君のギターといっしょに。
常盤 竜司と諫山 聖は高校生の夏に泣いた。単純な涙ではなかった。全てが終わってしまったという絶望が、二人を悲しみのふちに追いやっていたのだ。二人は「スタードラフトオーディション」に中、高校生活を捧げてきた。しかし、聖は演奏中に、ギターを弾いていた手を止め、目指していた舞台への道の途中で倒れた。観客の悲鳴がこだまする。ギターのネックが衝撃で真っ二つになった。竜司はすぐに聖を控え室に運び込み、意識が回復するのを待ち、携帯のボタンーー119を押そうとした。
「待って。まだライブは終わってないから」
聖は目をさまし薬の副作用と病のストレスで白くなった髪を揺らした。
「そうやって首を振ってももう終わったもんは終わったんだよ」
竜司は口に出してから後悔した。そんなこと聖自身が一番分かっているということに気付いたからだ。
「それでも…」
「すまん。でもさ…もうそんな身体をいじめんなよ」
聖は控え室のベンチに倒れながらも、手をついて身体を支え、心臓が悲鳴をあげているのに立ち上がろうとしていた。
「やめろって!」
「うるさい!…俺にはこれしかないんだよ…」
聖の言葉にはなんともいえない重みがあり、誰もいなくなった控え室にーーそして竜司の心に響いた。響いて…自然と涙が溢れた。「そんな姿になってしまったんだね。僕のギターは」聖は顔だけを動かして、聖の愛用だったギターを見ていた。竜司にはその視線がとても悲しく感じた。二人とも「つぎがある」などという楽観的で誰も救われない気休めにすぎない言葉を発さなかった。二人は最初で最後のライブである舞台から去り、無言で帰りの列車に乗った。これを挫折と呼ぶのかもしれない。しかし、彼らにとって挫折は直接音楽を辞めることにつながる。聖は不治の病を抱えていた身であり、もう一度立ち上がるだけの時間が許されていない。
そして数日後、ショックからなのか、病が進行したからなのか歌を歌えなくなった。
「死にたくない」
いつもはそんな惨めな姿など見せようとしなかったのにあの日だけは、死にたくないと、ベッドに横たわる聖の口が確かにかたどった。その口からは、その歌を聴くものみんなの心を響かせる歌声は二度と聞けないのだろう。自分には何もできない。だからせめて……ギターを弾こう。
竜司は楽器屋にかけこんで聖のギターを直して、病室でライブを開いた。観客はただ一人。歌を歌えなくなった少年である。しかし、病は着実に彼の身体を蝕んでいた。竜司の携帯の着信音が鳴り響いた頃にはすでに彼は虫の息だった。急いで病院に駆けつけたが、楽しそうに笑ってライブを聞いてくれた姿が、生きている彼と会うのは最後になった。竜司は何度も「なんでお前が…」と嘆いたが、彼の声を聞くことはできなくなってしまったことを受け入れようと、現実を直視した。しかしその現実はあまりに悲しかった。それから彼の顔を見ることができたのは葬式。すっかり肌までもが白くなってしまっていた。死にたくない…彼の言霊が頭の中で響く。こんなとこで寝ていて良いのかとホントは叫びたかった。何とかその言葉を押し殺し、代わりに涙が零れる。
竜司は家に帰りつくと郵便受けを見た。家に入って手紙を確認すると、驚いた事に数枚の中に届くはずのない手紙が混ざっていた。
《 A happy new year もう僕はこの世にいないだろうね。この病気は僕を食い続けてる。僕のせいであのオーディションに落ちたんだ。ごめん。僕が病になんて負けたから…。今、君が手紙を読んでいる時に僕がいないとしても、僕は精一杯がんばって生きるよ。君は夢を捨てないでね。よかったら僕のギターもいっしょにつれていってください。じゃあね。天国から見てるよ。 聖より。》
竜司は外に飛び出て空を見上げた。
「何でなんだよ…」
死のうとした竜司を止めたのは聖だった。聖は「僕はもうすぐ死ぬんた。いつ死ぬかもわからない。そんな人間だって生きてるんだよ。君はいいのか?それで」と言った。竜司はそれを聞いて、自分よりも不幸な人間が目の前にいたことに驚き、死ぬことなんてできなかった。それから二人は意気投合し、バンドを組もうと約束した。
そして俺は空に捧ぐ。歌声を、メロディを、思いを。君のギターといっしょに。