上映作品-1 "サイレントスニーカー" #6
前話まで読んでいただいた方、あれから4ヶ月もお待たせしてしまいまして申し訳ありません。
この度なんとか上映作品の6話目を投稿することができました。
前話まで読まれた方もこれから読まれる方も、楽しんでいただければ幸いです。
膝を着いたユーゴーの両肩、両前腕、両太ももに明らかに刃物で突かれた傷が付いていて、そこから血が流れていた。シャリアが一瞬でユーゴーとの間合いを詰めて刺したのだった。
そしてシャリアの動きがあまりも速かったため、彼が戻った瞬間ユーゴーとの間に空気の薄い場所ができ、傷口から流れた血が空気の薄い方へ吸い出される様な感じになりそれが霧状に広がったのだろう。
血まみれで膝を着くユーゴーを見下すような感じで、獰猛な笑みが戻ったシャリアが話しかける。
「どうだ? 驚いたか? これが俺が独自に編み出した技だ。だが、まだこれで終わりじゃないぜ、まだまだお前には俺の技を受けてもらわなくちゃなぁ? さぁ立てよユーゴー、あの程度じゃお前は終わらねぇ、そうだろ!?」
シャリアに言いたい放題言われているにもかかわらず、ユーゴーは両膝を着いて俯いたまま微動だにしなかった。
「けっ! せっかく致命傷にならねぇ程度に抑えてやったってのによぉ、随分とヘタレになっちまったもんだなぁ。アァ?!」
なおも罵声を浴びせ続けるシャリアだったが、一向に動く気配を見せないユーゴーにだんだん苛立ってきてさらにひどい言葉を投げつけるが、結局それでもユーゴーが動くことはなく心底うんざりした顔をして言った。
「……あんなくらいで心折れちまうなんてよ、ホントに腐っちまったな、お前……。わかった、もういい。もういいや、死んでくれても。つか今死ね!!」
うんざりした表情から一転、これ以上ないほど怒りに顔を歪ませたシャリアが両手の指の間全てにネイルを挟み一斉にユーゴーに投げた。
シャリアの手から放たれた8本のネイルがユーゴーに迫る、しかしまだ彼はピクリとも動かない。
『ユーゴー!!』
ユーゴーの危機に、彼の名前を叫ぶ仲間達。
そしてメンバーの誰もがユーゴーにネイルが突き刺さる瞬間を想像した時、鋭い金属音がして彼の周りにネイルが散らばる。
「あ~あ、聞こえない振りしてそれにお前がキレて斬りかかったところで、一気に制圧してやろうと思ったんだが……。でもその辺りは俺が甘かったみたいだな」
まだ膝を着けたままだったが、顔に不敵な笑顔を貼り付けシャリアを軽く睨むユーゴー、その右手にはいつの間にか落とした短刀が、左手にはネイルが1本握られていた。
「へっへっ、なるほど、腐っちゃいねぇ上にちょいと小賢しくなったってとこか。まぁいい、お前をこの手で殺す楽しみが消えなかったんだからなっ!」
と言いながら両手に2本づつのネイルを持ち、まだ膝を着けたままのユーゴーに時間差をつけて投げつける。
しかしユーゴーもそれを見越していたのか、初弾を短刀で払って、次弾を左手に持ったネイルで弾き飛ばす。さらに次弾を弾くと同時に左手のネイルをシャリアに投げつけ、その隙に立ち上がって戦闘態勢をとった。
「んふっふ、その程度ではやはり倒せねぇか。んじゃ次は、こいつでどうだ!」
言い終わると同時に短刀を構えたシャリアの身体が消え、ユーゴーの右後方2リム(m)の位置に現れた。
シャリアの"瞬移"に咄嗟に防御の構えを取ったユーゴーだったが、彼の行動に眉をひそめる。
短刀を構えていたのにも拘らずシャリアは、ユーゴーに斬りつけずに脇を通り過ぎただけだった。
ただシャリアが通過した後、空気の揺らぎのようなものを感じてはいたが。
"瞬移"とは、ドラゴネスト流斥候術において"影断ち"などの絶招を得るために必要な歩法で、全身をバネのようにたわめる等して力を溜め、それを解放する事で得られる反動を脚力に乗せて駆け抜ける、または跳び込むことで相手との間合いを瞬時に無くす技である。
さらに"瞬転"とは"瞬移"を連続で行う事で、これを用いて間合いが離れた敵にヒット&アウェーを行ったり、あちこちに移動して相手を幻惑したりする。
しかし"瞬移"を会得した者でも大抵は一度で溜め込んだ力を全て解放してしまう、もしくは次の溜めが間に合わないため、これができる者は非常に少ないといわれている。
ユーゴーの訝りをよそに、次は彼の左へ同じく2リム離れて、それから次は右、左後方へと"瞬移"を繰り返すシャリア。
ユーゴーはシャリアの行動の意図が読めず、何か仕掛けられたときのために防御姿勢を崩さずその場にたたずんでいた。
「ん? さっき感じた空気が揺らぎがうねりに変わってきているような……」
自分を取り巻く風の流れに不穏なものを感じて独り言ちるユーゴー。
その間にもシャリアは5回目の"瞬移"を終え、再び最初の位置に立っていた。
「ふふ、何か勘付いたようだなぁ、ユーゴー。だがもう遅ぇ! 食らえ『五芒真空陣・血桜』!!」
シャリアが手にした短刀を届く間合いではないのにもかかわらず、裂帛の気合をもって振り下ろす。
そして次の瞬間、ユーゴーの周りのうねりが渦と化し彼に襲い掛かった。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ユーゴーの絶叫と共に首から下の全身から血の霧が広がる。
その姿を上から見れば、技の名の通りまるでユーゴーを中心に赤い花が咲いているように見えるだろう。
さすがのユーゴーも2度の流血にガクリと再び膝を落としてしまい、さっきよりも荒い息遣いで短刀を杖代わりになんとか倒れ込むのを抑えていた。
「ユーゴー!!」
2度の流血に居ても立ってもいられなくなり、ユーゴーの元へ行こうとするメイベル。
しかし、いざ飛び出そうとする辺りで、目の前を横切る棒に遮られたたらを踏んだ。
「おい、ちょっと落ち着きなって。下手に動いたら人質がどうなるかわからんでもないだろう。それに、あいつはまだ死んじゃいねぇし、まだやる気だぜ? 見ろよ、立ち上る気が全然衰えてねぇ」
目の前に突き出された棒の先を摘み上げつつその先を見ると、棒を持った男が後ろに筋骨隆々とした男を従え立っていて、メイベルに向かってニッと笑っていた。
「あ、そう言われれば……。って誰よあんた達?」
訝しげな目で誰何するメイベルに、それに応えるような感じでアーガイルが声を上げる。
「ああ! アランにバンゴ! あんたら無事だったのかい!?」
「まぁな。ちょうど2階に下りたところで爆発がおきてな、直接食らうことは無かったが、髪や服がちょっと焦げちまったよ」
アランとバンゴの服や髪の毛をよく見るとそれぞれの端が少し焦げていて、アーガイルがそれを見ていることに気付くと、アランがばつの悪そうな顔をして頭を掻いた。
「アラン? バンゴ? 知っているの? アーガイル」
「ああ、知り合ったのはさっきだけどね。カールが奴らの1体に襲われたとき、助けてくれたんだ。んで話してみると、何だかこっちと目的が同じみたいなんで手伝ってもらってたんだ」
「そう」
先程の表情のままアーガイルに問うメイベルだったが、彼の説明に少し表情を緩めた。
「まあそういうことだ、短い間だがよろしく頼むぜ姐さん」
そう言うとアランはおどけた様子で手にした棒を軽く額にあて、敬礼のようなポーズを取った。そしてすぐに顔を引き締めユーゴーに目を向けた。
「で、あれがアルケリア最高の斥候員、ユーゴー・ドラゴネスト。またの名を"忍び寄る亡霊"か」
「なるほど、あの時から只者ではないと思ってはいたが、やはり奴がそうだったのか。本気でやりあっていたら、殺られたのはこちらかもしれないな……」
アランの漏らした呟きにかぶせるように、それまで黙っていたバンゴが口を開く。その口調は乗合馬車でユーゴーにからんだ者とは別人かと思えるほど落ち着き払ったものだった。
「アラン、悪いけど、できればその名前は言わないでくれるかな? あれは内戦中に周りが勝手に付けた二つ名で、しかもユーゴーにとっても嫌な過去を思い出すからって、呼ばれるのを嫌がっているんだ」
アーガイルが半ば頼み込むように言うと、いらぬことを言ってしまったかなと苦笑しつつ頷くアランだったが、彼の次の一言に他の全員がユーゴーに目を向ける。
「そうかい、それはすまなかったな。それはさておき、さっきはああ言って止めはしたが、おそらく気力はどうあれもう体力は限界だろう。次にさっきの技のどちらかでも食らえば確実に死ぬぜ、ありゃ」
そこには足をフラフラさせながらも立ち上がるユーゴーの姿があった。
「ユーゴ……」
メイベルが先程よりも悲痛さと安堵が入り混じった声で、立ち上がったユーゴーに再び声を掛けようとする。
しかし名前を言い切るか切らないかのところで、ユーゴーが邪魔するなとばかりに彼女を睨みつけ、それからすぐにニッと笑ってシャリアの方を向いて短刀を構えた。
その笑顔にメイベルは、何となくだが"俺は絶対に負けない。だから見てろ"と言われた気がしていた。
「おいおい、本当に大丈夫かよ、あいつ。こっちにあんな顔をして見せたんだ、策がないわけじゃないんだろうが一体どうするつもりだ?」
あと1回攻撃を食らえばそこで終わり、そんな状態になっても先程見せた顔ができる精神力に呆れつつも驚くアラン、そんな彼の呟きに少し吹っ切れたような顔でメイベルが答える。
「さぁ、本当に策があるかなんて私にも分からないわ。でも、彼はユーゴー・ドラゴネスト、この国で最高の斥候員、そして最強の"負けず嫌い"よ」
その直後、まるでメイベルの言葉に背中を押されたかのように、ユーゴーがシャリアへと駆け出した。
ユーゴーが"五芒真空陣"を受けた直後。
片膝を着き、全身を切りつけられる痛みに意識が飛びそうになるのを、なんとか気力で繋ぎ止めるユーゴー。
そんなユーゴーを前にシャリアは、構えを解いて自然体になると腕を組んで先程と同じ顔で彼を見下ろす。
「2度も膝を着かされる気分はどうだ、ユーゴー? なんだ、血の流し過ぎで口もきけなくなったか? ああ、なんだったらもう立ち上がらずに寝ててもいいぜ。なに、命まで取りゃしねぇ、裏の人間が勝負に負けるということが分からないお前じゃないだろうしよ。少々不本意だが、斥候員としてのお前を殺せただけでもよしとしてやるかな」
シャリアの嘲りの言葉に、ユーゴーは荒い息遣いのまま顔を上げる。
「な、に、を言って、やがる。か、勝手に、人を殺す、んじゃねぇや。それ、に、お前に、負け、た、覚えはねぇ」
「お前こそ何を言ってるんだ? 2度も膝を着かされて、しかも血を流しまくって今にも死にそうなお前が俺に勝つだと? ハハハハ、そりゃ面白ぇ! いいだろう、少しだけ待ってやる。だがよ、次は膝を着く前に地獄へ送ってやるから覚悟しな!」
息も絶え絶えに言葉を返すユーゴーを、見下しつつ笑い飛ばすシャリア。しかしその目は最大の警戒心で持ってユーゴーの動きを見つめていた。
「ユーゴー!!」
少し離れたところからメイベルの悲鳴が響く。
「ほらほら、彼女が何か言ってるぜ、答えてやんなくていいのか? あ、そうだ、お前が立てなきゃ先にあの女をやっちまおっかな」
「やめろ、仲間に、手ぇだす、んじゃねぇ」
シャリアの挑発に乗せられ怒りをあらわにするユーゴーだったが、結局その怒りが原動力になったのかゆっくりとではあるが立ち上がった。
「お、やっと立ったな。一応言っとくが、さっきのは冗談だ。ちょっと早く立てるようにからかっただけだ。標的を目の前にしてるってぇのに、他の事に気を向ければ碌なことにならないからな」
「ふん、お前がどういう、つもりで俺を立たせたかは、知らんが、後で、後悔するなよ」
立ち上がり息を整えるユーゴーに見下した発言を続けるシャリア、彼の言葉に怒りを覚えつつもユーゴーが返す。
「は? 後悔だと? お前をへたり込んだまま殺す方がよっぽど後悔するわ! 俺がしてぇのはお前をただ殺すだけじゃねぇ、お前の持つ全てを壊してから殺すことだからよ!」
「そうか、ならやってみるがいい」
シャリアの言葉に何故そこまで自分を憎んでいるのかわからず困惑するユーゴーだったが、それならそれでこちらも相手の全てを叩き潰す思いで敢えて挑発的な言葉で返した。
「ユーゴ……」
メイベルから先程よりさらに沈んだ声がユーゴーの耳に届く。
彼女が全部言い切る前にチラリと後ろを向いて睨みつけ、それからすぐにニッと笑いかけた。
メイベルの顔が幾分明るさを取り戻したのを見ることなく、ユーゴーは短刀を構え再びシャリアに目を向け呟く。
「ドラゴネスト流 気功術 "回天"」
その瞬間、ユーゴーの全身の傷がみるみる塞がっていった。
気功術とは、その名の如く体内を巡る"気"を用い身体に様々な効果をもたらす術である。
その気の巡らせ方により治癒力の上昇・身体強度の増加・筋力の向上などの効果を一時的に得ることができ、真に極めた者は己の重さすら無くすことができるとも云われている。
しかし元々一定の間隔で全身を巡る気を強引に加速させたり身体の一点に集中させたりするため、体力を半端なく消耗し、使う状態によっては逆に死に至りかねない危険な技でもある。
「おー、流石だなユーゴー、"回天"まで使えるとはよ。だがこれでいよいよ後が無くなっちまったなぁ、次に一撃でも食らえばマジに死ぬぜ、お前」
シャリアはユーゴーの気功術に少し感心した口調になるものの、すぐにさっきまでの見下すような口調になって彼を茶化す。
「何とでも言え、俺もこれ以上長引かせるつもりは、ない」
2度の流血に加え、気功術の使用により倒れる一歩手前まで体力を消耗しているユーゴーだったが、そんな己を鼓舞するようにシャリアの言葉を突っぱね駆け出した。
ユーゴーが一旦構えた短刀を鞘に戻し、その柄を持ったままシャリアへと駆ける。
その姿にシャリアはまた"影断ち"を仕掛けてくると予想し、腰の短刀に手を伸ばしてユーゴーが来るのを待ち受けるが、想定したタイミングで攻撃が来ないことに軽く眉をひそめた。
それもそのはず、ユーゴーは"瞬移"を使わず通常の駆け足で走っていたのだった。それでも常人のそれと比べてかなり速かったが。
ユーゴーがシャリアの一歩手前で駆けるスピードより速くしゃがみ、シャリアの視界から消えつつそのまま下から突き上げるように切り付ける。
受けるシャリアも軽くスウェーして刃を交わすと、伸びたユーゴーの右脇腹に回し蹴りを叩き込む。
しかしユーゴーもそれは織り込み済みだったのか、振り上げた右腕を強引に戻し蹴りの足を肘の辺りで受け止めつつ体を浮かせ、蹴り足に押される形で2リム後方に飛んだ。
飛ばされている間にユーゴーは体を捻ってシャリアの方へ向き、着地しても止まって体勢を立て直すことなくまた駆け出す。
「ほう、あれだけやられたってのに、まだ動けるとは大したもんだ。だが"瞬移"も使えねぇんじゃお前ぇも終わりだな。改めて引導を渡してやるぜ!」
ユーゴーの動きにシャリアは獰猛な笑みを深め、今度は自らも駆け出した。
再び激突する、刃と刃。また先程のように剣戟が繰り返される。
刀と刀を打ち合わせる音が響き、引き締まった肉を叩く鈍い音も聞こえた。
先程と同じくいつ終わるとも知れぬほど2人の戦いは拮抗していたが、徐々にユーゴーが押され始めていく。
2度の出血と気功術の使用により、唯でさえギリギリだった体力がここへきて限界を迎えたのか、少しづつユーゴーの動きが鈍ってきたのだ。
そしてシャリアがそれを見逃すはずはなく、さらに踏み込んでユーゴーの短刀を弾き飛ばし回し蹴りを叩き込む。
ユーゴーは蹴られる瞬間、蹴り足に乗る形で幾分ダメージを抑えたものの、蹴りの勢いそのものまでは抑えられるわけでもなく、結局3リムほど後方の広場と森の際まで飛ばされた。もしそれ以上飛ばされていたら、森の木に激突して動けなくなったかもしれない。
しかしその直前で踏みとどまり、なんとか転ぶことなく着地できたユーゴーだったが、それが精一杯だったのか肩で息をして立っているのがやっとの様だった。
それから何セト(秒)か過ぎたが、シャリアからの追撃がこないどころか何かを軽く叩く音が響き、ユーゴーは訝しげな表情で彼の方に目を向ける。
ユーゴーの目に入ったのは、相変わらず彼を見下すような表情ではあったが、その目にほんの少しの賞賛の色を混ぜて手を叩いているシャリアの姿だった。
「シャリア、お前……」
こちらを殺そうと思えばいつでもできる状況にもかかわらず手を叩いてるシャリアに、ユーゴーが半ば呆然として呟いた。
シャリアもユーゴーの呟きが聞こえたのか、拍手をやめて口を開く。
「ユーゴーよぉ、お前はよく戦った。だが、こんだけやれりゃもう十分だろ。だからよぉ、安心して死んでいいぜ。つうか、死ね」
シャリアは最後の"死ね"と言い放つや、左腕をユーゴに向けて軽く伸ばし右手の短刀を肩の高さで構えた。
「……!」
ユーゴーが飛ばされた瞬間、メイベルが声にならない悲鳴を上げ、堪らずユーゴーを助けるため飛び出そうとする。
「いかん! やめるんだメイベル!」
「姐さん、落ち着いて! 今動いたらカールが……」
前後不覚になって飛び出そうとしたメイベルを、アーガイルとロックハマーが左右から挟み込むように止めた。
「何で止めるのよっ! ユーゴーが、ユーゴーがっ……」
自分を押さえつける2人に振り返り、怒りの表情で彼らを睨みつけるメイベル。
しかし彼らの表情を見た瞬間、頭が冷えたのか少し肩を落とした。彼らもメイベルと同じように、助けに行けないもどかしさと焦燥感がない交ぜになった表情をしていたからだった。
「もういいわ。飛び出さないから、離してちょうだい」
メイベルが落ち着いたのを見て取った2人は、すっと彼女を離す。
「気持ちは分かるが、あのまま突っ込めばユーゴーやカールはもとよりお前まで死んでいたかもしれん。そんなのはあいつをはじめ、誰も望んじゃいない。それに、あいつだって何の考えもなしに今まで粘ってきたわけじゃないだろうしな」
「でも……」
落ち着いたもののまだ飛び出す気満々のメイベルに、ロックハマーが聞き分けのない子供を諭すように話すが彼女は納得しなかった。
「大丈夫だよ、あのユーゴーがただで死ぬわけないじゃん」
「そうだ、アーガイルの言うとおりだ。それにどの道、この距離では奴が仕掛ける前にユーゴーを助けることはできん。よしんば成功したとしても、カールまで助けるのは不可能だ。だがおそらく、奴も最後は自身の最高の技で仕留めようとするだろう。狙うとすればその瞬間を狙うしかない」
メイベルにアーガイルがことさらに軽く言うと、その尻馬に乗る形でロックハマーが彼女を説得する。
「……わかったわよ」
ロックハマーの話に渋々ながらに頷くメイベル、それを見てホッとしているアーガイル。
と、そこに、それまで少し後に下がって彼らの話を聞いていたアランが口を開く。
「んじゃ、人質の方は俺達がやろうか?」
いきなり声を掛けられたことに驚き、軽く目を見張りつつ彼らへ目を向けるロックハマー達。
「アラン、あんたいいのか?」
何故? という顔をして問うロックハマーに、少し呆れたようにアランが答える。
「おいおい、ここまできて手伝わないって方がおかしいんじゃないのか? それに見ろよ、もう言い合っている時間は無いぜ」
アランの言葉に皆が戦っている2人に目を向けるとそこには、立っているだけでやっとのユーゴーと、何故か彼に向かって手を叩いているシャリアがいた。
シャリアはしばらく拍手を続けていたがユーゴーが何かを呟いた瞬間、手を止めて一言言い放つと先程見せた技の構えをとる。
「メイベル、2人で奴を止めるぞ! アーガイルはアラン達とカールを頼む!」
シャリアが構えた瞬間、ロックハマーは他のメンバーへ指示を出しつつ走り出した。
シャリアがユーゴーに止めを刺すため"瞬転刺突・六連"の構えをとった時、彼の目の端にロックハマーとメイベルが走ってくるのが見えた。
「ふむ、あいつ等は人質が死んでもいいってのかねぇ……。まあいい、約束を破ったのはあっちだからな、罰を与えるとするか……」
迫る彼らを尻目に構えを維持しつつポツリと呟くシャリアだったが、その口調は約束が破られたことに別に腹を立てた風でもなく、半ば呆れつつもどこか楽しげだった。
そしてシャリアの姿が消える。
「うおっ!」
「きゃぁっ!」
シャリアの姿が消えた瞬間身構えるユーゴだったが、予想した攻撃は来なかった。しかしその代わりに、ロックハマーとメイベルの悲鳴が耳に届く。
咄嗟に声のしたほうへ向くユーゴー、その彼の目に映ったのはうつぶせに倒れ呻く2人と、ロックハマーのうなじを踏みつけ楽しそうな顔をしたシャリアだった。
「ようユーゴー、ちったぁ動けるようになったか? ああ、こいつらは俺との約束を破ったんでな、罰としてこれから人質を殺すことにした。おっと動くなよ、死体を増やしたくなけりゃな。ハハハハッ!」
そう言うとシャリアは左手をポケットに入れ、何か黒い石のようなものを取り出してユーゴーへ見せ付けるようにかざす。
「これが何か分かるか? これは2階部分に仕掛けた爆薬に点火するための魔石だ。こいつを壊せば一瞬で2階全てが破壊され、お前のお友達も一緒にあの世へってぇわけよ。今、お友達を助けようとしてる奴らがいるみてぇだが、もう間に合わねぇ、友を救えない絶望に陥ったまま殺してやるよユーゴー!」
シャリアが一瞬だけ後ろを見る。そこにはアーガイルとバンゴが、カールの下へあと5リムのところまで迫っていた。
「やめろぉっ!!!」
「じゃぁな、あの世でお友達に詫びるがいい」
シャリアの視線がほんの一瞬逸れた隙に魔石を奪取すべく傷ついた体を押して駆け出すユーゴー、しかしシャリアはそんな彼を嘲笑うかのごとく手にした魔石を折った。
一瞬広場を埋め尽くすほどの閃光が走る。
それから少し遅れて爆炎が2階全部の窓を突き破り、爆音が轟いた。
「カーーール!!」
「うぅ……、カール……」
「ぐぅ……、カールっ!」
燃え盛る2階部分を見て、三人三様の悲痛な声を上げるユーゴー達。
そんな彼らの姿をニヤニヤしながら見ていたシャリアだったが、突如ユーゴーから彼が今まで感じたことがない様な殺気が走り、2リムほど後ろに飛び退る。
「なんだぁ、ユーゴー? 友達を殺されて腹が立ったか? 気持ちは分かるが、俺に腹を立てるのはお門違いってもんだぜ。文句があるなら、倒れてるこの2人に言いな。少なくとも俺はこの勝負にケリが付くまでは手を出さないつもりだったんだぜ?」
シャリアの言葉に、ユーゴーは怒りと悔しさがない交ぜになった顔で彼を睨みつけ、倒れているロックハマーとメイベルは無念さに顔をしかめた。
友を救えなかった悲しみがユーゴーたちを包み込む。しかし、炎の中から響く声がその雰囲気を一掃した。
「おいおい、勝手に殺さないでもらえないか。足はちゃんと2本付いてるぞ」
「残念でしたぁ、オイラもまだ生きてるぜぇ。んでもってカールもねぇ~、ヘッヘ~」
炎が作る影の中からバンゴとアーガイルが現れ、その間にはまだロープに巻かれているカールの姿があった。
「何だと……?」
シャリアが訝しげに目を細め、声がした方へ目を向ける。
「バカな、どうして奴等が生きている!? あのロープは投げナイフ程度で切れる代物じゃない。だから奴を助けようとすればあの部屋に行きロープを切るしかない。しかしロープを切りに行けば、そいつもろとも吹っ飛ばされるはずなのに……」
「何故か、か? そう思うのも分からないではないが、目の前にあるのが現実、違うか?」
シャリアの呟きに答えるかのように、声が響く。
声の主はアランで、いつの間にか彼はシャリアの左後ろ3リムのところまで来ていた。
ロックハマーとメイベルがユーゴーを、後の3人がカールを救出に向かおうとしたときの事。
ロックハマーの声で全員が一斉に目的を果たすべく走り出すが、何故かアランだけがその場に佇んでいた。
「アラ……」
そのことを不審に思ったアーガイルが立ち止まってアランに声を掛けようとするが、彼が立ち止まったため先に進んでいたバンゴが引き返し彼の肩を叩く。
「アーガイルだったか、首を傾げるのも分からんではないが今は時間がない。悪いが今はアイツを信じちゃくれないか?」
「わかったよ。もう時間がないもんな、今回は信じてやるさ」
「助かる」
アーガイルはほんの一瞬だけ逡巡する表情を見せるが、すぐに振り返りカール救出へと走り出した。
一時的とはいえアーガイルの信用を得たことにホッとした表情をするバンゴ。
そしてバンゴもまたカール救出に向かうため振り返ろうとした時、アランと目が合った。その瞬間アランはニッと笑い、右拳を上げ親指を立てた。
「さて、俺も仕事を始めるとするかな」
アランは2人がカールの下へ走るのを見届けると、足を少し前後に広げ棒を構えた。
その構えは通常の棒や槍のものとは全く違い、左手を胸元まで上げ棒の後端を包むように持ち、目の高さで前に伸ばされた右手の親指と人差し指の間に乗せるという、まるで弓を射るような形だった。
そしてその棒の先端を真っ直ぐにカールをぶら下げるロープに向け、左手を目の高さまで上げ引き絞ると同時に腰も同じ方向へ捻り力を溜め込む。
「ウィロー流棒術、投射技、"飛燕貫墜"」
溜めが最高潮に達した瞬間、アランは溜め込んだ全てを解放するように掌底で棒を射ち出す。
射ち出された棒は技名の通り、飛ぶ燕すら貫き墜とさんばかりの勢いで飛び、カールの下まであと2リムに迫った2人の頭上を飛び抜けてカールをぶら下げたロープを断ち切り、そのまま後ろの窓ガラスを割ることなく貫通した後部屋の壁に半ばめり込ませた状態で止まった。
本来ならそんな勢いで棒が壁に突き立った時点でかなり大きな音がするのだろうが、棒が突き立つとほぼ同時に爆発が起きたため爆音にまぎれて誰にも聞こえず、またカールの頭が2階床部分の高さから下へ来たかどうかのところで爆光が煌き、真下にいたアーガイルとバンゴ以外は誰もカールが助かったことに気付かなかった。
「ふ~、なんとか間に合ったな……。ああでも、"相棒"は焼けちまって使い物になんねぇだろうなぁ、後どうしようか……」
炎に照らされてアーガイルとバンゴがカールを挟んでこちらへ来るのを確認したアランは残心を解くが、その瞬間"相棒"が爆発に巻き込まれたのに気が付きかなり凹んだ。もしこの場が作戦領域ではなく、ここに自分1人しか居なければ失った衝撃でガックリと膝を着いたかもしれない。
「まぁ、それは後にするか。今はこの場をしのがねぇとな……」
結構凹んでいたアランだったが、強引に気持を引き締めシャリアの方へ歩いていった。
「誰だ、お前?」
背後からの声にシャリアは、ユーゴーへ気を向けつつも軽く首を捻って背後を見た。
問われたアランはそれに答えることなく、問いの答えとは関係ない言葉を口にする。
「あ~、あんたシャリアだったか、今回はあんたの負けだ。できればこのまま降参してくれるとラクでいいんだがね。それとも4対1で勝てるつもりか?」
「4対1?」
アランの言葉に、シャリアは訝しげに呟きつつ気取られぬように周りを見る。
しかしそこに立っているのは、シャリアを除けばユーゴー、アラン、バンゴの3人だけで、アーガイルはカールの介抱に付いている為戦闘には参加できない状態だった。
「そうだ、俺だってまだ戦えるぜ」
シャリアが"では誰が……"と思った刹那、足元から声がしてスッと2リムほど後ろに飛び退いた。
その直後、シャリアが立っていた場所を下から突き上げるように2本の足が蹴り抜く。
それはさっきまで倒れていたロックハマーの足で、彼はアランの声にシャリアの気がユーゴーとアランに向くや、仰向けになって体を丸めるように後転、それから逆立ちをするように全身を伸ばし蹴り上げたのだった。
だがその渾身の蹴りもシャリアには避けられてしまう。
しかしそれもロックハマーの想定内で、空振りしたそのままシャリアに背を向ける形で着地するとそのままダッシュしてメイベルを抱えてユーゴーの方へと走り去った。その後、メイベルを広場との際にある木の根元に座らせて、すぐさま戻ってきた。
「はっはっは、ついに俺も後がないってわけか。いいだろう、4人でも5人でもまとめて相手してやるからかかってこい!!」
人質を奪回され、周りをユーゴーたちに囲まれて孤立無援という状況にありながら、シャリアは退こうとする様子はなく、むしろ全員と闘う事になったことを喜んでいるようだった。
場がシャリアの言葉によって一触即発な雰囲気になるが、ユーゴーがそんな雰囲気なぞどこ吹く風と軽い感じで数歩前に進み出る。
「みんな、空気読んでねぇみてぇで悪いが、コイツとは1対1でやらせてくんねぇか?」
ユーゴーの発言にシャリアを除いた全員が一瞬呆然となるが、そこからいち早く立ち直ったロックハマーが後から右肩を掴んで軽く揺さぶった。
「何を考えている、ユーゴー!? 次にあの技を食らったら確実に死ぬぞ!」
ロックハマーの言葉にユーゴーはチラリと振り向き、大丈夫だといわんばかりにニッと笑うと自分の肩からロックハマーの手をゆっくりと外し前を向いた。
「どうもあいつは俺個人を憎んでいるみたいでな、どうしても自分の手で俺を殺したいようだ。それにこれは元々俺が受けた勝負だ、俺自身が始末をつけなきゃどちらが倒れたにしても、お互いにしこりが残ることになりそうだしな」
ユーゴーからの返事にロックハマーは渋面を作り(この時、アーガイルとメイベルも同じ顔をしていた)、アランとバンゴは一つ頷きアーガイルの所まで下がって、シャリアはニヤニヤして事の成り行きを見ていた。
「ふう……」
ロックハマーは1、2セトほどユーゴーの背を見つめるが、すぐに諦めの表情で一つため息をつき彼の肩を軽く叩いてポツリと呟く。
「勝てよ……」
「おう」
ユーゴーからの返事を聞いたのか聞かなかったのか、ロックハマーは何も言わず背を向けメイベルの所へ歩いていった。
「さて、話はもう済んだか? じゃ戦ろうか、と言いたいところだがこの場じゃちょっと狭いから広場の真ん中まで来い」
「わかった」
シャリアは言うだけ言うとさっさと背を向け広場の中央へと歩き出し、ユーゴーもまた少し遅れて歩き出す。
「ああ、ユーゴー」
広場中央へ数歩踏み出したユーゴーを、ロックハマーが不意に呼び止めた。
「なんだ? ……うおっ、何をする!」
ユーゴーがロックハマーの声に振り返った瞬間、ロックハマーの手から何かが放たれ彼の顔面に迫る。
いきなりの事に驚くユーゴーだったが、首を反らして飛んできた物体を避けると同時にそれの後半部分を掴む。ユーゴーが掴んだ物体を見ると、先程シャリアに飛ばされた短刀だった。
「危ねえなぁ、どうせ渡すならもうちょっと穏便に渡してくれねえか?」
「俺は落し物を届けただけだ。じゃあな、がんばれ」
ロックハマーはユーゴーからの抗議を無視する形で一言言うと、そのまま背を向けメイベルの方へ歩いていく。
ユーゴーもロックハマーの態度に"ふんっ"と鳴らして彼に背を向け、広場中央へと歩いていく。しかしその時のユーゴーの身体からはいい具合に力が抜けているような感じがしていた。
ユーゴーが広場中央に着くと、シャリアは腕を組んで待っていた。
「待たせたな」
「いいさ。丁度お前に落とした刀を取りに行かせようかと思っていたから、手間が省けてよかったぜ」
そして2人は3リムの間を空けて対峙する。
しかしシャリアは構えを取らず腕を組んだままでユーゴーに掛かる様子はなく、ユーゴーもまた相手の様子に構えをとらずに自然体で立っていた。
2人はしばらくどちらからも手を出すこともなく佇んでいたが、そんな状態にも飽きたのかシャリアが徐に腕を解き口を開く。
「さて、ようやく水入らずで殺りあえそうだな。おいユーゴー、お前が死ぬ前に一つ選ばせてやる。一撃で死ぬか、さっきみたいに斬りあってなぶり殺しにされるか、だ」
「あ? おいおい、どっちにしても俺が死ぬのが前提かよ。だが、どちらも断る!」
シャリアの言葉に怒りを覚えるものの、ユーゴーはそれに身を任せることなく、しかし気合を込めてシャリアに斬りかかった。
そして三度斬り合いが始まる。
「んじゃ、なぶり殺しでいいってこったな?」
シャリアがユーゴーからの斬撃を捌きながら口を開く。言葉尻こそユーゴーへ確認を取るものだったが、実際は殺害方法を告げるものだった。
「それは断ると言っただろう。だが、どうしても俺を殺すってんなら、一つ聞かせてもらってもいいか?」
幾度かの鍔迫り合いの後、ユーゴーはわざと弾かせるように短刀を振るい、その反動で押されるかのように2リム後方へ飛びシャリアに話しかける。
「聞きたい事だと? まあいい、死んでいく者への手向けだ、いいだろう何でも聞きな。ただ、今回の件についちゃ父上が始めた事だから、どういう意図があるかは俺もよく知らん。今回の俺の役は現場監督みたいなもんだからよ、その辺はいつかあの世で父上に会ったときにでも聞いてみるんだな」
シャリアは戦闘態勢を保ちつつ、軽く眉ひそめながらもユーゴーからの頼みを承諾し、ユーゴーもそれを受けて構えを解かないものの攻撃の手を止めた。
「ああ、それについちゃ是非そうさせてもらうさ、ただしこの世でな。しかし俺が聞きたいのはそれじゃない、お前が俺を憎むのはもしかして9イーズ(年)前のあの事が原因か?」
ユーゴーの問いに、対峙し始めてからずっと上から見下すように余裕ぶったシャリアの表情から余裕が消え、激しい怒りと屈辱が綯い交ぜにものに取って代わられた。
9イーズ前、アルケリア王都・上街区、王国軍練武場兼闘技場にて。
「これより無手の部の決勝戦、ユーゴー・ドラゴネスト対シャリア・ブルズアイの試合を行います」
闘技場に決勝戦を案内するアナウンスが響く。
"闘技祭"決勝戦、いかような試合でも決勝となればある程度盛り上がるのは必定ではあるが、今回はいつも以上の盛り上がりを見せていた。
というのも、ユーゴーもシャリアも同じドラゴネスト流を修めてきており、決勝戦が同門同士の対決になるのは史上初の事だからであった。
それに加え、決勝まで上がってきた2人の内、ユーゴーは17歳から出場し初回こそそれほど成績が振るわなかった。しかし次の回からその成績も上がっていき前回には準決勝まで進み、周りの者達から同年代では最強だろうといわれていた。
一方のシャリアは今回が初出場ではあるが、対戦する相手全てを文字通り"秒殺"(試合なので殺してはいないが)し、さらに名前と流派を除きプロフィールが全て不明でかなりの美男という事も相まって今祭の"台風の目"として大いに注目を浴び、いつもよりも盛り上がるのは当然といえた。
"闘技祭"とは、王家主催で毎イーズの秋ごろに行われる格闘技の大会である。
この大会は"武器部門"、"無手部門"に分かれ、それぞれの部門で技を競うもので、開催当初の参加者はアルケリア国内で武術を修める者や軍人のみだった。
しかし参加資格がかなり緩い(体重無制限、武器の複数所持可、国籍不問など)ことや歴代の優勝者がアルケリア国外もで武名を轟かせるようになってからは、国内はもとよりその周辺国家からや、諸国を渡り歩く武芸者までもが参加する国際大会になっていた。
さらに決勝には必ずアルケリア王が観覧に来るため、別名"御前試合"ともいわれている。
「両者前へ」
審判の呼び出しで闘技場中央へと向かうユーゴーとシャリア。
2人は審判に向かい試合上の注意を受けた後、互いに向かい合いどちらからともなく左拳を軽くぶつけ合った。
「わかっているだろうが、手加減はなしだぜ」
「もちろんさ」
2人はエールを交換し、3リムの間を空けて対峙し開始の声を待つ。
「始めっ!」
審判の合図に駆け出し、激突する2人。
幾度も拳を交えてきた2人にとって、互いに相手の技も分かりすぎるくらい分かっているため、相当に激しく拳や足を繰り出すものの、お互いに効果的な打撃を与えることができないでいた。
そのせいか観客はよく練られた演舞の様で"戦い"というには少し物足りないようだったが、見ているうちに目まぐるしく入れ替わる攻防と戦う2人の気迫に彼らはだんだん引き込まれていく。
しかし、いつ終わるとも知れぬ戦いにも、いつかは終わるときが来る。
そしてその瞬間、闘技場が静寂に包まれた。
闘技場中央には、拳を繰り出したままの姿勢で止まっている男とその拳から2リム先で倒れている男。
そして審判が手を挙げ、闘技場全体に響き渡るような大きな声を上げた。
「勝者、シャリア・ブルズアイ!!」
その瞬間、闘技場が静寂から一転して大歓声に包まれ、観客は彼らの健闘を称え惜しみない拍手を送る。
審判の声に体の力を抜くシャリア、それと同時くらいに倒れていたユーゴーも起き上がり、徐に彼に近付くとその腕を取り高々と振り上げた。その瞬間、鳴り響いていた歓声がさらに大きくなり、その声は闘技場の外まで響いていた。
ユーゴーとシャリアの決着を楽しみにされていた方(そんな方がいたとして)にはまたかと思われるかもしれませんが、鋭意執筆中に付き今しばらくお待ちいただけますようお願いいたします。
2016/4/16 #5の後書き(次話で完結するという内容)を削除しました。それにより後書きもそれに関する部分を削除しました。
本文も一部修正しましたが、話の流れには一切変更はございません。
2016/6/8 本文と後書きの一部を修正しました。
2016/6/30 本文の一部を修正。バンゴがユーゴーに絡んだ時期を消し、代わりにどこで絡んだかに変更
2016/9/28 カールを人質にとったシャリアがいた部屋を、2階のカールがぶら下がっている辺りに変更