スルガニャン物語2(3)
3 スルガニャル子の一日
この日の夜、俺は疲労しきっていたお辞儀君に体を休めてもらうため、早いとこ退勤させた。
今は貴殿野郎と数名のスタッフが懸命に買取作業をしている。
貴殿野郎には連日徹夜で働いてもらうのもありかな、と思っている。
「……もう九時半だよ。まだ帰ってこないのか、スルガニャル子さん」
事務室には俺とスルガニャンだけだった。
「もしかして……もしかしてにゃん。嫁の奴、他に好きな男でもできて……」
「浮気してるかもしれないって? スルガニャル子さんは猫じゃないか。浮気のしようがないじゃない」
「そうかにゃー? 事故の可能性もあるし、どっちみち心配だにゃー」
とにかく無事に帰ってきてほしい。そう願うばかりだ。
時刻が十時になって車が走る音が聞こえた。
窓から外を見るとタクシーが一台、会社の下で止まっている。
「たぶんスルガニャル子さんだ。帰ってきたんだ」
「うにゃーっ!」
スルガニャンは元気よく一階まで駆け下りた。俺もスルガニャンに続く。
一階に着いたとき、スルガニャル子さんはタクシーから降りていた。俺とスルガニャンがここにいることが意外だったらしい。
「にゃるっ? あんたっ?」
見た目はスルガニャンとほとんど変わらない。スルガニャル子さんのほうがちょっと小柄だった。
「お前、こんな時間までどこほっつき歩いていたにゃ?」
「べっ、別にどこでもいいにゃる」
「いいわけないにゃ! おいらがお前のことをどれだけ心配したか……お前にはわからにゃのか!!」
にゃあにゃあ言いすぎて、このまま二匹が本当の猫になるではないかと心配だった。
「あんたっ……!」
「おみゃえ~っ!」
抱き合う二匹。そこに俺が間に入るのはあまりにも無粋……このままここを去るか。
違う! そうじゃない!
スルガニャル子さんが無事だったのはいい。問題は買取金額をなぜ〇円にしたかだ。
「スルガニャル子さん! 聞きたいことがあるんですけど?」
「――ん? なんにゃる? ……っていうか、お前たちなんでいきなり帰ってきてるにゃる? 帰ってくるなら連絡の一つぐらいでも入れるにゃる」
「そりゃあ駿可屋の買取が〇円になったとか聞いたら、飛んで戻ってきますよ。あなたがそう指示したんですね?」
「ん~、まあそんなところかにゃる」
「なんでそんなことするんですか? 駿可屋はお客様のことを第一に考えるショップなんですよ。だからここまで会社として成長した。駿可屋とお客様は長年かけて築いてきた信頼があるんです。なぜそれを潰すような真似を?」
「言わなきゃならないかにゃる。それには深~いワケがあるにゃる」
深いワケだって? ……どういう意味だよ、それって。なんかまずいのか?
「ほれ」
そう言って、スルガニャル子さんは右の前脚を高く上に伸ばした。しかしまったく意味不明だ。
「ほれほれっ♪」
「あの……なにが言いたいんですか?」
「わからないにゃるか。見ろにゃる。この引き締まった前脚を。少し前までは無駄な肉がついてかっこ悪かったにゃる」
そんなの別にどうでもいいです、と言いかけた。で……なに? なにが言いたいの?
「今度は後ろ脚もしてもらうにゃる~♪ 大満足だにゃる。これも亭主を喜ばす嫁の優しさにゃる」
「待って……なにを言ってるの? さっきから? 全然わかんないんだけど。どういうことです?」
「朝から高級エステに行ってたにゃる。猫専門の」
エステですか。エステ……猫にそんなのが必要なのかわからないけど。でも買取とまったく関係ないじゃない。
「エステ料金は買取金額を〇円にして浮いたお金で通ってるにゃる」
「え……?」
開いた口が塞がらないとはこのことだった。
つまりだ、スルガニャル子さんは自分のエステ代にかかる負担を、お客様の買取金額から徴収していたわけだ。
貴殿野郎並のとんでも行動だよ。
「お金はたくさんかかったけど、きれいになったからいいにゃる~♪ ……にゃる? どうしたにゃるか、サイコー君。なんでそんな怒った顔してるにゃる?」
「あなたは全然わかっていませんよ。駿可屋がスタッフやお客様にどれだけ愛されているかを!」
「にゃ、にゃる……」
「エステのためにお客様を裏切る? はぁ? なに言ってんだ、あんた。なぁ、おい! この猫!」
俺はスルガニャル子さんの首を、後ろからつまんで持ち上げた。
「にゃる~!」
スルガニャル子さんは脚をバタバタさせる。そんな姿を見たスルガニャンが俺にこう言った。
「なにするにゃっ? サイコー君! 嫁にそんな乱暴な扱いはしないでほしいんだにゃ! 抱っこしたいんだったら両手でそっと抱えるんだにゃ!」
「抱っこしたいわけじゃないよ、スルガニャン。スルガニャル子さんはお客様を裏切ったんだよ? 本来支払うべきお金を勝手に使ってエステに行ったんだ。そんなこと許されると思う?」
「にゃ、にゃあ~……」
スルガニャンは奥方に甘いんだから。
「いくらスルガニャンの奥方だからといっても許せないよ。罰としてこれからしばらくは一番安いキャットフードだからね!」
「にゃる~っ!」
「泣いてもダメ!」
これで買取遅延と買取金額〇円事件は無事におさまった。
お客様へのお詫びとして、減額なしキャンペーンをやっている。正規の値段で買って、販売のときはBランクにする。これがなかなかの好評だ。
こんなことしか俺たちにはできないけど誠実な経営を続け、ちょっとずつ失った信頼を取り戻すんだ。どれだけ時間がかかるのかはわからない。
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