IV 「弥っていったら」
向かったのは久米のクラス、つまりおれのクラスだ。クラスメイトを捕まえて久米の所在を知らないかと尋ねたが、知らないと返ってきた。行先に心当たりもないそうだが、いくつか、ヒントをくれた。
ひとつは、久米の鞄は教室に置きっぱなしになっており、携帯電話の不通はそのせいであろうこと。そしてもうひとつ。
「あいつ、確か『用事がある』みたいなことを言っていた気がする」
「用事?」
訊きかえしたのは二ツ木だ。
「ああ、やたらと時間を気にしていたし」クラスメイトは二ツ木を不思議そうに見ながら続ける。「何か都合があったのは間違いないと思う」
「それは変だね」桜井が首を傾げる。「弥くん、委員会には所属していなかったはず。部活のほうにもいなかったのに」
とりあえず、クラスメイトに礼を言ってその場を離れた。
「どこに行っているんだろうな?」
中庭の屋台で軽食をつまむ。時間はもう昼近いし、何より二ツ木が「弥捜しだけでわざわざ東京に来たわけじゃない」と苛立ちはじめていた。
建物に挟まれた中庭にはひやりとした風が吹く。きのうよりかは暖かくともまだまだ大気は安定しないらしく、桜井も「寒暖差が苦手なんだよ」と言って何度かくしゃみをしている。三人で分け合うたこ焼きの温かみがありがたい。そのたこ焼きをさして美味くもなさそうに咀嚼する二ツ木に尋ねる。
「なあ、久米の行きそうなところ、お前のほうがかえって思いつきやすいんじゃないのか? 幼馴染なのだろう?」
「もう思いつかないわよ」二ツ木は欠伸でもしたいような顔だ。「それに、用事があってうろうろしているんでしょう?」
「弥くんのことだから……」桜井が呟く。「誰かを手伝って振り回されているのかもね。お人好しだもの」
くすくすと笑う桜井だが、手伝いなどに出かけているという考えには合点がいく。「用事があって」教室を離れるとしたら、久米が委員会に所属していない以上、誰かと会ったり働いたりする用事のほかは考えにくい。
ところが、二ツ木は渋い顔だ。
「弥が? お人好し?」
「ええ、そうじゃない? 弥くん、優しいよ」
桜井が冗談めかして久米の善人の気質を笑うが、やはり二ツ木とは一致しない。さっき杉内先輩からも二ツ木はいまとは違う久米を探していると聞かされていたおれは、堪らず二ツ木に久米の印象を問う。
「なあ、二ツ木。お前の思う久米はどんなだ?」
すると、二ツ木は失笑と嫌悪をわざとらしく作って語りはじめた。
「弥っていったら、高飛車で余裕ぶった奴だよね。宿題を一緒にやってると、教えてくれるのはいいんだけど、『そんな問題もわからないのかい?』が口癖。……そのくせ小心者なところがあって、負けず嫌いで悔しがり、自分の思い通りのペースが崩れると気に入らない。将棋であたしに負けると決まってふてくされて、『怒ってる?』って訊くと『怒ってない』なんて言ってたよ。感情的になるのは恰好悪いとでも思ってたんじゃない? まあ、根っこはやっぱり寂しがりだから、関西弁の真似なんかして好かれようとしてたね。みんな弥の弱虫なんか分かってて、仲間外れにする気なんてなかったから、あたしは気持ち悪いから止めろって言ってたのに」
桜井は目を丸くしながら面白そうに聞いていた。
おれにはどうしても、二ツ木自身の話にしか聞こえなかった。だからひとつ、聞きたかったことがある。
「久米は似非の関西弁を喋るくせに、二ツ木は標準語だな」
「そうよ! あいつのためだってのに!」
声を荒げる二ツ木を見て、ああ、と呆れとともに納得した。
おそらく二ツ木は、半年前に久米と別れてから無意識のうちに、久米の性分を再現している。二ツ木本人の性格として高圧的で自尊的なところはあったのだろうが、杉内先輩との対局を思い出せばそれらしいところが見られた。昔の攻撃的な久米を倒す手を、まったくその気配のない杉内先輩に対して続けいたことや、完敗が見えていても投了せずに指し続けた結果大敗を喫したことなどは、話を聞く限り中学生のころの久米の癖のように推測できる。
もちろん勝手な想像ではあるが、二ツ木が昔の久米を求めていることは、もう疑いようがない。
二ツ木の帰宅を考えると早く久米を見つけなくてはならない。捜索を再開することに決め、たこ焼きの入っていた発泡スチロールのケースをゴミ箱に投げたとき、桜井が「ちょっと待って」と携帯電話を取り出した。
その桜井は液晶画面を凝視し、青い顔をする。おっちょこちょいの桜井のことだから、気づかずに無視してしまっていた大量の通知を見てしまったのだろう。おそるおそるといったふうに通話を開始する。その内容の端々を聞くに、桜井のクラスでやっていた空き缶アートが突然崩れてしまい、片付けや修理、その間の客への対処などに追われているそうだ。
「ごめん、行かなきゃ」
通話を終えた桜井が踵を返した。そのとき、はっと思い出す。
桜井のクラスは空き缶アートの展示、つまり、久米の同居人たる家入ちゃんがいるはずだ!
「二ツ木、おれたちも行くぞ」
状況を理解できようはずもない二ツ木を連れ、人混みへ突入した。
桜井のクラスの状況はなかなかに酷かった。
うっかり部屋に入ってしまうと手伝われそうだから、ドアのところで中を窺う。焦燥しきった桜井が駆けて行くのを目で追うと、ちょうど都合のいいことに、家入ちゃんが作業を手伝っているのが目に入った。
失礼して呼び出すと、家入ちゃんは不思議そうな顔をしながらも出て来てくれた。
「珍しいね、どうしたの? ええと……平馬くん」
今朝会ったばかりなのにおれの名前はもう危ういらしい。それから家入ちゃんは、愛想よく笑うと、
「それから、そちらの他校生は知らない顔だね? 誰かを捜しているみたいだけど」
目敏く二ツ木のことを言う。本人はびっくりだ。
「え? どうして人捜しをしているって分かったのよ? 直感?」
家入ちゃんは飄々としている。
「別に、簡単な話。私服を着た同い年くらいの女の子が、在校生と一緒にクラスを訪ねたならだいたいそういう理由だと思いつくよ。ついでに、平馬くんには恋人がいるから、デートじゃないしね」
二ツ木は家入ちゃんを見上げながら、目を白黒させる。家入ちゃんにしてみればこの程度の推理、見るだけで充分に理解できる朝飯前のことだったのだろう。
改めて、二ツ木のことも併せ呼び出した理由を説明する。
「こいつは二ツ木というんだが、おれと一緒に久米を探しているんだ。家入ちゃん、久米の居場所に心当たりはないか?」
家入ちゃんなら久米の「用事」を知っているかもしれないし、知らなかったとしても推理して導き出してくれるかもしれない。忙しそうにしているいま、後者は期待できないが、きっと収穫はあるだろう。
しかし、家入ちゃんの反応はどちらでもない。
「弥! そうだ、わたしも弥に連絡しないと!」
驚いた家入ちゃんにおれも驚いてしまった。焦って携帯電話を取り出そうとする家入ちゃんを制止する。
「待った、待った。電話は繫がらない。久米はいま鞄を教室に置きっぱなしにしているんだ」
それを聞いた家入ちゃんは平常心を取り戻したが、携帯電話に表示された時間を見てため息をつく。
「ああ、こんな時間か。やっぱり」
「時間がどうかしたのか?」
「いや、人に会う約束なのよ」
しめた、と思った。
これで久米の行方不明の理由がはっきりした。
「なあ、家入ちゃん。会うのって、妹じゃないか?」
頷く家入ちゃんを確認し、礼を言って保健室へ向かった。




