I 「せいぜい」
文化祭一週間前:久米弥
自室の窓から外を眺めると、立ち並ぶ屋根の隙間で深緑と茶色の畑が自然の彩りをもたらしている。たぶんじゃがいも畑である。じゃがいもは日本中どこでも作っているのだろうか。
東京に移り住んではや半年。ほんのわずかな縁しかない女子高生とひとつ屋根の下という生活への不安と期待も、もう落ち着いた。元よりぼくの地元は大阪だから、都会に抵抗はなかったし、このあたりの地域は住宅街でありながら農家も多いらしく、のどかな空気がぼくを安らかにさせる。懐かしい土地なのだ。
部屋を出て階段の窓から外を見れば、何かの豆の畑があり、その隣の畑はすでに収穫が終えられてただただふかふかの土が退屈そうにしているのみだ。十月、畑が寂しくなる季節ではあるけれど、それと同じくらいに収穫の時期である。
そして、高校生にとっては一大イベントの季節でもある!
その名も『みのり祭』――ストレートなネーミングの、天保大学附属中学・高等学校年に一度の文化祭だ。
天保では文化祭が終われば直後にテストが訪れ、その後は目立ったイベントがない。文化祭が終われば、学校生活は正直言って地獄。最後の楽しみだからこそ、多くの生徒が沸き立つ祭典であり、ぼくもビッグイベントを謳歌してやろうとうきうき気分なのだ。
文化祭前最後の日曜日であるきょうは、踊る心を「まだだ、まだだ」と宥めながら過ごす退屈な一日で、いつもの週末の楽しみである大好きなタイガーズの試合も、プロ野球のシーズンそのものが終了してしまっているから見られない。じっとしていられないぼくは二階の自室と一階のリビングを行き来するばかりで時間を潰していた。
リビングでは、同居人の女子高生がぼくとは対照的に、泰然としてソファに背中を託していた。
「才華、随分と落ち着いていられるじゃない。もうすぐ文化祭だよ?」
鍵括弧のように置かれたソファの、才華から対角の位置に腰かけながらそう声をかけた。静かに波打つセミロングの髪を少し払い、やや吊り上った目を向けた才華は、落ち着かないぼくに呆れた様子で、
「だって、まだ木曜日まで授業があるじゃない。本番はそれからだよ」
と言ってから、
「……まあ、気持ちはわかるけど」
と付け足した。
「で、才華は何をしていたの?」
訊いてみたが、すぐにわかった。ソファの前に置かれたテーブルには勉強道具が広がっている。古典の教科書とノート、それから数枚のプリントだった。
ぼくの視線がそれらに向いたことに気がついた才華は、いくらか説明を省いて話す。
「あしたは古典の授業はないのだけれど、きのう授業があったからね。宿題」
「ははあ……才華のクラスは、古典の授業は粟原先生から教わっているの?」
粟原先生はぼくのクラスに古典を教えていて、数年前まで文学少女だったに違いない先生だ。失礼かもしれないが、少々おっちょこちょい。とはいえわかりやすい授業をしてくれるから、古典はぼくの得意科目のひとつになった。くりはら先生ではない。
才華の使っているプリントも、その粟原先生のものと構成が似ていたのだ。
「そうだよ、わたしのクラスも粟原先生」
「そっか、どうりで。……でも、ぼくたちはまだここまで勉強していないよ。へえ、次は枕草子を勉強するんだね」
「弥たちは土佐日記の途中?」
「そうだよ。予定ではあと二回で終わるって言ってたから、木曜日――ちょうど文化祭準備の前日には枕草子になるころだよ」
ふうん、と頷くと、才華は再びプリントを手に取る。そのプリントは少し妙だった。何やらふにゃりとした線みたいなものがいくつも並んでいる。古典の教材と一緒だから、おそらくは原本のコピーである。何のコピーなのかが問題だ。
「才華、それは?」
「うん? ああ、枕草子の写本の序文をコピーしたやつなんだって。いくつもあるからこんなふうに違うんだよって、教えてくれたよ」
複製を複製、清少納言が書いた最初の枕草子から見れば何世代下ったものだろうか。
プリントをよく見ると、文章が縮小されて五種類印刷されているのがわかった。字体から違っていて、枕草子の写本にバリエーションがあることがよくわかる。
それにしても、そんなものを見たって正直ちんぷんかんぷんに決まっている。それに、教科書ノートその他は序文を記したページではない。
「でも、才華。それじゃいくらなんでも読めやしないよ」
「読むんだよ」
「わざわざ?」
「だって、気になるんだもん」
「といっても、序文なんてせいぜい『はるはあけぼの、やうやう――』」
「もう、やめてよ。せっかく自力で読もうとしているのにさ!」
才華は口を尖らせた。
天保高校に一般入試で入学したぼくは中学生のころにさんざん勉強し、かつ記憶力にも自信があるものだから序文をほとんど暗記しているのだが、才華はどうも憶えていないらしい。そして、才華といえば好奇心をそのまま人にしたような性質だ、わけのわからないものでも何とかして解き明かしてみたいのだろう。
才華と一緒にいると、いかなるものでもわからないものはないような気持ちになる。その好奇心が高じて、才華は様々な知識と鋭い直感を持っているから、ほんの些細な疑問であれば少し考えただけですぐに結論をはじき出してくれるのだ。才華が考える手伝いをするのがぼくの役目で、最終的に解き明かせたときはとても嬉しい。
ただし、今回はぼくの助力は要らないらしい。原文を解き明かしたって最後に出てくる文章は『はるはあけぼの――』というあまりにも有名な序文に変わりないのに、必死に睨めっこする才華を眺めていると、ぼくは淋しいような嬉しいような心地になって、文化祭を待ちきれない興奮はいつの間にか静まっていた。