上映作品-1 "サイレントスニーカー" #5
シャリアが"薬物投与者"を放つ少し前、"鉄龍亭"301号室にて。
準備が終わっていつでも出られる状態になったところで、ユーゴーが今回の作戦について補足する。
「今回の目的はさっきも言ったと思うが、行方不明の鉱夫の探索と救出および、マインスミス氏の救出だ。突入するアイマン支社の社屋についてだが、周りは森に囲まれているものの表側はざっと縦40リム(m)・横100リムくらいの広場になっていて、中から侵入者を視認しやすくなっている。裏側には窓はあるが2階から上にしかなく、壁の中に埋め込むタイプなので手がかりもなく侵入しにくい。あとは建物の左右端にある非常口だが、その辺りから裏側をぐるりと壁で囲っているため森から直接入ることができない。結局どこから入るにせよ広場を通る以外になく、敵に知られずに中に入るのは難しくなっている」
ユーゴーはここで一旦話を切ると、軽くメンバーの顔を見回し、一呼吸置いてからまた話を続けた。
「そこでまず俺、ロックハマー、メイベルの3人で、囮として敵の目を引き付ける。こちらが敵を十分引き付けてたところで2人はそれに乗じて右非常口から中に侵入、行方不明の鉱夫の探索と救出およびマインスミス氏を救出する」
「ところでユーゴー、侵入方法とジェームズさんの救出はいいとして、行方不明の鉱夫達はどうするんだ? 探すのはいいが、俺とアーガイルの2人だけじゃ時間がかかっちまって、敵に見付かるおそれがあるぜ?」
ユーゴーの話が終わると同時に、少し眉をひそめてカールが作戦行動について問うた。横で聞いているアーガイルもカールの意見に頷く。
「あの建物は住居としてではなく社屋として建てられているから、人が居住できる箇所があまり無いんだ。住み込みの社員が寝る部屋が3階の右端に4部屋あるだけで、あとはオフィス、会議室など業務に使う部屋ばかりだから見て回るのにそれほどの時間はかからないはずだ。一応3階左端にも人が寝泊りできる部屋はあるが、以前叔父が使っていた部屋で今はシャリアが使っているだろうから、さすがにそこに鉱夫はいないだろう。それに俺達も引くのはあくまでフリだから、すぐに合流するさ。だが……」
問われたユーゴーも、彼の疑問については既に織り込み済みだというようにすらすらと答えていく。
しかし、いつもは言うことは最後までいうユーゴーが何か良くないことでも思いついたのか、眉をひそめて途中で話を止めた。
「だが、何だい?」
「もしカールが今のシャリアの立場だったらどうする?」
「おいおい、聞いているのはこっちだってのに。まぁいいや、俺が奴の立場だったらってか?……。あ、じゃあまさか……」
問いを問いで返され軽く眉をひそめるカールだったが、間もなくハッとした表情でユーゴーを見る。
「その可能性もあると思う。こうなった以上、まず奴らは証拠を消そうとするだろう。そして向こうには例の薬がある」
カールの思ったことが正解だというように頷くユーゴー、それを見たカールは顔をしかめて口を開いた。
「場合によっては救出するべき人間が敵に回るってことか……」
「そういうことだ。しかし行方不明者の総数が俺達が把握しているだけとは限らないから、居住施設も調べてきてほしいんだ」
「わかった。まずジェームズさんを助けたら一度外に出て、それからまた入る。それでいいか?」
「ああ、それでいい」
ユーゴーはカールからの返事に一つ頷くと、他のメンバーを見渡して口を開く。
「ではこれよりオラクル・アイマン支社前へ移動、作戦を開始する」
ユーゴーの言葉にメンバー全員が音もなく立ち上がった。
1アズ(時間)後、ユーゴー達は鉱山に続く道を通らず森を突っ切り、森の中からアイマン支社前の広場を見渡せる場所まで来ていた。一応森の中ならば建物からは見えないだろうが、念には念を入れて木と木が重なり合うように立っている場所に身を潜める。
ユーゴーが"梟の目"の暗視機能で広場の辺りを見回すが、アイマン支社の内と外共に一切の灯火が点いておらず、辺りは闇に塗りこめられていた。
全員が緊張をみなぎらせて行動開始の合図を待つ中、チームで一番視力が高いロックハマーがユーゴーに寄って話し掛ける。
「おい、ユーゴー。あの建物、なんだか様子が変だ」
ユーゴーはロックハマーからの声に改めて広場から建物を見回すが、何を指しているのか今ひとつ分からず彼に聞き返す。
「ん、どうした、何か変なものでも見えたか?」
ユーゴーからの返事に軽い苛立ちを感じるロックハマーだったが、彼があの場に居なかったことを思い出し苛立ちを表に出さずに答えた。
「違う、逆だ。俺達が潜入した時もそうだったが、夜中は建物の中を警備員が巡回する。今あの建物の中で誰かが動いている様子がない。それに外灯が一つも点いていない」
「ふむ、では既に……。だが……」
ロックハマーからの言葉に彼から視線を外し考え込む仕草をするユーゴー、しかしそれも数セト(秒)の事ですぐにメンバーの方に向いて口を開く。
「みんな、広場には既に罠を張られている可能性はあるが、作戦は予定通り行う。カールとアーガイルは俺達が敵を全員引き付けるまで森の中を侵入口の近くまで移動して待機、メイベルとロックハマーは俺と広場で敵を引き付ける。では行くぞ」
暗闇の中でメンバー全員が頷く気配を感じたユーゴーは先頭に立って広場に出ようとする。しかし彼が立ち上がった瞬間、建物の外灯や内部通路の照明が一斉に点き、広場が昼間のように明るくなった。
咄嗟にユーゴー達は光を避けるように手近な木に身を隠すが、彼らがそこに居ることが分かっているかのように建物から声が響く。
「ユーゴーとその仲間の諸君、こんな時間によく来たね。そんなところに隠れてないで出て来なよ。ああ君たちが来た理由は分かっているよ、うちで働いていた鉱夫達を迎えに来たんだろ? ちょうど良かったよ、こちらでの仕事はもう終わったんでね、そろそろ帰そうかと思っていたところなんだ。それじゃ今から外に出すから、ちゃんと連れ帰ってくれよ」
響く声が終わるかどうかのところで正面玄関の扉が開き、中からぞろぞろと人らしき影が出てくる。
その姿は熱に浮かされているかのようにフラフラした足取りで、いつ倒れてもおかしくないようだったが、その足は意外にもしっかりと地面を踏みしめていた。
出てきた人影は全部で8つ、表に出てくると玄関前で横一列で並びそのまま佇んでいた。あたかもユーゴー達が出てくるのを待ちかまえているかのように。
「ユーゴー、出てきたのってやっぱり"薬物投与者"なんだろうな……」
木の影を縫ってユーゴーに近づき声を掛けるカール。その声はあの実験を思い出したのか腰が引けている様子だったが、ユーゴーはそんな彼に先程と同じ調子で返す。
「まぁ、そうだろうな。だが、俺達のやるべきことは何も変わらん。今は任務の遂行だけを考えろ。それに今回はあの時とは違うんだ、あんなことにはならんさ」
「……そうだな。ああ、俺の分のナイフを渡しておくよ。もし外に全員出てきているなら、俺にはいらないだろうしな。まぁ1、2体はこっちに来るかもだが、アーガイルの分でなんとかなるだろ」
カールは右腰に下がっているナイフホルダーから自分のナイフを抜いてユーゴーに渡した。
「そうか、では遠慮なく使わせてもらう。アレはこちらで全て引き受けるつもりだが、万が一もある。カール達も十分に気を付けてな」
「わかってるさ」
カールが気を取り直したことを見て取ったユーゴーは、改めて他のメンバーの方へ向く。
「向こうが先に出てきたが、作戦そのものに変更はない。予定通りに行くぞ」
言うが早いかユーゴーが森から出て広場へ飛び出し、メイベル、ロックハマーも彼を追いかけるように広場へと出て行く。後に残った2人も森の中を影を縫うように侵入口の方へと移動していった。
「ぐぅぉっ!」
「がぁぁっ!」
「ぎぃぃぃっ!」
森から出てきたユーゴー達を見た瞬間、広場の影達は奇声を上げて彼らに向かって走り出す。
その表情は建物からの光が逆光になっているため分からないが、その動きは獣が獲物を狙うかのごとく速く鋭い。
「話には聞いていたが、実際に見ると元が人とは思えんな。何も知らなければ、いきなりやられていたかもしれん」
「そうね。でも知っていたところで、この動きに対応するのは中々骨が折れるわよ。それこそ並の兵士では瞬殺されるでしょうね」
飛び出したユーゴーのすぐ後ろを並んで走るロックハマーとメイベルがぼそぼそと言い合う。
ユーゴーはこんな状況下でもどことなく余裕のある2人に頼もしさを感じつつも、気が緩まないよう2人に注意を促す。
「2人とも、対処できない相手ではないが、甘く見てると怪我だけじゃすまんぞ。見た目は人間だが、中身は猛獣と思った方がいい。特にすれ違いざまの爪に注意しろ。……来るぞ!」
ユーゴーの言葉に後ろの2人は作戦を遂行すべく左右に展開した。
3人が三方に展開にしたので"薬物投与者"達も同じく三方に別れ、それぞれ2体づつで襲い掛かっていく。あとの2体は前列の6体より少し後ろに下がっていて積極的に攻めず、誰かが倒れるなりして攻める人数が減るとそれを埋めるように動いていた。
「私に触れられるのは誰かしら? さあ、かかっていらっしゃい!」
メイベルは自然体に立ち、右腕を前に突き出しの掌を上に向けて手招きをする。
それを見た2体の"薬物投与者"が、無表情の中に怒りのようなものをうっすらと滲ませメイベルに襲い掛かるが、なぜか彼女は立ったまま動かない。
しかし彼らがメイベルに触れようかという瞬間、彼女の手足がぶれた様に見えた。その直後、まるで彼女を避けるように左右に別れ、盛大に地面をすっ転んでいく。
転ばされた方は、ほんの一瞬自分がどうしてこうなったか分からないような顔をするが、その表情もすぐに消え再び襲い掛かっていく。
そして彼女は相変わらずその場に立っていて、奴らに対して挑発を繰り返していた。
実は彼女はその場でただ佇んでいたわけではなく、相手が触れるかどうかの刹那、数ミラ(mm)の間合いで攻撃を見切り、その力を利用してあさっての方向に敵を転ばせていたのだった。
そしてその体捌きや足捌きは非常に速く且つコンパクトなため、傍目には彼女がその場で佇んでいるようにしか見えなかった。
気が付けばメイベルの方に後列の2体も襲いかかり、結局彼女が4体を相手するようになったが、誰もかすり傷一つすら付けられない。
しかし、何故か彼女の顔を気だるげというか軽く失望したみたいな表情が覆っていった。
「う~ん、動きは速いんだけど、元が元だけに攻撃が単調なのよねぇ……」
表情は気だるげなままだが、敵が4体になってもその動きに一分のブレもなく次々と右に左に捌き、投げ飛ばしていく。
そんなメイベルの呟きに、相手が2体だけになったため少し余裕ができたのかユーゴーがスッと近付いてきた。
「そうだな。スピードとパワーはあるが、それだけだ。かと言って油断すれば怪我だけじゃすまんがな。それよりも捌くだけじゃなく薬を打ち込まないと、時間切れで彼らが死んでしまうぞ。こっちの方はもう打ち込んだから、向こうの2体は俺がやろう。君は目の前の2体を頼む」
ユーゴーは言うだけ言うと、4体の内2体を軽く突くなど挑発を繰り返してメイベルから引き離そうと動く。
「わかったわ」
メイベルがユーゴーの言葉に顔を引き締めつつ、ちらりと彼が来た方を見る。
視線の先にはユーゴーが相手をした敵が彼の方へ向かおうとしていたが、奴らの太ももには例のナイフが刺さっていて、その動きも鈍く足取りもフラフラしていた。
その動きからユーゴーが相手した者達はすでに脅威たりえないと見て取ったメイベルは、目の前の2体に集中すべく一歩前に踏み出た。
「ふんっ!」
ロックハマーに襲いかった"薬物投与者"達が彼の拳を受けて宙を舞い、地面に強か背を打ちつける。
彼もなるべく大きな怪我をさせないよう手加減はしているが、常人であれば既に動けなくなるほどの打撃をいくつ与えても奴らは起き上がってきた。
「まいったな、ここまでやっても倒れないとは……。聞くには聞いていたが、聞くと戦るとでは大違いだな」
ロックハマーが敵の攻撃をしのぎつつ溜息をつくが、奴らの攻撃は止まらない。
「溜めに時間が掛かるがしかたない、アレを打つか……」
ロックハマーは奴らを蹴り飛ばして間合いを開けると、一旦自然体になってから左足を前に出し、右足を少し後ろに下げ少し腰を落とす。その時左腕は手を上向きにして、軽くねじりだすように肘が伸びきらない程度で前へ伸ばし、右腕は拳を軽く握り絞り込むように後ろへ引き右脇に添える。
ロックハマーが構えをとった瞬間、あれほど執拗に襲ってきた奴らの動きが止まり、後ろへ数歩下がる。
だがそれも数瞬の事、さっきの行動が嘘のように再びロックハマーへ襲い掛かるが、ロックハマーの目は"もう遅い"と語っていた。
2体の"薬物投与者"がほぼ同時に横並びでロックハマーに飛び掛る。
その手が触れるかの刹那、ロックハマーは少し腰を浮かし上半身の構えは崩さぬまま左へ回り込む。
そして上げた左手で左側の敵の肩を掴み、強引にその体を回転させ背中を自分に向けさせると、そのまま腕を肘まで押し付け右側の敵に押し込んだ。
押し込んだ敵をもう一方の敵と抱き合わせるようにぶつけて動きを止めると、右足を思い切り前に踏み出し、同時に先程から絞り込んでいた右腕を掌を開けた状態で前に突き出す。
その掌が敵の背中に当った瞬間、2体とも全身が一瞬ビクッと震え、それからすぐ四肢をだらりと下げて崩れ落ちた。
もし"気"というものが見えるなら、ロックハマーの掌が当たった瞬間、2体の敵を貫通して噴き上げる炎のようなものが見えただろう。
ロックハマーは倒れた2体から少し離れた場所に立ってに動かないことを確認しつつも、慎重に近付いていく。
それから倒れている"薬物投与者"の側にしゃがみこみ、双方の手首を掴んで脈を取るとまだ生きていた。
その事にホッとしつつ腰のホルダーからナイフを取り出し、薬を飲ますべく柄のふたを開ける。
しかし気絶した人間に液体を飲ませた場合、嚥下できずに気管に入ってしまうことあることに気付きふたを閉めた。
「すまない」
ロックハマーとしては動けなくなった者に刃を突き入れるのはかなり抵抗があったが、このまま放っていても結局死なせてしまうだけなので辛そう顔をしながらも太ももにナイフを刺す。
1体を刺してもう1体に向かおうとした時、もう1体の目がパチリと開いた。
「しまった、"徹し"が甘かったかっ……!」
ロックハマーは咄嗟に後ろに飛びのいて構えをとるが、目を開けた1体は立ち上がると彼に背を向けていずこへと走り去った。
"徹し"とは、ロックハマーの部族に伝わる格闘術における奥義の一つで、全身を発条を巻くように絞れるだけ絞込みつつ腕(利き腕)に"気"を溜め、絞り込んだ体が戻ろうとする力を利用して最速で拳か掌を打ち込む。
それが当たった瞬間に溜め込んだ"気"を解放し、物理的衝撃とその直後に来る"気"の衝撃の2段構えで相手を打ち倒す。さらに相手が複数でも、それらが密着していれば5人までくらいなら"気"の衝撃を貫通させ、全てにダメージを与えられる。
敵が逃げたことで構えを解くロックハマー、しかしその足の向く先を見た彼の顔に驚愕が走る。
「カール! アーガイル! 逃げろ!!」
ロックハマーの前から逃げた1体は彼より与し易いと踏んだのか、カールとアーガイルがいる方へ向かっていた。
「今の内に行こう、アーガイル」
「オッケー」
全ての"薬物投与者"と陽動の3人が戦闘に入ったことを確認して、カールとアーガイルが右非常口へと向かう。
「ありゃあ、ここの鍵が昨日と違う。あいつら換えやがったな。こりゃあちょっと時間が掛かるかもしんないなぁ……」
鍵を開けるため片膝立ちで扉に向かっているアーガイルから、焦りを含んだ声がした。
「なんだって!? それで、どのくらい掛かる?」
カールにもそれが移ったかのように、彼の表情にも焦りの色が浮かぶ。
「わかんねぇ。だけど3ミニ(分)くれ、それで何とかしてみせる」
「わかった。その間は俺が何とかここを死守するから、なるべく早く頼む」
アーガイルをガードすべく広場の方へ向いたカールの目に、"薬物投与者"の1体がすぐそばまで来ているのが映った。
「カール! アーガイル! 逃げろ!!」
その後ろからロックハマーの叫びが追うように響くが、相手とのあまりの近さにカールは軽いパニックを起こしてしまい動けなくなってしまった。
「伏せろ!!」
森の方からの突然の声にパニックから解放されるものの、何が何やら分からぬまましゃがむカール。
間一髪、カールの頭があった場所を敵の腕が空を切る。その直後、声のした方から棒の様な物が飛んできて敵のこめかみに当り、そのまま昏倒させた。
「カール、だいじょうぶ?」
いきなりの事に思考が追いつかなくなっていたカールだったが、いつのまにか後ろにアーガイルが立って声を掛けられていることに気付き、前を向いたまま返事をする。
「ああ、アーガイルか、何とか怪我も無いよ。それより、ナイフを1本貸してくれ」
「ん、ああ」
カールはナイフを受け取るとまだ昏倒している"薬物投与者"の肩口にナイフを刺し込んだ。
アーガイルは敵にナイフを刺しても動かないことを見て、また扉の前に戻った。
それからカールが周りを見てみると、倒れた敵から少し離れたところに長さ1.8~2リム程の硬そうな木の棒が落ちていた。これがどうもカールを救ったものらしい。
カールがその棒を拾うと、森の中から2人の人物が出てきた。
一人は175セラ(cm)ほどの痩せ型だが全身が無駄なく引き締まっている感じの男で、もう一人は2リムもの身長にロックハマーのような筋骨隆々とした男だった。
そして2人のうち、痩せた方が口を開いた。
「おい、その棒は俺んだ。返してくんねぇかな?」
カールがちらりと棒と男を見ると、すぐに棒を男に渡した。
「ああ、ありがとう、助かったよ。しかし、あんた達はここで何してるんだ?」
カールは助けてもらったことに感謝の言葉を述べるが、直前まで気配を感じなかったことに警戒しながら男に聞く。
「まぁ別にあんた等に何かしようと思っていたわけじゃない、強いて言えば夜の散歩ってところかな。んで偶々あんた等が襲われたのを見たって訳さ。にしても、どっかで見たことがあると思ったら、あんた等"虎鉄屋"と"鉄龍亭"の従業員じゃねぇか。あんた等こそこんなところで何してるんだ? まさかここでコソ泥でもしようってのかい?」
男は軽口を叩きながらも、返答しだいではいつでもカール達を叩きのめすといった雰囲気を醸し出していた。
「コソ泥? まぁ、傍から見たらそうなんだろうな。だがそれはあんた達も同じ、そうじゃないか?」
一触即発な状況の中でカールは、男の雰囲気など意に介さない風に装い、男にカマをかけた。
すると男から発せられていた剣呑な雰囲気が薄れ、顔には何げに楽しそうな表情が浮かんでいた。
「だったらどうだというんだ?」
「なら、俺達を手伝っちゃもらえないか? 言っておくが俺達が捜しているのはお宝じゃない、人だ」
「ふむ、まぁいいだろう。で、誰を捜すんだ?」
「そこの鉱山で失踪したと思われている鉱夫たち」
「わかった、それでは俺達はどうすればいい?」
「俺の仲間が今そこの鍵を開けているから、開いたらあんた達は3階から調べてきてほしい。俺達は1階から行く」
「わかった、俺はアラン。こっちはバンゴだ」
アランと名乗った男はカールたちを最低限信用したのか、剣呑な雰囲気を消して自己紹介した。バンゴと呼ばれた男は何も言わずカールを見てニッと笑ったが、その表情に敵意は見られなかった。
「俺はカール。あっちは……」
「アーガイルだよ。ま、よろしく」
いつの間にか解錠を終えたのか、アーガイルがカールの後ろに立っていて、カールが言う前に自分で名乗った。
この時、ロックハマーが少し離れたところで彼らの様子を見ていたが、別に彼らに危険は無いと判断したのか接触せずにユーゴー達の方へ戻っていった。
「ん? アラン、バンゴ、棒? まさか……」
4人が名乗り終えていざ侵入という時、カールが向こうの2人を見て何かを思い出したのかブツブツと呟いた。
「どうしたんだよカール、あの人たちの事知ってるの?」
カールの呟きを聞いたアーガイルが、目の前の2人について誰何する。
「いや、"虎鉄屋"で見かけた事があるだけだ。だが、もしかしてあんた達は……」
「さあてね、どうだろ。だが今はそんな話している場合じゃないんじゃないか?」
アランはカールからの問いをはぐらかして答えず、さっさとバンゴを連れて非常口から入っていった。
「むう、はぐらかされたか。まぁいい、アーガイル、入る前にそこの奴をどっかに縛り付けておこう」
「わかった」
2人は倒れたまま動かない"薬物投与者"を森へ引きずり込み、太い木にロープで縛り付けた。
「じゃ俺達は予定通り、地下室へ行くぞ」
「オーケー」
2人は慎重に廊下を進んでいくが、鉱夫はおろか警備員すら見あたらなかった。2人ともなんとなくそれに気付いてはいたが、まずはマインスミス氏の救出のため地下室へ向かう。
結局2人は誰とも遭遇せずに地下室に到達する。
アーガイルが解錠するため、扉の前にしゃがみこむがすぐに立ち上がる。ここの鍵は交換されなかったどころか、施錠すらされていなかった。
そして部屋に入った2人が見たものは、開け放しの棚、散らばった書類、壊れた実験器具がいくつかとまるで嵐が通り過ぎたような状態の部屋だった。
そして、マインスミスは居なかった。
「一足遅かったようだねぇ……」
「ああ。どこへ連れて行かれたかは分からんが、ここを調べればその場所への手がかりがあるかもしれん。それと、できればマインスミス氏の実験データも手に入れたいしな」
「ん、わかった。でも俺達、あの娘になんて言ったらいいのかな……」
アーガイルの言葉に返事をすることができず、カールは無言で部屋の中を調べ始める。アーガイルも返事がくるとは思わなかったのか、一つため息をついてカールの反対側で調べ始めた。
「あのさぁ、俺達が入ってきたとこから逃げたってことはないのかな?」
「おそらくそれはないだろう、あのガスは一旦放出されたら3ダイ(日)は効果が持続するしな。それにあのガスを中和する薬もないわけじゃないけど、あの坑道いっぱいのガスを中和するのにどれだけ要るやら。そんなの考えたら、あらかじめ別に出口を作るかした方がいいだろう」
「まぁ、そうかもね。あれ、なんだこれ」
あれこれと話しつつも2人は手を止めず部屋の中を調べ続けていると、何か見つかったらしくアーガイルが声を上げた。
アーガイルが見つけたそれは、150セラx100セラのよく使い込まれた手帳だった。
カールがそれを受け取って中身を見ると、マインスミスが行ってきた実験内容が事細かに書かれていた。
この手帳を見るに、マインスミスはここに連れてこられた時点で、非合法な事をさせられる予感はあったようだ。
しかし彼はここでさせられている事が後々に医療等に役に立つことを願い、行った実験内容や結果をこの手帳と別の冊子に書き込み、自分に何かあった時のために手帳の方を隠していた。
カールが手帳をパラパラとめくっていくと、折り畳まれた紙片が落ちる。彼がそれを拾い紙片を開けると、中身はカール達への手紙だった。
手紙には、近いうちにここから出されて別の場所に移されるだろうこと、もしそうなった場合カール達にこの手帳を託すこと、そして娘のことはくれぐれも頼むといった内容が書かれていた。
カールは手紙を読むとまた折りたたんで手帳に挟み、アーガイルに渡す。
「アーガイル、悪いけどこの手帳を持っていてくれないか。もしかすると、これを持ってユーゴーのところへ走ってもらわなければならないかもしれない」
「ん、わかった。でも、そうならない方がいいけどね」
それからも2人は部屋を調べ続けるが、もうこれといったものが出なかったため部屋を出て1階へと向かう。
2人は侵入から脱出までうまく行き過ぎていたのかもしれない、地下から1階へ上がる前に手前で一度立ち止まって廊下に人が居ないことを確認するべきだったのを怠りそのまま出てしまった。
「うっ! に、にげ、ろ……アー……」
1階に上がった途端、呻き声を上げてカールが崩れ落ちる。
呻き声に振り返るアーガイルの目に映ったのは、崩れ落ちるカールとその背後に立って人のよさそうな笑顔でこちらを見ているシャリアだった。
「!」
「ああ、そこの……」
シャリアがアーガイルに何か言おうとしたが、アーガイルは無視して近くの窓を破って逃げる。
「う~ん、ユーゴーに伝言を頼みたかったから、別に急いで逃げなくてもよかったのに。まぁいいか……」
アーガイルが逃げた窓を見遣って苦笑しつつぼそりと呟くと、シャリアは気絶したカールを肩に担ぎ奥の方へ引き返していった。
その頃ユーゴー達は、中和剤の効果が出て倒れた"薬物投与者"達を一人々々森の木に縛り付けていた。
適当な場所に並べて寝かしてもよかったのだが、投与された薬の副作用でもある攻撃衝動が治まっていないとも限らず、念のためにそうしたのだった。
そうやって彼らが作業していると、建物の方からガラスの割れる音が響く。
ユーゴー達は作業を中断して音がした方に目を向けると、そこからアーガイルが飛び出してこちらへ一目散に走ってくるのが見えた。
「どうしたアーガイル、何があった!? カールとマインスミス氏はどこだ!?」
アーガイルの様子にさすがのユーゴーも驚きを隠せず、詰問するような口調になってしまっていた。
「ハァハァ、ご、ごめん、ユーゴー。カールが敵に捕まっちまった。マインスミスさんはもうどこかに移されたみたい、俺達が踏み込んだ時にはもういなかった。でも、あの人はこうなることが分かっていたみたいでさ、移される前にこれを俺達に残していったん、だ……」
アーガイルは息も絶え絶えな様子だったが、何とか話すべきことを話して持ち帰った手帳をユーゴーに渡すと、その場でガクッと膝を突いた。
「おいっ、しっかりしろ! アーガイル」
「大丈夫!? アーガイル?」
「アーガイル、気をしっかり持て!」
アーガイルの様子に慌てて声を掛ける仲間達に、彼はばつの悪そうな顔を見せる。
「ああ、ごめん、ごめん。いきなりカールが倒れて、その後に俺ではとても敵いそうにない奴が立ってて……。事前にカールに言われていたこともあったけど、ほとんど無意識に逃げちゃったから息を整えてる暇が無かったんだよねぇ」
ユーゴーはアーガイルの話からカールを捕らえたのは間違いなくシャリアだと気付いてはいたが、敢えてその事は言わなかった。
「分かった。では、これからカールの救出に向かう。メイベルと俺で先行、2人は悪いがそこで寝ている彼らを縛りつけた後、森の中でバックアップとして待機。もし30ミニ経っても俺達が戻ってこなかった場合、町に戻ってステイに馬車を手配してもらって彼らを回収してくれ。ああ、悪いが手帳はまたアーガイルが持っていてくれ」
「わかった、気を付けてな」
ロックハマーは他にも何か言いたそうだったが、それ以上は何も言わず背を向け作業に戻った。アーガイルの方も何か言いたげだったが、手帳を受け取ると無言で頷きロックハマーのところへ行った。
「行くぞ、メイベル」
「ええ」
ユーゴーがメイベルに声を掛け、広場を突っ切って正面からの突入を試みる。
広場を通る間に矢を射掛けられたり、こちらの姿が見えることにより捕らえたカールを盾とされる可能性もあるが、向こうにこちらの存在がばれている以上迂回してもあまり意味は無いと考えたのだ。
しかし広場の中央辺りに来ても、矢も飛んでこなければ誰か出てくることもなかったが、突然3階中央の部屋の窓が割れて何かが飛び出し、真下の部屋の前にぶら下がった。
ユーゴー達がそれに目を向けると、ロープを体全体に巻かれてぐったりしているカールだった。
「「カール!」」
二人して彼の名を呼ぶものの、まだ気絶しているのか呼び声に反応はない。
その事にさらに足を速めようとするが、建物から響く声にその足を止められた。
「やあ、ユーゴー、ここまでよく来たね。僕らは彼らを無力化され、ここから撤退せざるを得なくなった。君はあの技師の救出に失敗した。だからここいらで決着をつけないか? 僕と君の一対一で」
カールがぶら下がっている辺りの部屋に人影が見えた。その人影はシャリアだった。
「シャリア! 人質を取っておいて何をふざけた事を言っている! 一騎打ちがしたけりゃ受けてやるから、さっさとカールを下ろせ!!」
メイベルですら思わず一歩引くほどの怒りの形相で叫ぶユーゴーだったが、シャリアはそんな彼の様子にも顔色一つ変えず返事をする。
「残念だけど、それはできない。だってこっちはもう僕一人だし、君には強そうなお仲間がいるじゃないか。いくら僕でもそんなのに寄って集ってこられたんじゃどうしようもないからね。まぁ、どうしてもできないって言うなら、人質を殺して逃げるだけだけど。嘘だと思うなら、これを見て決めてくれたらいいさ」
シャリアが言い終わるが早いか、いきなり轟音とともに3階の窓全部から炎が吹き上がった。
「カール!!」
いきなりの爆発に驚きつつユーゴーはカールに目を向けるが、多少ガラス片を被ってはいるものの怪我はない様でホッと息を吐く。
「これでわかったかい? 僕は本気だよ。まぁ別にそんなに難しく考えることじゃない、要は君が僕に勝てばいいんだから。それに説得力はないかもしれないけど、君が受けてくれるなら決着がつくまで彼には絶対に手を出さないよ」
「わかった、受けよう」
ユーゴー自身としてはシャリアの言葉を信用してはいないが、結局一騎打ちを受ける以外にカールを助ける策が無いと思い承諾した。
「受けてくれてよかったよ、じゃあ今からそっちへ行くからちょっと待ってて。ああ、他の人は対決にも人質にも手を出さないでね、出せばその瞬間に彼が死ぬことになるから」
ユーゴーの返事に笑みを深め身を翻すシャリア、その声はこれから命のやり取りをしようというのにどこか楽しげだった。
「やぁ、お待たせ」
数ミニ後、正面玄関からシャリアが出てくる。
身に着けた装備はドラゴネスト流の標準装備とも言える、腰に刃渡り30セラの短刀とその左側に下がっているネイルホルダー。着ている服は斥候員が任務でよく着る物だったが、色が黒に近い濃紺でまるで闇を身に纏っているようだった。
さらに表情そのものはいつもの笑顔だったが、その目は獰猛な獣のような光を放っていて、それを見たユーゴーは我知らずメイベルの前に出て腰の短刀の柄を握っていた。
「ふふ、そっちもやる気にだねぇ。いいね。じゃ、死合うとしようか!」
シャリアは"じゃ"の辺りでいつもの貴公子然とした笑みを捨て、その目と同様の雰囲気を持つ笑顔になっていた。
「メイベル、皆のところまで下がってろ!」
ユーゴーが短刀に手をかけたのを見て、彼へと駆け出すシャリア。そしてユーゴーもまたメイベルに後ろへ下がるよう手で合図をした後、シャリアを迎え撃つべく駆け出した。
鋭い金属音を残して2人がすれ違う。
一瞬の剣戟の後、2人の顔に浮かんだのはどちらも同じ笑顔だった。
それは戦いに生きる者たちがよく見せる、死力を尽くしてもなおどちらが勝つか分からないという相手に出会った時の壮絶なそれでいて喜悦満面にあふれるものだった。
「あはははは、楽しいなぁ、ユーゴー! 最後に戦りあったのはいつだったかなぁ!」
「知るか、俺は全然楽しくねぇよっ! つうかお前に二度と会う事はないと思ってたしな!」
斬る。
受ける。
避ける。
捌く。
刀を振るい、拳を突き出し、脚で払う、と互いに立ち位置を入れ替えつつ激しく切り結ぶ2人。
そんな彼らの肩・腕・脚に無数の傷がついていく。
しかし2人の技量が拮抗しているのかどの傷も皮一枚程度で致命傷には程遠く、彼らの闘いはどちらかの体力が尽きるまで終わらないという様相を呈していた。
しかし何合か切り結んだ後、シャリアが不意に動きを止める。ユーゴーも彼に応ずるかのように動きを止め、2人は3リムの間を空けて対峙する。
「おいユーゴーよ、俺に律儀に付き合わず攻撃しても良かったんだぜ? 俺が止まったときに攻撃すれば、お前の勝ちだったかも知れねぇのによぉ」
わざと隙を作ったかのように挑発するシャリア、その言葉に乗るようにユーゴーも口で返す。
「ふん、そんなこれ見よがしの隙に乗るとでも思ったかよ。それに1対1の戦闘では、正々堂々とやり合うってぇのがウチの流派ので教えでもあるしな」
実際のところドラゴネスト流にはそんな教えはなく、ユーゴーとしてはそのまま攻撃を加えるつもりだったのだが、止まったシャリアに何か異様な雰囲気を感じ取り手を止めてしまったのだった。
2人は数セト(秒)もにらみ合っていただろうか、それに焦れたのか先に動いたのはユーゴーだった。
いきなりシャリアの視界からユーゴーが消え、次に見えたときには彼から20セラ手前の位置で腰の短刀を振り抜こうとしていたところだった。
シャリアはユーゴーが振る刀から生ずる剣風に押されるように刀が通る軌道からわずかに下がると、自分の短刀を抜いてユーゴーの刀をかち上げるように弾く。
弾かれたユーゴーは弾いた力に乗るような形で飛び上がり、そのままシャリアの頭上を越えていった。
空中という不安定な場所にいるユーゴーをシャリアが見過ごすはずもなく、ユーゴーの着地の瞬間を狙い振り向きざまにネイルを2本投げる。
しかしユーゴーもそれ見越していたのか、飛んでいる間にシャリアの方へ体を向けて着地と同時に刀を振ってネイルを弾いた。
そして2人は位置が違うものの、先程と同じ間合いで再び対峙する。
「へぇ、それほど腕は腐っちゃいねぇようだなぁ、ユーゴー。でもよ、"影断ち"はいいが峰打ちで俺をやろうなんて、お前ぇ俺をなめてんのか? それとも獄中生活で人を殺せなくなったのかよ、ええおい!?」
言葉そのものは先程と同じ挑発っぽいものだったが、含まれている感情はユーゴーに対する失望とそれを上回る怒りだった。
「いや、俺は最初から本気で戦っているし、人を殺せなくなったわけでもない。だが、この事件の解決のためにはお前を生かして捕える必要があるからそうしただけだ」
ユーゴーはシャリアからの怒りを真っ向から受けつつも、静かに、しかし確固たる意思を持って返す。
「そうかよ。じゃ、俺を殺さなきゃいけないようにしてやるよ!!」
ユーゴーからの返事に激昂して顔を歪ませるシャリアだったが、すぐに一つ息を吐いて目を閉じ、それまで出ていた感情を全て消し去った。
そしてシャリアは左半身になり、右手に短刀を持って弓を射るかのように肩の上辺りに構え、左腕を相手との距離を測るように軽く前に突き出す。
「今度は俺の技を受けてもらおうか……」
その声は先程と同じ人間が発したとは思えないほどとても静かで、そして研ぎ澄まされた殺意がこもっていた。
シャリアの言葉に、思わず短刀を胸から顔にかざす様に構えて防御姿勢をとるユーゴー。
「いくぞ……」
ユーゴーが構えるのを待っていたかのように、シャリアが目を開けポツリと呟く。その直後シャリアの身体が一瞬だけぶれ、すぐに戻った。
「瞬転刺突・六連」
シャリアが構えを解いて呟いた瞬間、ユーゴーの前に赤い霧のようなものが立ち込め、その中に倒れこむように両膝を着き愕然とした表情で短刀を落とした。