑う。桜井さんがへえ、と面白そうに訊く。
「じゃあ、愛莉先輩ってそういう人が好みなんですね。恋多き女って聞いたけど、ちょっと意外」
くすりと笑った桜井さんだったが、それは的外れだったらしい。
「そうなのかな? 言っちゃ悪いけど面食いだと思ってたな」
そうなんですか、と桜井さんが問うと、吉川先輩は「こんなことを言ったのは内緒にしてね」と念入りに前置きした。
「ダンス部の部長の戸田! あれなんかカッコいいほうでしょ? ほかにも何人か、どちらかといえばちゃらちゃらした人と付き合ってたかな。まあ、趣味が悪いっていうほどではないと思うけどさ、歴代彼氏みんなそこそこいい奴だったし」
ダンス部の戸田先輩なら有名だ。確かに、男子生徒なら一度は羨ましいと思うルックスの持ち主だと思う。一年生の間でも充分な人気者だ。それこそ足立先輩と並んで歩いていたら、さぞ絵になることだろう。正直ぼくも、戸田先輩のような華やかなスクールライフができたなら、と考えたことが一度もないといえば噓になる。
「じゃあ、藤宮さんは例外だったんですかね」才華が感心したような声を作って言う。ぼくから見れば明らかな演技で、しかも半ば無理やりに話の方向を押し曲げる。「ダンス部といえば、後夜祭の最後のパフォーマンスでしたよね? ミスコンの直前」
ああ、と吹奏楽部と実行委員で先輩後輩のふたりが声を漏らした。桜井さんは、間近で見ていてすごかったと思い出したように言った。
才華は話がパフォーマンスそのものになる前に誘導をかける。
「ダンス部の誰かが照明を消したって話にはならないんですね」
その一言に、ゴミ箱周りの全員がきょとん、としてしまった。そして、すぐに笑い出す。
「そんな話はないでしょ、照明のフロアは二階だったんだし」
吉川先輩の言葉に、才華はええ、と漏らしながら反論する。
「だって、真っ暗だったんですから見えなくても自然でしょう?」
「いやいや、ダンス部の中に照明を消したい部員はいないでしょ。それに、真っ暗だったのは間違いないんだから、誰だって消せるよ」
「そう、誰でも消せるんですよ! だから、ひょっとすると――愛莉先輩の元カレの誰かがってことかも!」
才華らしくない口ぶりの中に、ぼくは何か意味を感じた。その口調に乗せられたのか、桜井さんと吉川先輩ははしゃいで話す。
「つまり、誰かがフラれた腹いせに――うわ、何それ安っぽい!」
「もしかすると、足立先輩がミスター天保と並ぶのに嫉妬したなんて?」
きゃっきゃと笑うふたり。
その横で才華はにやりと笑い、ぼくははっとしていた。




