II 「行かないわよ」
道に迷っていると指摘された少女は、はあ、と声を上げた。
「関係ないでしょ」
ぶっきらぼうにおれの手からパンフレットをひったくる。穂波同様、相当な頑固者のようだ。桜井は何が何やらわからないという顔をしている。
桜井と意地っ張りの両方に聞かせるようにおれは話す。
「確かに天保の校舎はややこしいったらない。小学校、中学校、高校、特別教室棟、体育館、講堂、そしてグラウンドも。東京によくもこれほど大きな敷地を手に入れたものだ」
「だから何よ」
「いやあ、いくら複雑だからってここは学校だ。部屋の配置には規則性がある。人とぶつかるまで地図を凝視しながら歩くほど、目的地を探すのは難しくはあるまい」
「私が方向音痴だって言ってるの? 気に入らないわね」
「きみはどうも発想が攻撃的だな。落ち着け。道に迷っているなら、そこの実行委員に尋ねてみればいいではないか、それだけのことだ」
おれは桜井を指差した。
こうして桜井に仕事を与え、それに同行すれば、何かしら面白いことに出会えるのではないかというアイデアだ。手伝わされることにはなるだろうが、何もしていないよりは手を動かしているほうがいい。物臭な性質ではないつもりだ。
桜井は突然道案内を差し向けられて面食らっていたが、迷子の少女にぎこちなく「どこに行くんですか?」と微笑んだ。
人を頼るのを好かないのだろう、あくまで少女は頑なだ。
「別にいいわよ、必要ないから。お節介」
「でも」
桜井が食い下がると、少女は「いいの!」と声を荒げる。階段の真ん中で興奮する少女に通りすがる人々の視線がちらちらと向けられる。話が長くなると周囲に迷惑だし、自分も恥ずかしい。とりあえず、怒った相手を宥めることにした。
「ああ、お節介なのはそうかもしれない」おれは桜井の前に出て、へりくだる。「いや、ぶつかった詫びにそうさせてくれよ。悪かったから、な?」
「……必要ないって言ってるのにしつこいわね」少女の口調が少し穏やかになる。代わりに、より高圧的に話すようになった。「でも、あんたたちも行くところがないみたいだし、付き合わせてあげようじゃない」
人をわざわざ刺激する物言いで業腹だが、目的は果たせた。高飛車な性格でこそあれ、持ち上げられると気分がよくなる単純な思考回路、これなら穂波と似たようなものだ。扱い慣れている。
桜井もほっとして問いかける。
「それで、どこに行くの?」
「ええと……どこだろう?」
拍子抜けした。唖然としてその真意を問えないでいると、少女は上の階に向かいながら続ける。
「ううん、どこだろう……たぶん、将棋部かな? でもなあ……」
道に迷っているのではなく、行き先に迷っていたのだろうか? 桜井が「案内する」立場として機転を利かせ、少女に対しぎこちない丁寧語で提案する。
「じゃあ、講堂に行ってみますか? そろそろ天保でも有名なバンドが演奏する時間ですよ」
「行かないわよ、そんなの」
にべもなく却下され、桜井は苦しみながら次の提案をする。
「なら、ストラックアウトをグラウンドでやっていますね」
「ストラックアウト……微妙ね」
少女の活発そうな雰囲気から運動系のアトラクションを勧めたのだろうが、これも通らず。桜井は困惑しはじめた。
「ううん、空き缶アートがありますよ」
「いや、ありえない」
せっかく自分のクラスを提案したのに気に入ってもらえないとなると、桜井はもう提案できる場所がないらしい。
そういえば桜井と家入ちゃんは同じクラスだったなと思いだしつつ、おれは自己中心的な少女に質問する。
「なあ、もしかして場所ではなく、人を探しているのか?」
にわかに少女は振り返り、ぎろりとおれを睨みつける。するとまたヒステリックに唾を飛ばした。
「わかってたなら最初から言いなさいよ!」
「いや、いま思いついたんだよ。お前だって恥ずかしくて言い出せなかったんだろう?」
「うるさいわね! ……まあ、確かに人捜しをしていたの」
「何だ、それなら言ってくれ。知っている人なら一緒に探そうじゃないか」
少女はそれでもおれを睨みつけるが、おそるおそるというふうに口を開く。
「名前」
「名前? ああ、名前で言ってくれても――」
「そうじゃない。あんたたちの名前」
おれと桜井は顔を合わせた。少女が捜している人物が少女といまも連絡をしていたとすれば、おれと桜井が知り合いか否かわかってちょうどいいのだろう。一緒に探すにあたって意思疎通も簡単になる。
「おれは平馬梓、こいつは桜井円。どちらも一年生だ」
すると、少女は大きく目を見開いた。
「噓でしょ! あんたたちが?」
「……おや、お前が捜している奴がおれと桜井のことを話していたのか?」
「電話かメールか忘れたけど、少し訊いた憶えがある。でも、ありえない。あいつがあんたたちみたいなのと仲がいいだなんて」
おれとしてはこの少女と仲のいい奴とは親しくしたくないのだが。とにかく、桜井とおれの共通の知り合いが目的の人物ならば話が早い。同じクラスだったこともあるおれと桜井だから、絞り込みは簡単だろう。
「それで、お前の名前と、お前の捜している奴をさっさと教えてくれ」
催促すると、少女は表情を少し和らげた。
「私は二ツ木麗。あんたらと同じ高校一年。大阪から来て久米弥って奴を探しているんだけど、知ってるよね?」




