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最前の灯り  作者: 大和麻也
最前の灯り
16/20

I 「ミス・ミスター天保」

後夜祭:久米弥

 みのり祭も終わり、後夜祭がはじまった。

 小中学生と半分ほどの高校生が帰ってしまい、天保全体からみればかなり少数となった生徒たちが体育館に集結、みのり祭そのものと遜色のない盛り上がりである。音楽に合わせて飛び跳ねる生徒たちの熱気と眩しい照明に汗が滲み、外の気温がかなり冷え込んでいることが信じられない。きっと、明日、鼻水を垂らしながら片づけをする人は多い。

 そんな体育館の後ろのほうで雰囲気だけを楽しんでいると、背後からとんとん、と肩を叩かれる。

「弥くん」

「やあ、お疲れさま」

 現れたのは、実行委員の腕章をつけた桜井さん。才華と同じクラスで、その才華が展示でトラブルがあって忙しそうだったから、実行委員を兼任する桜井さんはもっと大変だったはずだ。目は潤み、汗で髪の毛が額に張りついている。

「たったいま、あたしの仕事が全部終わったんだ」

「へえ、じゃあ照明の仕事かい?」

「そういうこと。後夜祭中盤はあたしの担当。舞台袖の二階部分にあるの」

 つまり、桜井さんは舞台袖の二階で作業していて、終えるとキャットウォークを歩いて体育館の裏まで回り、ぼくの後ろの階段を下りてきたということだ。キャットウォークは実行委員と講演をする団体の人しか入れないから、そこを回って照明器具の側から見る舞台はさぞかし良い眺めだったことだろう。

 そのとき、体育館が真っ暗になる。後夜祭で講演する団体がすべてのパフォーマンスを終えたということだ。これからは後夜祭の醍醐味、団体別の人気投票の結果発表や、ミス天保およびミスター天保を決める、まさしくお祭り騒ぎの時間になる。

 すると、桜井さんに叩かれたのとは反対の肩を叩かれる。暗くて誰だろうかと思えば、その細い手の感触と、高い身長の気配から察しがついた。

「ふう、やっと見つかった」

 才華である。さっきまで体育館の外にいたと見え、手は冷たく、全身に冷気をまとっている感じがした。

 三人で団体人気投票を見守る。一位団体の責任者が涙ながらに喜びを爆発させると、再び会場が暗くなり、にわかに観衆が色めき立つ。その興奮を一身に背負いながら、実行委員長がスポットライトを浴びて壇上に現れた。

 マイクを調節して、そのスレンダーな彼女が会場の興奮を手で静める。

『それでは、いよいよお楽しみのミス・ミスター天保の発表です! まずはミス天保!』

 男子生徒たちが歓声を上げる。

 ドラムの効果音が場内に流れ、スポットライトが場内のあちこちを舐め回すように照らしはじめた。ぼくたちのいたところも幾度か光が通り過ぎた。どんどんと盛り上がる中、実行委員長が断りを入れつつ、ブレザーのポケットから二つ折りにされた紙を取り出す。あれに結果が描かれているのだろう。

『ええと、私も実は、委員長のくせに結果を知らないんですよ。だから、もう、緊張しちゃって。一応、ミスもミスターも後夜祭にちゃんと呼んでいるという話を聞いているので、昨年のようにミスターが体育館にいないのに表彰、なんていうことはないらしいですよ』

 場内から笑いがこぼれる。

 誰なんでしょう、と色っぽくマイクに囁き、ついに彼女は紙を開いた。ドラムの音も止められる。スポットライトに照らされた彼女が声を張る。

『今年度のミス天保は、あだちあ――ってわたし? え、ちょっと、噓、待ってよ!』

 会場はまだ静まり返っている。

 狼狽する彼女はほかの役員がいる舞台袖に向かって問いかける。

『その、準ミスか何かの間違いでしょ? あの、こういうのって、三年生から選ばれるものじゃないの?』

 間違ってないよ! と舞台袖から男子生徒が叫ぶ。その瞬間、会場がどっと沸いた。正直やらせ臭く見えて、ぼくたちも苦笑いしながら拍手した。

『これじゃやらせっていうか、出来レースっぽいじゃないのよ。ああ、自分で言うの恥ずかしい……でも、ええと、今年度のミス天保は、文化祭実行委員長のわたし、足立愛莉(あだちあいり)でした!』

 実行委員長、足立愛莉先輩は恥ずかしそうに礼をし、顔を上げると吹っ切れたのか、大きく手を振った。その挙動の間にわずかながら汗が飛び散り、ぼくたちの場所からはそれが照明によってきらりと一瞬輝いた。

 そんな輝きもあって、ミス天保とは一体どんな美人なのだろうかと思ったが、あまりにも遠くてよくわからない。体育館後ろから舞台を見るには照明が強すぎて、小さく見える足立先輩の顔の輪郭や髪型まではおおよそわかるのだが、顔がぼやけてしまっている。もう少し照明が弱ければ表情だけでなく顔立ちまではっきりと見えるのに、と正直残念に思う。

 そんなとき、桜井さんからため息が聞こえる。

「まあ、自然な流れだよねえ。演劇部だから少し疑っちゃうけど」

 桜井さんの呟きは、さっき足立先輩が狼狽していたときの話と矛盾している。そんな気づきはぼくよりも才華のほうが早く、ぼくを挟んで才華が訊きかえす。

「それって、どういうこと? 異例なんじゃないの?」

「まあ、異例だよ。だいたい三年生が選ばれるからね。でも、委員長は去年、準ミスになっていたから。ほら、たったいま発表されているでしょ?」

 確かに、いま足立先輩は準ミスを発表している。こちらは舞台に上がることはないらしく、ただ名前を呼ぶだけだ。三学年ひとりずつ、三人発表された。

「吹奏楽部の先輩から聞いたんだけど、どうやら『恋多き女』らしいよ」

 桜井さんは欠伸でもしそうな感じにそう言った。桜井さんにとっては結果が見えていたようなものなのだから、退屈でも仕方がないだろう。

 さあ、と足立先輩が叫んで、再び舞台の照明の雰囲気が変わった。寒色系のライトが駆け巡る。

『続いてはミスター天保の発表です!』

 会場の女子の黄色い声が響き渡る。再びスポットライトとドラムの効果音が会場を盛り上げていく。勿体ぶっていた足立先輩が結果の書かれた封筒を開くと、スポットライトが一瞬舞台から離れる。その隙に誰かがミスター天保を壇上に登らせ、準備が整う。逃げて行ったスポットライトが戻ると同時に、足立先輩が叫んだ。

『今年のミスター天保は、瀬谷(せや)け――』

 足立先輩の声が止まる。

 なぜならそのとき、ミスター天保を照らすはずのライトがすべて落ちてしまったのだ。


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