上映作品-1 "サイレントスニーカー" #3
あまりのスピードに驚いたユーゴーは一瞬回避行動が遅れてしまったが、相手との距離が離れていたため回避には成功した。
……はずだったのだが、腕に軽い痛みを感じたので見てみると、服の左上腕部が裂けそこから血が流れていた。幸い皮一枚程度で済んだが、これがまともに当たったらと思うとさすがに戦慄を覚えた。
「まいったな、すれ違いにかすっただけでこれか……」
どうみても鉱山内でよく見る鉱夫そのままという感じなのだが、あのスピードとパワーは一体どうやって……、などと考える余裕も無く彼らが次々と飛び掛ってくる。
「うごぉぁ!」
「がぁっ!!」
「ぎいぃ!」
「シャァッ!」
もはや獣としか思えぬ声を上げながらユーゴーに襲い掛かる鉱夫たち。
しかしスピード、パワーこそ常人を凌ぐものがあるが、やはり元は本当に鉱夫なのか動きも直線的で攻撃も殴るか掴みかかるだけであり、さらに連携して攻撃してくることもないので受け流す分には楽だった。
もう一つ言えば、この場が直径50リム(m)くらいの円形の広場だったので、次々に襲い掛かられるにせよ相手が次の攻撃に移るまでに若干時間の余裕があり、そういった点でもやりやすかった。
ユーゴーは相手の攻撃を受け流しつつそれを利用して転ばせたり投げ飛ばしたりして、なるべく怪我をさせずに制圧しようとしていたが、彼らはすぐに起き上がって何度も襲い掛かってくる。
「おいおい、こいつらは化け物かよ。こっちはいいかげん疲れてきたってのによ……」
と、独りごちつつ襲い掛かる者たちの攻撃を捌いていたユーゴだったが、4人が4人とも疲れ知らずに何度も襲い掛かってくるので、ユーゴーの方も次第に余裕がなくなってきていた。
「しかたがない、手足の1本や2本は覚悟してもらうぞ」
ユーゴーが覚悟を決めた時、突然彼らがピタリと動きを止め、大量の血を吐いてバタバタと倒れそのまま動かなくなった。
「なんだぁ、何が起こったんだ?」
いきなりのことで呆気に取られるユーゴーだったが、すぐに倒れた者たちを調べてみると全員が目・口・鼻から血を流して事切れていた。
原因は不明だがこのままではこちらが殺人犯にされかねない状況であり、鉱山に残してきたアーガイルの方も気になっていたので、調査を中断してひとまずこの場から撤退することにした。
「あ~らら、もしかしてこいつら壊れちゃった?」
そのとき森の方から声がしてユーゴーは足を止め、声がしたほうを向く。
すると森の中からランタンを持った男が出てきた。声からすると若い男のようだが、まだ木の陰にいる所為か"梟の目"でも姿形はわかるが顔まではわからなかった。
「まぁこいつらで倒せるとは思ってなかったけど、まさかこっちがつぶれて終わりとはねぇ」
鉱夫らしき男が4人、血を大量に流して死んでいる事に声の主は驚いてはいるものの、その口調は楽しげに聞こえた。
その声には何となく聞き覚えがあったが、誰かは思い出せなかった。だがその声に相手を殴りたくなるくらいの苛立ちも覚えたユーゴーだった。
しかしこの場は拳にではなく、声にその苛立ちを乗せて相手にぶつけた。
「誰だ!」
「誰とはご挨拶だなぁ、ユーゴー。僕のこと、もう忘れた? ドラゴネスト流の修行場で一緒に切磋琢磨した仲じゃない。そんなもの被っていても体の動きですぐ分かったよ」
と言いながら、男は木の陰から姿を現した。
身長が180セラ(cm)くらいの細面の美男子で、それなりに着飾って舞踏会に出席すればダンスの希望者が殺到すること間違いなしな顔立ちではあるが、今は白のワイシャツと紺のズボンという出で立ちで、親しい友人に会ったような顔でユーゴーを見ていた。
こんな所にいるはずもないであろう者が出てきたことに驚きを隠せないユーゴーだったが、すぐにそんな感情は心の奥に押し込めゆっくりとマスクを取る。
「久しぶりだな、シャリア・ブルズアイ。こんな所で何をしている?」
シャリアと呼ばれた男は、やっとわかったのかい? と苦笑をしつつ親しげな顔でユーゴーに話しかけた。
「何って、僕が自分の家の庭で何をしていようと僕の自由じゃない? まぁいいや、君だから言ってもいいかな。実はねぇここで実験をしていたんだよ、結果は今君が見た通りでまだ未完成だけどね」
「あれが実験だと……? ん? 確か今ここを"自分の家の庭"と言ったな、まさかお前は……?!」
ユーゴーはあることに思い至り、愕然とした表情でシャリアに問うた。
「あれ? 言ってなかったっけか。それじゃ、自己紹介とでもいきますか。僕の本当の名は、ヴァルシャリア・アーケイオス。名字から分かるように祖父は前王のガリウス、父はその第一王子だったゴルディアス、一応、王家の血筋ってわけだね。ああ、この名前って意外と言い難いから今までどおりシャリアでいいし、今は国から追放状態だから臣下の礼はとらなくていいよ」
傍から聞けばかなり重大な事を言っているのだが、言っている当人は実にあっけらかんと話していた。
ユーゴーが何も返事をしないことをいいことに、シャリアがさらに話を続ける。
「でもさすがだねぇ、君の叔父さんの鉱山だったこの山を誰が運営しているのかもう調べがついているんだ。父上も情報を隠すのに結構手の込んだことしてたのに、君にかかったらそんなものあってないようなものだね。やはり"忍び寄る亡霊"の名は伊達じゃないということか」
"忍び寄る亡霊"、それはユーゴーにとって大きな傷を持つ称号だった。
その名を出されたことでユーゴーの中では5イーズ(年)前にあった事件やその時に感じた様々な思いが脳裏に蘇りユーゴーを苛むが、それらを全て内に押し込み何もない風を装って言った。
「そんな名前のやつは5イーズ前に死んだよ。まぁそれはさておき、鉱山の話は俺が調べ上げたわけじゃない、ここには別の用事で来たんだ。でもどうやら、鉱夫の失踪事件にはお前が一枚噛んでそうだな」
「失踪事件? なんだいそれは。僕が人攫いでもしたとでも言うのかい?」
人攫いだと言われたのがショックだったのか、シャリアはいかにも心外だといった表情で答えた。
「違うのか?」
「違うよ、僕はよりお金を稼げる仕事を紹介しただけさ。ただこの仕事のことをあまり吹聴されても困るのと、ここからちょっと離れた場所で作業してもらっているから帰すに帰せないんだけどね」
疑いの目で見るユーゴーにシャリアは笑って自らの正当性を訴えるが、ユーゴーの疑念が晴れていないことを見て取るとさらに言葉を繋げる。
「だけど給料は鉱山の3倍は払っているし、宿舎や食事もここより良いものを提供してるしで皆よろこんで働いてくれてるよ。それに家族がいる人には、給料の一部から全部をその家族へ送ることもしているしね」
失踪事件についてこれ以上の話を聞けないであろうことを感じたユーゴーは、ここで納得した振りをしてシャリアに別のことを聞いた。
「行方不明の鉱夫達が無事でいることは分かったが、実験とは何だ。人をあんな風に変えてしまう実験だとでもいうのか!?」
努めて冷静に情報を得ようとしていたユーゴーだったが、さすがに先程のように人が死ぬ様を見せられてはとても冷静ではいられず声を荒げてしまった。
しかしシャリアはそんなユーゴーの様子などどこ吹く風と、先程までと同じ口調で答える。
「だから言ったじゃない、アレはまだ未完成だって。でもアレを完成させて何をするかなんて聞かないでよ、僕もそこまで答えてやる気ないし、僕だってアレで何をするかなんて知らないしね」
人をからかっているとしか思えない言い回しに絶句するユーゴーだったが、それに構わずシャリアが話を続ける。
「ところでさ、いつまでもこんな所にいていいのかな? まさか実験がここだけで行われてると思っていたのかい? 早く行かないとお友達が危ないかもね」
「何だと!」
ユーゴーの脳裏にアーガイルの姿が浮かび彼が危ないと判断するが、その前に一つ確認したいことがあったのでそれをシャリアに問うた。
「最後に一つだけ教えてくれ、そちらで働いている者の中にマインスミスという男はいるか?」
シャリアはおとがいに指を当て首を傾げて何かを思い出そうとする仕草をすると、2、3セト(秒)ほど経ってから答えた。
「う~ん、知らないなぁ。僕だって全員の顔と名前を覚えているわけじゃないからね」
「そうか……」
シャリアの答えを聞いたユーゴーは一言ポツリと呟いて身を翻すと、鉱山への道を脱兎の如く駆け戻っていった。
急いで戻ってきたユーゴーだったが、坑道につながる広場には戦闘の跡どころか人の気配すらしなかった。それでも気を抜かず慎重に第2坑道まで進んだが、やはり何の気配もしなかった。
第2坑道の扉を静かに開けて入る、やはり何の気配もしない。もしかすると、もう"鉄龍亭"へ戻っているのでは? と淡い期待をかけてみるが不安は拭えず、とにかく坑道の端まで音もなく走っていった。
ユーゴーが坑道の端に到達すると、突き当りの壁際に座り込んでいる人影を見た。
その人影を見た瞬間ユーゴーの中をまさかという気持ちが駆け回るが、きちんと確認するまではと自分に言い聞かせ人影に近づく。
突き当たりの壁に向かい座り込んでいる人影の間近に寄ると、その背中が緩くしかし規則正しく上下しているように見えた。さらに"梟の目"の聴音機能の感度を上げると、すーすーとまさに寝息としか言いようのない音が聞こえた。
ユーゴーはアーガイルが無事でいたことにホッとしたがそれも束の間、こっちが大変な目に遭っていたというのにこの男は~、とだんだん腹が立ってきて揺り起こそうとする手が握り拳に代わった。
「いってぇ~!? なにすんだよぉ~、ってゆーごーかぁ、おつかれ~。そっちはどうだった~?」
小突かれた頭をさすりながら抗議の声を上げるアーガイルだったが、まだ目が覚めきっていないのか寝惚けているような声になっていた。
「"なにすんだよ~"じゃないだろう、こんな所で居眠りなんぞして敵に襲われたらどうするんだ!? それとそっちの調査はどうなった?」
居眠りしていたことには呆れたものの、こんな所で眠れる胆力には感心したユーゴーだったが、さすがにそれを表に出すわけにもいかずアーガイルを叱った。
「あ~、そういうことなら大丈夫だよ、ユーゴー。泥棒とか逃がし屋とか人に追われることばかりしてきたからね、どれだけ深く寝ていても敵意や殺意、追っ手の気配なんかを感じるとすぐに目が覚めちゃうんだ。……って、まぁそんな昔の話はどうでもいいじゃん」
最初はいつものように明るく話していたアーガイルだったが、だんだんとトーンが下がり俯き加減になってしまった。しかしすぐにいつものような明るさを取り戻して話を続けた。
「え~と、それとここの調査の話だねぇ。それがさ、その辺を適当に調べてみたんだけど、鉄貫石の反応しか出ないんだよねぇ。何かあるとしたら隣の第3なんだろうけど、埋まってて入れないしねぇ……」
「わかった、残念だが今回はこれで引き上げよう。皆に伝えなければならない事もあるし」
「了解~」
2人は今回の調査が不首尾に終わったことを残念に思いつつ、第2坑道を後にした。
翌日の第14坑道、ユーゴーがいつものように掘り出された鉱石をトロッコに詰めていると、おなじ作業をしているタイトが話しかけてきた。
「よう、聞いたかい? ここから西へ少し行くと森があるんだけど、その森の入り口辺りで人が4人死んでたってよ。その4人ってのが少し前に行方不明になった連中ばかりで、よくわからないけどとんでもない死に方をしていたらしいよ」
やはりそうだったかと思ったユーゴーだったが、それをおくびにも出さずタイトの言葉に驚いてみせた。
「へぇ~、そんなことがあっただかぁ。だども、行方不明になって出てきたと思ったら死体でなんて、ほんとにお気の毒様だべなぁ……」
タイトに返事をすると西のほうを向き、目の前で死んでいった者達へ哀悼の意を示すように両手を合わせた。と、そこへ。
「くぉおら~! てめぇらまたくっちゃべってやがるな! 口よりまず手を動かせといつもいつも言ってるだろうがぁ!!」
『す、すいません班長!』
毎度おなじみの叱責にペコペコと頭を下げるユーゴーたちであった。
その夜、"鉄龍亭"301号室にて。
今回はいつものメンバーに加え、ステイが参加していた。
以前にステイから受けた情報の裏付けが取れたのと、後で隠し部屋にいるエレナに進行状況を伝えてもらうべくユーゴーが呼んでいた。
「今朝、鉱山から西にある森で死体が発見され、その死体が行方不明だった鉱夫であることは皆聞き及んでいると思う。実は昨晩、森の入口でその4人に襲われたんだ。それととんでもない人物が出てきた、ヴァルシャリア・アーケイオス、前王の孫だ」
驚きの表情が全員の顔を覆うが、ユーゴーはそれを気に留めることなく調査の経緯を話した。
「そうか、今まで半信半疑だったが、本当に前王の一門が絡んでいるとは……」
ステイが呆然として呟く。他のメンバーも似たような反応だったが、カールだけは待伏せのくだりになると、俯きぶつぶつと呟いて何かを考えているようだった。
「どうしたカール、何か思い当たることでもあったのか? おい、カール、カール!」
カールの様子が気になったユーゴーは声を掛けるが、当のカールはまだ考え事に没頭しているようで何回か呼んでやっと反応した。
「ああ、すまない、襲い掛かってきた鉱夫の事を考えていたんだ。内戦当時だった7イーズ前くらいかな、国軍からの依頼で薬事院で開発されていた薬品に人をそんな風に変えてしまう物があったのを思い出したよ」
その薬の事を話すカールの声は暗く沈んでいた。
「あの薬はもともとは兵士から痛覚や恐怖心を取り除き、常に躁状態にする事で多少怪我を負っても怯まず進撃させるための薬だった。
動物実験では一応の成功を見たので、今度は人に投与した場合の実験を行ったところ、投与された兵士が開始の号令と同時にいきなり敵兵士役に襲い掛かったんだ。襲われた兵士は首の骨を折られ即死、それから3人の兵士が取り押さえに行ったんだけどあえなく返り討ちにあった。
さらに実験を見に来ていた軍の高官や薬剤師達にも襲い掛かろうとしたけど、彼らに飛び掛ろうとした瞬間に動きを止めそのまま動かなくなった。あとはユーゴーが見たという襲撃者の顛末と同じだね」
あまりの事に絶句するメンバー達、そんな彼らを見ているのかいないのか、カールの独白のような話は続く。
「そういうことがあった所為で薬の開発は凍結され処方箋は厳重に封印、調剤済だった薬品は中和剤で薬効を消した後に焼却し、この依頼は破棄することになった。
ただ1人だけ開発の継続を強く望んでいた人物がいたけど、実験に立ち会った軍の高官や薬事院の院長、元老院貴族達によって抑えられて結局は継続させることはできなかった……。
でも本来なら開発そのものが無かったことになるその依頼を、その人物が色々理由をつけて"破棄"から"凍結"に変えさせたんだ」
カールの話が終わると、逸早く絶句状態から復帰したロックハマーがカールに尋ねた。
「まさかとは思うが、開発継続を望んだ人物というのは……」
「そう、前王のガリウス・"ゴールディ"・アーケイオス。もし彼がこの一件にかかわっているのなら、処方箋を手に入れ薬を作ることもできるはず。でも内戦も終わった今さら、そんなモノを作ってどうするんだろ? ユーゴーの話から察するに、完成どころか欠点が全然改善されていないんだけど……」
最後の方はカールの独り言みたいになっていたが、それをも聞いていたユーゴーが口を開く。
「まぁ、シャリアはまだ未完成だとは言っていたが……。しかし改善されていようがいまいが、このままでも使い方しだいでは国を揺るがす事にもなり兼ねない。カール、今でも中和剤を作ることができるのか?」
「ん~、できることはできるけど、今回はこうなるなんて予想もしていていなかったから道具も薬も持ってきてないよ」
困った顔をしているカールを前にステイが助け舟を出した。
「秤と簡単な調剤の道具ならあるぞ。少し前までは鉱夫向けの傷薬や腹痛の薬に使う薬草を、森から取ってきてここで調剤していたからな。最近は王都から質のいい薬が安く大量に入ってきていて、あまり使わなくなったがまだ使えるはずだ」
「おほ、そうなんだ、そいつは助かります。んじゃユーゴー、悪いけど"ドラグネット"の俺の部屋に行って隠し棚からこの紙に書かれた瓶を持ってきて。隠し棚は本棚に"薬事雑記帳"って赤い表紙の本があるから、それを押し込めば開くよ。ついでにその本も持ってきてね、処方が書いてあるから」
カールは言うだけ言うと、部屋に備え付けてある便箋に必要な薬のリストを書いてユーゴーに渡す。
「わかった」
頼みを引き受けようと便箋を受け取ったユーゴーだったが、そこに書かれていた薬品名を見て思わず目を見張った。
「おい、カール。ここに書いてある"マレフノの粉末"、"カキウンの葉"ってまさか……」
「そうだよ。中和剤といえば聞こえはいいかもしれないけど、そこにも書いてある"ニラクサン"で薬の効果を抑えつつ、その2つで薬効を打ち消すって感じだね。言ってみれば毒をもって毒を制するってことかな」
ユーゴーが驚くのも無理はない、"マレフノの粉末"、"カキウンの葉"といえば鎮痛剤として以前から使われているものだが、用法・用量を間違えれば死にも至る薬品でもある。だがカールはそれを使うことがさも当然だと言わんばかりにリストに載せていた。
「ということは、あの薬のベースになっているのは魔鉱石から作る魔薬か……」
「そういうこと。分かったんなら悪いけど、早く行ってきてくんないかな? あれ、調合するのに意外と時間がかかるんだ。それにおそらく今回の件で使うなら量も用意しないといけないようだしね」
まだ聞きたいことがあったユーゴーだったが、とりあえずそれは頭の隅に置き、メンバーへ一言言い置く。
「そうだな、では行ってくる。皆も調査に来たことが相手側に知られている以上、より慎重に事を進めてくれ。ステイ、悪いが皆の世話を頼む」
「ん、わかった、気をつけて行ってこい」
ステイの返事を聞くが早いか、ユーゴーは音も無く部屋を出て行った。
とある屋敷の一室、部屋の中には一つも照明が点けられておらず、窓から入る月明かりだけが唯一の照明だった。窓と言っても、真ん中に成人男性が両腕を広げて立ってもまだ縦横共に余るほどの大きさだ。
その窓の端に影が一つ立っていた。影は窓にその身を預けるようにもたれ掛かり、外の暗闇に広がる森を身じろぎもせずに眺めていた。
その影に月光すら届かぬ闇の中から声が掛かる。
「先程ヴァルシャリア様が見られたと言う間者らしき者が、王都の方へ向かったとの報告が入りましたが如何いたしましょう?」
「ん~、そうだねぇ、彼なら放っておいてもどうせ戻ってくるけどねぇ。でもまぁ、向こうにたとえ断片でもこちらの情報を渡してやることはないか……。んじゃ、悪いけど誰か追っかけてってくれる?」
緊張感のかけらも無いシャリアの言葉に、先程の声と違う場所から声が響く。
『その役目、我らにお任せいただこう』
シャリアがその方向へ目を向けると、いつの間にやら最初に声がしたのとは違う場所に気配が5つ増えていた。
「おや、君たちは?」
シャリアの問いに、後から増えた気配からでなく最初の声が答える。
「1マース(月)ほど前にこちらへ来た流れの武芸者だそうで、雇えというので試しにこちらの兵士5人と戦わせたところ、瞬く間に兵士たちを叩き伏せました次第で」
「ふ~ん、そうなんだ、それじゃぁ君達に頼もうか。それと僕も付いていくからね、ああ心配しなくても君達の邪魔にならないよう離れて行くから」
自分も出ると言い出したシャリアを、最初の声が慌てて止めようとする。
「ヴァルシャリア様! 一緒に出るなぞ、もし御身に何かあったらどうされるおつもりですか!!」
「まぁそう言わないでよ、クライン。別に戦闘に参加するわけじゃないし、これでも自分の身一つ護る術は心得ているよ。それとも、たかが間者1人に僕や彼らがみな返り討ちにあうとでも言うのかい?」
クラインの心配する声にも全く動ぜずいつもの調子で言葉を返すシャリア。ただ言葉の最後にわずかに苛立ちが混じっていたのか、今度はクラインのほうが恐縮してしまった。
「そ、そんな滅相も無い。ヴァルシャリア様の腕は存じておりますが、万が一ということもございますので……」
さすがに幼き頃より仕えてくれている老僕に苛立ちをぶつけるのも大人気ないと思ったか、先程よりも緩い調子でシャリアが答える。
「わかった、約束するよ。戦闘には参加しないし、危なくなったらすぐに引き返すって。君達もそれでいいよね?」
『我らにはどうでもいい事、好きにされるがよい』
「それじゃ、そういうことで行ってくるよ。ああ、君達も準備が出来しだい追っかけってよね」
シャリアが言うが早いか、彼らがいた方へ目を向けると既にその気配は消えていた。
「それではヴァルシャリア様、くれぐれも気をつけて行ってらっしゃいませ」
シャリアはクラインに向かって軽く手を振ると、闇に溶け込むかのように音も無く出て行った
5人の武芸者達はユーゴーを追って森の中を駆ける。その内の槍を持った男が先頭を走る剣を佩いた男に尋ねる。
「おい、例の間者とやらは間違いなく森を進んでいるんだろうなぁ?」
「おそらく。街道は高低差も少なく進みやすいが、山裾を縫うように作られているから王都までの距離が意外にある。森は途中から道と呼べるものは無くなるが、優れた方向感覚と道なき道をも街道と同じ様に走る能力があれば、街道でかかる時間の半分くらいで王都に行ける」
先頭の男は槍の男の問いに、微塵も速度を落とさず答える。今度は逆に先頭の男から槍の男に尋ねた。
「そういえば雇い主殿は付いて来ているのか?」
「ああ、我らの右後ろ、およそ50リムを付かず離れずに付いてきている。貴族のお坊ちゃんの気まぐれかと思っていたが、我らに付いてこられる所をみると思ったより修練を積んできているようだ」
「そうか……。む、どうやら追い付いたようだ。だが向こうもこちらに気付いたらしい、時々立ち止まっているところを見ると簡単な罠でも張りながら進んでいるのだろう。全員速度上げ、追い詰めるぞ。罠に気をつけろ」
『おう!』
先頭の男の言葉に、彼らはユーゴーを追い詰めるべく速度を上げた。
「ねぇねぇ、相手は見えたけどこのままだと逃げ切られちゃうよぉ」
「うおっ! ついさっきまで50リムは後ろにいたのに……」
先頭の男の隣に数瞬前まで自分達の後ろを走っていたはずのシャリアがいきなり現れ、彼は驚いて思わず声を上げてしまう。
「そんなことはどうでもいいじゃない。今も言ったけど、このままだと5カラリム(km)ほど先にある町に逃げ込まれちゃうよ。そうなると探すの大変だよ。だから、今から僕が足を鈍らせてくるけどいいよね?」
「ああ……」
シャリアは暗に"君達では追いつかないよ"と言っているのだが、先頭の男は先程のショックがまだ残っていたのかそんな意味にも気付かず反射的に頷いた。
「あ、そうそう。僕が足を鈍らせたあと、向こうはたぶん街道に下りて自分に有利な場所に誘い込もうとするだろうから、君らも一応それに乗ったフリをして街道に下りて追いかけてね」
シャリアは先頭の男に一言言い置くと、彼らを置き去りにするかの如くさらに速度を上げてユーゴーとの距離を詰めていった。
「アレは一体誰なんだ、本当に貴族のお坊ちゃんか? こんな森の中を俺達よりも速く走れるなんて……」
槍の男が呆れたように呟く。
「さあな。だが、雇い主殿が自ら足止めを買って出てくださったんだ、こちらも指示に従って街道に下りて追うぞ」
『おう』
先頭の男の言葉にはいささかの皮肉が混じっていたが、誰もその事には触れず了承の返事をした。
シャリアがちらりと後ろを見ると、武芸者達が街道に下りたところだった。
ちょうどこの辺りは王都への最短距離の線と街道がほぼ隣り合うところで、ここからしばらくは街道を走った方がより距離を詰められる。
「さて、彼らも準備できたようだねぇ。それじゃ僕もやりますか」
シャリアはユーゴーとの距離をもう50リムほどに縮めると、道端で拾った小石に殺気を乗せてユーゴーを掠めるように飛ばす。そして、ユーゴーがその殺気に反応して近くの木へ身を隠すところを見計らい、その木へネイルを2、3本撃ち込んだ。
案の定ユーゴーはこちらを山中での戦闘に長じた者と認識して、開けた場所で決着をつけるつもりであろう街道に下りていった。
「さて、あとは彼らの腕次第ってところかな。ユーゴーも3イーズの獄中生活で腕が鈍っていないといいけどねぇ」
シャリアはポツリと呟くと、さらにユーゴーを追い詰めるべく森の中を駆けていった。
ユーゴーが部屋を出た直後、誰からとなく部屋を出て行こうとしている中、カールがアーガイルを呼び止める。
「アーガイル、悪いけど"梟の目"を用意してくれないか? ちょっと俺も今から第2坑道に入ってくる」
「え~、カールってばさっきのユーゴーの話を聞いていなかったのかい? 俺たちが来ていることは向こうにも知られちまってるんだぜ、もしかしたらあの"薬物投与者"どもを配置しているかもしれないしさ。今夜はよしたほうがいいよ」
アーガイルは昨日の今日ではさすがに危ないとカールを止めようとするが、普段自分からあまり動かない分一度決めたら納得するまでやるという頑固さをカールは持っていた。
「いや、今夜だからいいんだ。今、敵の目はユーゴーに向いている。その隙を狙わずしていつ狙えと言うんだ?」
「……ったく、この頑固もんが。わかったよ、俺も付いていく。あそこの扉の鍵を開けられるのはこの中では俺だけだからな」
呆れた顔でため息をつきつつ同行を申し出るアーガイル、ならば俺もとロックハマーまで同行を申し出た。
「え~、ロックハマーまで~!?」
「アーガイルの言う事もわかるが、あそこに何があるのか調べるのも必要だろう。それにもし例の者達がいた場合、それに対処できる人間もいるはずだろ、ん?」
普段あまり感情を表に出さないロックハマーが珍しくニヤリと笑った。
それから30ミニ(分)後、カール、アーガイル、ロックハマーの3人は第2坑道の扉の前にいた。
実のところメイベルも行きたがったのだが、カールがメイベルに近付き耳元でボソボソと2、3言告げるとひどく渋い顔をして「しょうがないわね、今日はこれで戻るけど次は私も出るからね!」と言い残し部屋から出て行った。
「なぁなぁカール、姐さんに何言ったのさ?」
「別にたいした事は言ってないよ、ちょっと頼み事をしただけさ」
カールがメイベルに言った言葉に興味津々といった感じで聞くアーガイルだったが、カールは軽く受け流す。そこへロックハマーが割って入り、小さいが鋭い声で2人に告げる。
「シッ! 静かに。向こうから誰か来る」
2人がロックハマーが見ている方向を見ると、カンテラらしき黄色い光が2つゆらゆらとこちらへ向かってきた。3人はすぐに身を隠すべく第1坑道の中へ移動した。
夜回り役の鉱夫が持ったカンテラの光が3人のいた場所をなめるように過ぎていき、人気が消えた事を確認した3人は第2坑道に入る。
ロックハマーが後方の警戒を担当しているため、調査はカールとアーガイルの2人で行う。
「さっき言った様に突き当りまで見るだけは見たんだけど、鉄貫石の反応しか出ないんだよね」
「そうみたいだね、だから問題は隣の第3なんだろうな。ああロックハマー、悪いけど第3側の壁を入り口から5リムの辺りから奥まで1リムごとに殴ってくんない?」
行為自体は何ということもないのだが、ロックハマーもこの坑道が閉鎖に至る経緯は聞いていたので困惑の表情をしてカールに聞いた。
「構わんが、そんなことをすればここが崩れるのではないか? 現にそういうことでこの坑道は閉鎖されたのだろう?」
「大丈夫だよ、その程度で崩れるなら20イーズ前の爆発事故で既に崩れているさ。まぁそれはいいとして、早いとこ頼むよ。おそらくこの壁のどこかに、隣への扉かそれに類するものがあるはずだから」
「わかった」
言うなりロックハマーが壁を殴り始めた。
カールはロックハマーの後ろで壁に耳を当て、彼が壁を殴るごとに"梟の目"の聴音機能を使い壁の中からする反響を聴いていた。
そうやって20リムほど進んだろうか、カールがロックハマーを呼ぶ。
「オーケー、ロックハマー、殴るのはそこまでにして場所を代わってくれないか」
ロックハマーは無言でその場を退きカールと交代した。
カールは壁の前に立つと、壁を手でなぞるように調べる。すると地面から30セラほどのところにくぼみを見つけ、そこに手を入れて何かを引くような動作をした途端、ガコンと音を立て幅1.5リムくらいの壁が扉のように奥へ開いた。
壁の奥は通路の様になっていて、第3坑道の方へ続いているようだった。
「やはり、こんな事だろうと思ったよ。ん、もしかするとこの通路は第3坑道どころか、ここじゃない別の場所まで通じているかもしれないな……」
カールが開いた壁を見ながら呟いていると、後方警戒に戻ったロックハマーから小さいが鋭い声がした。
「入り口から誰か入ってくるぞ! とりあえずその中へ入るんだ!」
ロックハマーの声にカール、アーガイルの順で中に入る。ロックハマーは2人が入った後、後方を確認しつつ中に入った。
ロックハマーは壁の扉を完全には閉めず、少し隙間を開けて外からの音が入ってくるようにして"梟の目"の聴音機能の感度を上げた。
聞こえる足音は一つだった。しかし相手はよほど隠密行動に長けているのか、聴音機能の感度を最大にしても聞き逃しそうになるほど足音を殺していた。
そしてその足音がすぐそばまで来たとき、呟きが聞こえた。
「あいつらどこ行ったのかしら、たぶんまだ帰ってはいないと思うんだけど……」
声からすると入ってきたのは女で、その声はくぐもっていたがどこかで聞いた声だった。
ロックハマーがまさかと思った時、彼が動くよりも早くアーガイルが扉から飛び出す。
「メイベル姐さん、来ちまったのかい……」
坑道に飛び出したアーガイルは、目の前に立っているメイベルを見て呆れた口調で話す。
「いいじゃない別に。カールに頼まれた事も、鉱山事務所に出勤しないとできないんだし。それに事務所でちまちま書類やらを調べるより、こういう方が好きなんだもん」
そういうメイベルの出で立ちは、色こそ他の3人と同じであるもののより体にフィットして女性らしさが出るような物を着ていて、左腰に細長い筒状のランタン、右腰に投擲用ナイフのホルダーを下げ、腰の後ろには刃渡り30セラほどの短刀を付けていた。さらに頭部には"梟の目"と完全に潜入用の装備である。
やってきたのがメイベルである事がわかると、扉の奥からカールとロックハマーが出てきた。
「来たのか、メイベル……」
「……う~む」
2人ともメイベルの登場にマスクの中で困惑の表情を浮かべつつ呟いた。
「まぁ来てしまったものはしょうがない。それでカール、これからどうする」
ロックハマーの言葉に、カールは肩を竦めつつ言った。
「そうだね、ここまで来たんだ、進むしかないでしょ」
「わかった。アーガイル先に行け、メイベルはアーガイルのフォロー、その次にカール、殿は俺が務める。これでいいか? カール」
「ああ、それでいい」
普段ユーゴーがいない場合はチームのサブリーダーでもあるカールが指示を出すのだが、この場においては最年長で実戦経験も豊富なロックハマーが仕切った。
通路を5リムほど進むとまた扉に当たり、こちらの扉には何の偽装もしていないのか頑丈そうな木の板に1リムくらいの金属棒を横向きに付けているだけだった。
「よし、開けるぜ」
先頭にいるアーガイルはその棒を慎重に手前に引く、すると扉は何の抵抗も無く開いた。
「ちょっと待って、ここは私が先に出るわ」
開いた扉の外へ出ようとするアーガイルを制してメイベルが前に出る。
彼女は出口の際に立つと、懐から両端に小さい箱の様な物が付いた長さ10セラくらいの棒を取り出し、それを両端から引っ張ると30セラくらいに伸びた。
伸ばした棒の先端を片側を通路から出して、もう片側を"梟の目"の目の部分に当てる。
実は両端の箱の中には小さな鏡が斜めに入っており、片方の鏡に映った像をもう片方で見ることができる。それにより見通しの悪い曲がり角などの先の様子を見ることができた。
メイベルは一方の先端のみを坑道に出し、またそれを回転させる事で通路周辺の坑道を確認した後メンバーに声を掛ける。
「坑道の左右3リムには誰もいないわ、それじゃ行きましょうか」
坑道の左右に人がいないことを確認したメイベルは、先程の棒を縮めて懐に戻し坑道に出て行った。
他のメンバーも坑道に出て奥へと進む。
ちょうど全員が坑道へ出た辺りで、扉の真下に転がっていた丸い石がぼんやりと赤く光りだしたのだが、それには誰も気付かなかった。
先程と同じ様にアーガイルを先頭にして一行は進む。
坑道に出て50リムほど進んだあたりでアーガイルが視界に微かな異常を感じ、後ろのカールを呼んだ。
「カール、ここから先が何となく紫がかって見えるんだけど、俺の"梟の目"がおかしくなったのかなぁ」
「え? ちょっと待て、これはもしかして……。みんな、悪いけど俺がいいと言うまで前に出ないでくれ」
先頭に出てきたカールはアーガイルが言うように目の前が紫がかっているのを確認すると、腰に括り付けているポーチらしき袋からガラスの小瓶を取り出した。
ガラスの小瓶には液体をしみ込ませたスポンジのような物が入っていて、カールはそれを取り出し目の前の空間を窓を拭くように動かす。すると、みるみるうちに紫色がスポンジに吸収されて坑道内の色が周りと同じになった。
そして紫色に染まったスポンジを小瓶にしまい栓をしてから、"梟の目"の分析機能を使い紫色の物質を調べる。
"梟の目"の目の脇には不可視の光線を出す機関が付いていて、調べたい鉱物や物質にその光を当てるとその鉱物や物質が持つ特有の光を放出させ、その光により種類を判別するということができる。
しかしその反面、物質特有の光を放出させるだけなので、光のパターンを知っている者でなければ意味がないという、使えるのか使えないのかわからない機能でもある。
カールは小瓶をいろんな角度から調べる、傍から見ると小瓶を眺めているようにしか見えないが。
しばらく小瓶を眺めながら、「やはり、あの話は……」とか「もしかしてこの坑道は……」などとぶつぶつ呟きつつ腕を組んで考え込む。その間あとの3人は、見落としが無かったか坑道内を調べなおしていた。
およそ3ミニ(分)後、カールが組んでいた腕を解いて仲間達を呼び、先程の小瓶を見せながら話をする。
「どうもお待たせ、まずこの紫色だけど、魔薬の主成分である"ヘラパン"の反応が出た。この"ヘラパン"は水にすごく溶けやすく、溶けたら溶けたで水溶液が沸点が常温より下だからすぐに蒸発するんだけど、何故か気化してもあまり拡散せずにその場に溜まるんだよ。感じとしては空の雲みたいなものかな、坑道内の空気の流れに乗ってフラフラと漂う……」
「あのさ紫色が何かは分かったけど、結論としてここで魔鉱石が掘れるということなの?」
カールの説明に焦れてきたアーガイルがカールに皆まで言わさずに話し出す。
「おいおい、できれば最後まで喋らせてもらいたいんだけど……。まぁいいか、結論としてはそうだ。ここで魔鉱石を掘っているか、もしくは近くに鉱脈が眠っているかだが、今回はそれを調べにきたという事だ。もしここで採掘しているようならサンプルを取っていこうと思っている」
「ふ~ん、わかった。んじゃさっさと奥まで行こうよ、なんかさっきからヤバイ気がするんだ。これを拾ってから……」
アーガイルは何か後ろから恐ろしいものが来るかのように背後を気にしつつ、服のポケットから暗赤色に光る丸い石を取り出した。
アーガイルが石を取り出したところで、メイベルが横からヒョイとその石を摘み取る。
「何か魔石感知器っぽいわねぇ。鉱山事務所にもあるんだけど、事務所のは置物なんかに似せて作っていてこれの近くを人が通ると、石に書き込まれた条件式によってこれにつながっている警報機を鳴らしたり、照明を点けたりと結構使い道がある道具なのよ。……ということは」
「俺達がここにいる事が既にバレてるってことだな。ってどうするカール?」
メイベルの後をつなぐようにロックハマーがカールに問う。
「アーガイルの予感って結構当たるからなぁ……。よし、ひとまず奥へ進もう。今から戻っても出口にはは敵が待ち構えているだろうし、もしかするとこの奥にも出入り口があるかもしれないし」
『わかった』
全員がカールの提案に乗って奥に進もうとした時、入ってきた方から小さい爆発音と何かを撒き散らすような音が坑道に響く。
「何だ?」
カールは"梟の目"の望遠機能と分析機能を同時に使い、音が聞こえた方を見る。その結果を見た瞬間、他のメンバーが一度も聞いたことがないほどの焦った声で叫んだ。
「みんな、早く奥へ走れ! あのガスに巻き込まれたら死ぬぞ!!」
カールの叫びにアーガイル、メイベル、ロックハマーの順に走り出し、カールもロックハマーの後について走り出した。
「あのガスは比較的拡散が遅いのが救いだが、それまでに出入口を見つけられなければ完全におだぶつだな……」
カールが奥へと走りながらチラッと後ろを見ると、ガスはおよそ20リム(m)まで迫っていた。
2016/12/17 序盤の"薬物投与者"との戦闘シーンにおいて、少し描写を追加。
今話の最後の方の本文を一部修正。
2017/4/17 本文の一部を修正。