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上映作品‐1 "サイレントスニーカー" #2

 翌朝、ユーゴーは鉱山へ行く乗合馬車に乗っていた。

 乗合馬車、というよりは元々荷馬車であったのであろう、4つの車輪の上に長さ5リム(m)・幅2リム・高さ70セラ(cm)の箱を載せたような感じで、箱の内側に底から椅子となる板を40セラの高さにぐるりと取り付けただけの簡素な造りだった。

 そんな人を乗せる馬車とも言えないような代物だったが、出発する頃にはほぼ満杯に人が乗っていた。


 鉱山で働く者は基本的に鉱山事務所の隣にある宿泊所から通勤するようになっているが、町に家族がいる場合や住居を持っている場合は事務所差し回しの馬車が迎えに来るのでそれに乗って鉱山へ行くことになる。

 御者の話によると鉱山まで約20ミニ(分)で着くようだ。

 鉱山に着くまですることもないので、ぼんやりと周りの景色を見ながら昔のことを思い出していた。

 

 



 そこは、鉱山の内部にある、坑道と坑道が集まる広場のような場所だった。

 その中央に少年の頃のユーゴーと師匠であり父でもある、ミツヨシ・ドラゴネストはいた。

「いいかユーゴー、大抵の人間は暗闇を恐れる。なぜなら人間は外から入る情報の7割は視覚から得ているからだ。故に視覚を閉ざされると歩くことすら覚束(おぼつか)なくなったり、容易(たやす)く恐慌状態にもなる。しかし感覚というものはそれだけではない、聴覚・触覚・嗅覚など他の感覚を研ぎ澄ませれば暗闇でも日の下のごとく動くことが可能だ。今からこの広場の明かりを全て消す、その暗闇の中で俺を打って見せろ」

「はい、師匠!」

 ユーゴーが返事をすると同時に、広場の全ての明かりが消えた。

 いきなりの闇にとまどうユーゴーに、どこからともなくミツヨシの声がする。

「今から5ミニの間だけここに留まっていてやる、それまでに打てなければ、俺もお前を打ちに行くぞ。では、始め!」

 

 感覚を研ぎ澄ませと言われたものの、どうしたらそれができるのかわからなかったユーゴーだが、視覚だけは使えないと判断して目を閉じてまずは耳を澄ませてみた。風の音しか聞こえなかった。

 次に周りの匂いをかいでみる、風に乗ってくる土の匂いとその中に混じる鉄錆のような匂いしかしなかった。

 今度は触覚に集中してみた。何となく自分の上を流れていく風は分かるものの、周りがどんな状態なのかは分からなかった。しかし、この感覚が目の代わりになるのでは、と思い他の感覚と併用して使ってみた。

 

 まず触覚と聴覚、広いところでは風はゆっくりで音も低め、壁に近いと風は早くて音も高めに感じた。

 次に触覚と嗅覚、風に乗って流れてくる匂いが坑道の奥に続く方は濃く、入り口に近い方が薄くなっている気がした。

 最後に3つを同時に使ってみる。すると頭の中にこの広場の全景が浮かび、自分の位置がおぼろげに分かった気がした。

 その瞬間、背後にとんでもなく大きな影が立っているような気がして振り向こうとした。

 しかしその影が出す"気"に当てられ、体が萎縮して動けなくなってしまう。

「なんのぉ、負けてたまっかぁ!」

 この当時のユーゴーはとんでもなく負けず嫌いなところがあって、それで失敗することも多々あったが、今回はそれが良い方に傾いたようで萎縮した体を強引に振り向かせることができた。

「おぉりゃ~!」

 振り向きざまに気合をこめて影に拳を当てにいく。

 しかし萎縮した体がまだ完全に回復したわけでなく、気合の割にはゆっくりした動作だったが……。

 

 果たして、ユーゴーは影に1発当てることができた。


「ほぉ、あれだけの"気"に当てられて良く動けたものよ。さすがは俺の息子だな」

 そこにはミツヨシが立っていて、その腹部にユーゴーの拳が当たっていた。

 しかしユーゴーも振り向いて拳を当てるのが精一杯だったのだろう、ミツヨシに拳を当てたまま一歩も動けなかった。


 もしこの広場に灯りが点されていたとしたら、すごく嬉しそうな顔をしたミツヨシを見ることができただろう。

 しかし広場はまだ暗闇の中だったので、ミツヨシはユーゴーの体の緊張をほぐすツボを突き、嬉しさの表現として少し力を入れて頭を撫でた。

 ユーゴーにしてみれば、撫でるというより髪をかき混ぜられている感じではあったが、なんとなく父親の嬉しそうな気配は伝わってきたので悪い気はしなかった。

「痛いよ、父さん」

「こら、修行中は師匠と呼べと言っただろう」

 ミツヨシの叱責も先程の嬉しい気分が抜けず、気の抜けたものになっていた。





 そんな少年であった頃の事を思い出し、口元が自然に綻んでいた。

「そこのテメェ、人の顔見て何にやけてんだぁ、おい!」

 思い出の世界から強引に現実へ引き戻されたユーゴーは呆気に取られた顔で前を見る。

 どうも向かいに座っている男が、自分を嘲ったとしていきり立っているようだ。

 男は身長が2リムはありそうな大男で、ロックハマーほどではないががっちりした筋肉を持っていて、頭よりも力で全てを解決しようとする感じに見えた。

「はぁ? オラ別にあんたの顔なんて眺めていねぇだよ」

 ユーゴーはやってもいない事で因縁を付けられ少しだけ強い態度で反論するが、相手は覆いかぶさるように寄ってきて凄む。

「テメェがどう思おうと関係ねぇんだよ、俺がそう思ったんだからそうなんだよ!」

 男の言い分はいささか常軌を逸しているが、実のところ新参者である自分に圧力をかけることで自分の勢力下に組み込もうとしているのではないか、ユーゴーはそう思った。


「あんたがどう思おうとあんたの勝手だけんど、オラはやってねぇことはやってねぇだ!」

 もしそうだからといって、こんな頭のてっぺんからつま先まで筋肉でできているような者に頭から押さえられる謂われはないとだんだん腹が立ってきた。

「なんだぁそのツラは、この俺とやろうってのか?」

 こちらの怒りを感じたのか、ニヤニヤした顔で男が言った。

 おや? とユーゴーは思った。どうもこの男ただの筋肉野郎ではないようで、先程感じたこととは別の意図があってユーゴーに突っかかっているような気がした。

 かといって、今ここで潜入用の仮面を外して男を叩きのめす訳にもいかずどうしようかと思案していると、二人の間にニュッと木の棒が突き出されてきた。


「おい、その辺にしときなバンゴ」

 ユーゴーが声がした方へ顔を向けると、御者席の後ろ側に座っている男がそのままの状態で棒を突き出していた。

「ア、アラン、でもようコイツが……」

 さっきの勢いはどこへやら、アランの姿を認めるなり急にバンゴの態度がおとなしくなった。

「俺はその辺にしておけ、といったはずだ。それともなにか? またこの棒で叩きのめされたいか? 言っておくが俺は眠いんだ、俺の眠りを邪魔するやつには手加減ができないぞ」

「わ、わかったよアラン。この野郎、運が良かったな」

 バンゴはアランに降参の意を表すと同時に、ユーゴーへ悪態をついて席に戻る。

 ユーゴーは一言礼を言おうとしたが、その時アランは既に棒を抱えて寝息を立てていた。

 それから鉱山に着くまで何も起きなかったが、時折バンゴがこちらを噛みつきそうな顔で睨んでいたのには閉口した。

 

 馬車が鉱山事務所の前に着くと、皆さっさと降りて自分の堀場まで歩いていく。バンゴも先程の件なぞもう終わったかの如く、ユーゴーを一瞥もせずに自分の堀場へ向かって行った。

 その中にアランを見つけたユーゴーはさっきの礼を言うべく近づいた。

「先程はどうもありがとうごぜぇました、おかげで怪我一つなく済みましただ」

「別に礼を言われるようなことはしちゃいねぇよ。昨日は寝るのが遅かったんでな、鉱山に入るまでに少しでも寝ておきたかったところにアレだろ? それでちょっと静かにしてほしかっただけだ。でもまぁ、放っておいてもお前さんならバンゴなんて物の数ではなかったろうがね」

 謙遜しつつユーゴーを持ち上げるように言うアランの目は、何となくこちらを値踏みしているようだった。

「いやいや、そんなことはねぇだよ。ただずっと山暮らしだったで、体力には自信あるだが」

「そうか? まぁいいや。ああそれから、あいつは結構しつこいから気をつけなよ。じゃぁな」

 アランは例の棒を抱えて鉱山へ去っていった。

 後姿を見送るユーゴーの脳裏にあの棒で鉱石を掘るアランの姿が浮かび、思わず苦笑してしまった。

 

 今日からの仕事なので、宿で受け取った紹介状を持って鉱山事務所へ行く。

 中に入るとすぐにカウンターがあり、その奥で5・6人の職員が忙しそうに動いていた。その所為か、ユーゴーが入ってきたことに誰も気づいていなかった。事務所の隅にある事務机で作業をしていた女性を除けば。

 その女性は、ユーゴーが入ってきたのに気付くとジト目でこちらを見ていた。こころなしかこちらに対して少し怒っているような気がした。

 よく見ると長い髪を結い上げ、地味な黒縁眼鏡と鉱山事務員の制服に身を包んだメイベルだった。


「あのぉ、すみません」

 メイベルの視線を無視してユーゴーが窓口で声を掛けると、一番近くにいた職員が気付いて窓口にやってきた。

「はい、なんでしょうか」

「え~と、今日からここで仕事をさせてもらうことになった、ナナシといいますだ。それとこれを渡すようにと、"鉄龍亭"のご主人が」

 ユーゴーは窓口の職員に挨拶をすると同時に、ステイから受け取った書類を手渡す。

「え~と、ナナシさんですか……」

 ユーゴーから受け取った書類をざっと見ると職員は自分の席に戻り、分厚い帳簿を取ってきてページをめくり始めた。

「ああ、ありました。え~とナナシさんは、第14坑道のペネトロックさんの班ですね。第14坑道へは鉱山入り口に監督官がいますのでそちらで聞いてください。っとあれは、すみません、ちょっと失礼します」

 職員は窓の外に誰かを見つけたらしく、ユーゴーとの話を中断して外へ出ていった。


 ユーゴーが外を見ると、ちょうど鉱夫が一人鉱山の方へ行くところらしく、それを職員が見つけたようだった。

「お~い。フィルさ~ん」

 職員が声を掛けると、フィルと呼ばれた男は少し嫌そうな顔をして振り向く。

「誰でぇ、ってああ、事務所の……。俺に一体何の用だ? 別に俺はサボってるわけじゃねぇぜ」

「別に今そんなことを言うつもりはありませんよ、確かフィルさんは第13坑道でしたよね」

「それがどうかしたのかい」

 フィルは今更何を聞いてんだ? という顔をして職員を見た。

「いや、今日第14坑道のペネトロックさんのところに新人が入るんでね、すみませんがそこの入口まで連れて行ってもらえませんか? この場は見なかったことにしますので」

「おい、俺はサボってるなんて言ってねぇだろうがよ、ったく。まぁいいわかった、その新人を連れてきな、入り口までは連れて行ってやる」

「ありがとうございます、それじゃ連れてきますのでちょっと待っててください」

 職員はフィルにその場で待つように言うと、事務所へ戻っていった。

 

「ナナシさん、あちらにいるフィルさんが第14坑道まで連れていってくれるんで、彼に付いていって下さい。あぁ、それとヘルメットと手袋です、鉱山に入る際には必ず付けて下さいね」

「わかりました、ご親切にありがとうごぜぇます。それでは失礼しますだ」

 ユーゴーは装備を受け取り、職員に礼を言うと、表で待っているフィルのところへ行った。

「フィルさんですか、オラはナナシといいますだ。どうもお世話をかけますです、第14坑道までよろしくお願げぇしますだ」

「おう、こちらこそよろしくな。んで、あんたペネトロックの班に入るんだって? あのおっさんは普段は気さくで豪快なんだけどな、こと仕事については容赦ないから気を付けろよ。最近でも班員が一人、あのおっさんの所為でやめていったらしいぜ。もっとも、そいつは次の日から町からも姿を消したらしいけどな……」

 フィルは職員と対する時とは違った気さくな態度でユーゴーに接してきて、坑道へ向かう道すがら班長となる人間の風評まで語っていた。

 

 このフィルという人物はなかなか話し上手で、気が付くと坑道の入り口が集まる広場のような場所に着いていた。

「俺はそこの第13坑道なんでな、案内はここまでだ。つっても第14坑道は、そこから壁沿いに右へ進んだ最初の穴だからすぐに分かるけどよ」

「分かりましただ、どうもありがとうごぜぇましただ」

 ユーゴーは礼を言ってフィルと別れ一人第14坑道の入り口へ向かうが、フィルの言った通り壁伝いに右へ進めばすぐに分かった。


 第14坑道の入り口の脇には男が一人立っていた。見るからに鉱夫という感じで、この人物が監督官だろうか。

「あのう、すまねぇだが、第14坑道はここでいいんだべか?」

 ユーゴーは男に近づいて話しかける。

「ああそうだが、お前さんは誰だい」

 男は素直に答えるものの、こいつ誰? といった顔をしていた。

「オラはナナシといいますだ、今日からここで働かせてもらうんだべが」

「ああ、ペネトロックの班に入る新人か、ちょっと待っててくれ今呼んでくる。っとその前に申し遅れたが俺がこの第14坑道の監督官のグレイだ、まぁ、よろしくな」

 というなり、さっさと坑道の中へ入っていった。


 それから5ミニほど待たされたか、後ろに誰かを連れてグレイが戻ってきた。

 身長は180セラはあるグレイよりも頭一つ高く、鉱夫というよりは格闘家のような体付きをしていて髪は真っ白だった。そんな男が(いか)めしい顔をして立っていた。

「どうも待たせたな、こいつがペネトロックだ」

「あ、どうも、ナナシと申しますだ。これからよろしくお願いしますだ」

 ユーゴーが挨拶をすると、ペネトロックが白い歯を見せてにっと笑う。

 するとさっきまで厳めしかった顔が、なるほどフィルの言ったとおりその辺にいる"気のいいおやじ"といった顔になった。

「おう、俺がペネトロックだ。お前が今日から俺の班に入るナナシか、まぁよろしく頼むぜ」

 といいざま、ペネトロックがユーゴーの背中をバシンと叩いた。


「痛ぇっ!」

「はははは、ちょっと力を入れすぎたか? ところでナナシよ、お前、俺とどこかで会った事はないか?」

 痛い背中をさすりつつ「会った事ないか?」と言われたことにドキッとしたユーゴーだったが、そんなことはおくびにも出さずに答えた。

「いや、班長さんとは今初めて会いましただ。まぁ世の中には似た顔が3人はいると言いますで、オラはその中の1人ではないだべか」

「そうか、そうだな。風の便りにあの坊主は今王都の監獄に収監されているって聞いているから、こんな所にいるはずないか。いやすまねえ、こちらの勘違いだったようだな。それじゃ俺に付いてきてくれ、堀場まで案内するよ」

 ペネトロックは少し視線を逸らして考えるような素振りをしたが、すぐにこちらに向いて付いてくるよう促した。


「さぁ着いたぞ、ここが俺達の堀場だ」

 縦3リム・横4リムの坑道の突き当たりでは3人の男たちが作業をしていた。うち2人がツルハシを振るい、1人が掘り出された鉱物を台車に運び入れている。

 3人の内、台車で作業をしていた男がこちらに気付き話しかけてきた。

「おや、お早いお戻りですね班長(おやっさん)。そいつが例の新人ですかい」

 ペネトロックが戻ってきたことを知ったツルハシの2人も、作業を中断してこちらへ来た。

「ああそうだ、ナナシってんだ。皆もよろしく頼むぞ」

「ナナシっていうだ、鉱山で働くのは初めてだけんど、体力には自信があるだでこれからよろしくお願いしますだ」

 ナナシの自己紹介が終わると、他の鉱夫たちも次々と自己紹介をした。


「俺はタイト、主に採掘物の搬送をしている。あとの二人が休みのときはツルハシも振るうよ」

 身長175セラほど、温和な感じの丸顔だが、見ただけで"ガテン系"の仕事をしていると分かる体つきをしている。

「オックマンだ、主に採掘を行っている。ナナシ、だったか、これからよろしく」

 身長はタイトより少し低いくらい、角ばった顔で体つきも縦横どちらにも広いが弛んだところが無く、拳で採掘をしそうと思わせるほどにゴツゴツしているが、朴訥な人柄で言葉にも暖かいものを感じた。

「俺の名はエイジス、採掘作業を主にやっている。前にいたやつが何にも言わずにいなくなっちまって困ってたんだ、まぁよろしく頼むよ」

 身長は185セラくらいか、他の2人に比べると細長い感じだがその辺はやはり鉱夫、付くべき筋肉はきっちり付いている。話し方も他2人より軽い感じだが、芯はしっかりしているようだ。

 3人がそれぞれ自己紹介を終えると、ペネトロックが声を上げる。

「野郎ども! 次の休日にナナシの歓迎会を"虎鉄屋"でやる。旨い酒が飲みたかったらガンガン掘れ!」

『オー!』

 ペネトロックの声に、ユーゴーを除く3人の声が唱和した。



 

 

 その日の夜、"鉄龍亭"301号室にメンバー全員が集まった。


 この町に着いてまだ3日、さすがに手がかりとなるものが見つからないのか、まだ行動方針を決めかねていた。そんな空気の中で、メイベルが口を開く。

「私の方で失踪者を調べてみたの。殆どが20~30代までの他の町から来た出稼ぎで、且つ家族が一人もいなくて、就業期間が1~3マース(月)と短いのよね。だから彼らと親しい人というのも殆どいなくて、失踪者と同じ班の人が事務所に来た時に話を聞いているけど、誰も失踪前に相談を受けたもしくは話をした者がいないのよ」

 メイベルからの報告にユーゴーが疑問を挟む。

「しかし、失踪者の中には家族持ちも何人かいたはずだ、その人たちには話を聞けたのか?」

「そうしたいのだけれど、事務所も意外と忙しくて中々外に出られないのよ。かといって今から怪しまれるような行動は取りたくないし……。気のせいかもしれないけど、誰かに見られている気もするしね」

「ふむ、現時点では慎重に行くのが最善だな……。よしアーガイル、ステイには話をしておくから、仕事の合間に行ってきてくれないか」

 呼ばれたアーガイルも、ほっとした顔でユーゴーの提案に乗った。

「やっと出番が来たぜ、ここでの俺っちの仕事は宿屋の従業員で終わるんじゃないかと正直なところ凹みかけてたんだ。上手く話を聞いてくるから任せてくれ」

「頼むぞ、アーガイル。カールやロックハマーも、自分の動ける範囲内で情報集めをしてくれ」

「了解」

「わかった」

 ユーゴーの言葉にカールとロックハマーが同時に返事をした。

 まずは情報集めに専念するということで、この場は解散となった。

 

 皆が自分の場所に戻りかける中、ユーゴーがメイベルを呼び止める。

「メイベル、すまないが鉱山の精錬技師に単身赴任者で、他の町に20歳前後の娘がいる者がいないか調べてくれないか」

「調べることはできるけど、その技師がどうかしたの?」

 メイベルが訝しげに答える。他のメンバーも足を止め、ユーゴーの言葉を聴く。

「実はここへ来る道中で、人(さら)いに出くわしてね。それ自体は何とか巡警を利用して未遂に終わらせたんだが、その攫われそうになった娘が"精錬技師の父に会いに行く"と巡警に言っていたのを思い出したんだ」

「なるほど、今回の件に関わりがあるかも、と」

「まぁ、もしかしたら偶々(たまたま)同時期に2つの事件が起こっただけかもしれんが、家族を攫ってまでその精製技師に何をさせようとしているのか、その辺が気になってね」

「わかったわ、明日の集合までには調べておくわ」

「よろしく頼む」

 ユーゴーの言葉を合図にしたかのように、みな音も無く部屋を出ていった。




 

 翌日の第14坑道にて、ナナシ(ユーゴー)とタイトが掘り出された鉱石を運搬用のトロッコに積みながら雑談をしていた。

「タイトさん、前の班員さんは何でやめたんだべか」

「う~ん、何でなんて俺にどころか班長(おやっさん)にも何も言わずだからなぁ……。それにやめたというよりは、ある日連絡も無しに来なくなって、心配した班長が宿舎まで行ったけどもぬけの殻だって言ってたよ」

「は~、そうなんだべかぁ」

「ああそういえば、あいつがここへ来てすぐくらいか"何でこんな所へ?"って聞いたら、ポツリと"お金が要るんです"と言っていたなぁ。もっとも話をしたのはその時くらいで、あとは何を話しても"はぁ"とか"うん"とかの返事だけでまともな会話にならなかったけどね」

「それで、その班員さんは……」

 辞めた班員のことをもっと突っ込んで聞こうとしたユーゴーだったが、背後からの怒声にタイト共々しゃちほこばって硬直する。

「くぉらぁ! てめぇら何くっちゃべってやがる、口動かす前に手を動かせといつも言っているだろうが! 今度の歓迎会、てめぇらだけ酒なしにするぞ!!」

「うわぁ、それだけはご勘弁を」

「お願ぇしますだ、それだけは勘弁してくだせぇ、お代官(でぇかん)様」

 ペネトロックの言葉に、二人とも酒抜きだけは勘弁してほしいと何度も頭を下げた。


 昼の休憩時間にユーゴーは昼食の後、腹ごなしとばかりに広場を歩いていた。

 広場は緩やかな円形を描いていて、入り口に近い壁には鉱石を製錬する製錬所への搬入口が、反対側の壁には第1から第14までの坑道が口を開けていた。

 各坑道から製錬所まではトロッコのレールで繋がっていて、採掘された鉱石はトロッコに乗せて直接搬入する様になっている。

 各坑道の入り口上部にはナンバープレートが貼られていて、第〇坑道か分かるようになっている。

 さらに奥へと進んでいき"3"と書かれたプレートの前まで行くと、開いているべき入り口が開いておらず、以前に落盤でもあったのか入り口にあたるところが岩でガッチリと埋まっていた。

 隣の第2の入り口には木の板でできた壁(扉付き)を取り付け、"落盤の危険性があるため進入禁止"と書かれたプレートを貼り付けていた。あと第1と第4には何も表示は無いが、中で作業している様子が全くしないのでおそらく掘り尽くしたのだろう。


 午後の作業が終わった後、ユーゴーはペネトロックに第3坑道の話を聞いてみた。

「あれはもう20イーズ(年)と少し前だったかなぁ、夜中に突然ひどい地響きがしてな、驚いて鉱山を見ると入り口辺りからものすごい土煙が上がっていた。さすがに今すぐそんな所へ入れるわけもないから、次の日に土煙が収まるのを待って調べに入ったら第3だけが塞がっていたんだ」

「他の坑道は大丈夫だったべか」

「当時は第4までしかなかったが、第1と第4は何ともないようで試しに掘っても問題は出てこなかった。第2は一見何ともないようだったが、軽く掘ってみると上から砂のようなものが落ちてきた。それで第2は危ないだろうということで閉鎖したんだ」

「はぁ、そうだったんだべか」

「さて、俺が知っているのはここまでだ。明日も早い、早めに寝ないと明日はきついぞ」

 ペネトロックはそう言うと、ユーゴーの肩を軽く叩いて宿舎へと帰っていった。




 

 "鉄龍亭"301号室にて、2回目のミーティングを行っていた。


 まず、アーガイルが昼間に行った聞き込みの成果を話す。

「話を聞けたのは2人だけだったけど、一方は母親と二人暮らしで、その母親が肺を患っていてその薬を買うために金が必要だった。もう一方は王都で借金を作ってしまい、家族でここまで逃げてきたものの借金取りにここを嗅ぎつけられ、早急に返済するため短期間で金を稼ぐ必要があった。どちらにせよ鉱山で貰える以上の金が必要だったってことだね」

 アーガイルはある程度一息に話すといったん口を閉じ、息を整えまた口を開く。

「そういえば、失踪した次の月からそれぞれの家に、ここの給料より少し多いお金が送られてくるようになったって。けど、それがどっから送られてくるのかは全然分からないって言ってた」

 ユーゴーはアーガイルの話に、自分も昼間似たような事を聞いたのを思い出した。

「そういえば、俺が入っている第14坑道の辞めていった鉱夫もそんなことを言っていたと聞いたな。とすると、誰がその情報を何処で知ってその者達を何処へ連れて行ったのか……」

 失踪した鉱夫がそれぞれの理由により多くの金を稼ぐことを望んだ者ばかりというのは分かったが、それをいつ誰が、という段になると皆押し黙ってしまった。

 ただ、残された者へ送金があるということについては、皆一様にホッとした顔になっていた。


「ちょっと、いい?」

 そんな重い空気の中、メイベルが口を開く。どうやらユーゴーに頼まれた精錬技師について調べてきたようだ。

「例の精錬技師の件だけど、1人だけ条件に当てはまるものがいたわ、名前はジェームズ・マインスミスで歳は45歳、娘はエレナで歳が19歳ね。第1種精錬師の資格を持っていて、特に魔術精錬の腕は使用する鉱石やその大きさによって多少違うけど、例えば両手で抱えるくらいの鉱石なら99%に下7桁の9(セブンナイン)が付く精度で精錬できるわ」

「それじゃ、魔鉱石の精錬ではどうだ?」

 普段あまり発言しないロックハマーがポツリと言った。しかしその内容に当の本人を除く全てのメンバーが一瞬凍りついた。

「そ、それは、確かにセブンナインで精錬することは可能よ。あれは一度に使う量なんて10~50ミグル(mg)もあれば事足りるし、第1種精錬師は魔鉱石の精錬も許されているから……。ってまさか、彼は鉄貫石の精錬のために来てるのよ? もしここで申請無しで魔鉱石の精錬をしてそれがバレたら、資格を剥奪された上に重犯罪者用監獄行きよ」

「まぁ、もしもということだ。それにユーゴーの叔父上の話では、ここで魔鉱石は採掘されていないのだろう?」

「一応、そういうことになってはいるけれど……」

 メイベルが先程とは違って、自信無さげに返事を返す。どうやら彼女も事件の流れを見て、ここで魔鉱石が採掘されるという噂は本当ではないかと思い始めていた。


 再び室内が静かになった時、今度はカールが口を開く。

「それでさぁ、その精錬技師はまだ無事なのかい? 娘攫いの件がこれと同じ流れなら、先に連れ去られてる可能性は高いんじゃないかな。ついでに娘さんも保護するなりの手を打った方がいいんじゃない?」

 カールの言葉に頷きながら、ユーゴーが言った。

「わかった、ではメイベルは悪いが製錬所に朝一で問い合わせてみてくれ。それから娘には俺が当ろう。午前中で仕事が終わるから、その足で警吏詰め所に行って話を聞いてくる。他の者は引き続き情報収集を頼む」

「わかったわ」

『了解』

 ユーゴーの言葉に4人が一斉に頷いた。


 これで今回のミーティングはこれで終了、といった雰囲気の中で、カールが口を開く。

「そういえばさぁ、いま町で変な噂が流れているんだよ。何でも、使われなくなった坑道に幽霊が出るらしいんだって、店に来て飲んでいた鉱夫たちが話していたよ」

 そういえば、とロックハマーも言い出した。

「俺も今日の昼間、按摩に来ていた夜回り当番の鉱夫がそんなことを言っていたのを聞いた。今は掘られなくなった坑道から、ぼうっと青く光る幽霊が何体か出てくるのを見たらしい。さすがに怖くなって近くには寄れなかったらしいが」

 2人の言葉を聴いていたユーゴーは少し考え込んでていたようだったが、すぐに顔を上げ皆に言った。

「明日の夜、アーガイルと2人で坑道を調査してくる。だから明日のミーティングは無しだが、報告すべき事柄があればカール、君がまとめておいてくれ。アーガイル、"梟の目(アウルアイ)"の準備を頼む」

『わかった』

 カールとアーガイルが同時に返答し、この場は解散となった。





 翌日の昼前、ユーゴーは警吏の詰所に向かう。

 中に入ると、詰め所の入り口に近い机に先日会った警吏が座っていた。

「あの~、ちょっと聞きてぇんだけんど。3ダイ(日)前の、街道で娘さんが誘拐されかかった件で聞きてぇんだけんども……」

「ああ、あなたはあの時の。ええと名前は……」

「ナナシですだ」

「そうそう、ナナシさんでしたな。それで、何かあの事件について思い当たることでもあったのですか?」

 警吏はあの件について何か最新情報でも出たと思ったのか、何かを期待するような顔になった。

「いやぁ、あそこにはたまたま通り掛かっただけで、あの娘がなんで攫われそうになったなんて分からないだよ。ただ、あれからあの娘さんがどうなったか聞きたいだけだぁよ」

 ユーゴーの話を聞いた警吏は、あからさまにがっかりした顔になって言った。

「そうですか、それについては個人情報の漏洩防止のためお話しすることはできません。もしあなたが彼女の身内とでもおっしゃるなら、それを証明するものを持ってきてください。それもできないのであるならば、この話はおしまいです、速やかにお帰りください」

「そうだべか、それじゃしょうがねぇべな。そんだば失礼しますだ」

 もともと当たって砕けろのつもりで行ったのだが、本当に当たって砕けたユーゴーは、少し落胆しつつ"鉄龍亭"へと戻っていった。


 ユーゴーが"鉄龍亭"に戻ると、帳場で作業をしていたステイがユーゴーを見つけて声を掛けてきた。

「ああ、おかえりユー……ナナシ、先程からお前さんに客が来ているよ。応接室にいるから早く行ってやってくれ」

「わかりました」

 ユーゴーは誰が来たのだろうと首を傾げたが、自分を訪ねてくるような人物に思い当たらなかったのでとにかく会ってみようと応接室に入った。

 応接室で待っていた人物は、入ってきたユーゴーを見ると、座っていたソファーから立ち上がりユーゴーに向かって頭を下げた。


「先日は助けていただき、ありがとうございました。……あら、どうかなさいましたか?」

 保護対象人物がここに来ていることに思わず呆然としてしまったユーゴーだったが、相手の気遣わしげな一言でハッと我に返った。

「いやぁ、まさか訪ねてくるとは思ってなかったもんだで、びっくりしただけですだ」

「そうですか。ああ、自己紹介がまだでしたね、私はエレナ・マインスミスと言います」

「そうかぁ、エレナさんというだかぁ。んでオラに何ぞ用があるんだべか?」

 正直なところエレナから訪ねてきてくれて助かったのは助かったのだが、ユーゴーにはエレナがただ礼を言いに来たとは思えなかった。

「先日あの場所で、私が"精錬技師の父に会いに来た"と言っていたのを覚えていらっしゃるでしょうか?」

「ああ、確かそんなことを言ってたべなぁ……。それがどうかしただか」

 実のところ彼女の父親について、およその見当はついていたが、あえて分からぬ振りをして聞いた。


「実は、ここに来た次の日に父を訪ねたら、父が2ウィン(週間)くらい前から行方不明になっていたのです。鉱山事務所や製錬所にも行ってみましたが、誰も父がなぜ消えたのか分からないと言われるし、警吏の人たちに頼んでも手がかりすら掴めなくて……」

「はぁ、それでダメ元でオラのとこへ来ただか……」

「はい、ナナシさんも鉱山で働いているということで、どんな小さな情報でも得られればと思いまして」

「でも、オラもここへは来たばっかだでほとんど何も知らねぇだが、中には古株の鉱夫さん達もおるでそれとなく聞いてみるべよ。ああそうだ、あれからあの人攫いの連中は来なかったべか?」

「はい、この町に着いてからそういうものに会うことはなかったですが、外へ出た時に誰かに見られているような気がすることは何回かありました」

「そうだべかぁ……」

 これはいよいよもってエレナを保護しなければならないなと考えていた時、応接室の戸を叩いてステイがお茶の盆を持って入ってきた。

「ちょいと失礼するよ。そろそろ少し喉も渇いてきたろう、お茶でもどうかな?」


 ステイはテーブルに盆を置くと、部屋の隅から椅子を持ってきてテーブルの脇に座りエレナとユーゴーにお茶を淹れた。

 そして自分の分もお茶を淹れて一口すすると、(おもむろ)に口を開いた。

「盗み聞きするつもりは無かったんだが、聞くとはなしに聞こえてしまったんでな。お嬢さん、確かマインスミスさんだったか……」

「エレナで結構ですよ、オーバーナイトさん」

「儂の方こそステイで結構ですよ。ではエレナさん、あなたのお父さんは今、非常に危うい状況にあるといえる。もし事故であるならこんな狭い町だ、どんな小さい事故でも人の口に上らぬ筈はない。であるなら営利目的で誘拐されたか、おそらくそれも違う。第1種精錬師は技能職としては高い方に入るしその数も少ないが、その反面意外と実入りが少ないし、居なければ製錬所が動かないかというとそうでもない。とすれば、どこかに拉致されて非合法な作業をさせられている、と考えるのが妥当じゃないかな」

 ステイの言葉を聞いていたエレナは、青ざめた顔で呟いた。

「それじゃ、私が誘拐されかかった件は……」

「……ああたぶん、エレナさんを使ってお父さんに言うことを聞かすつもりだったのだろう。だがもしそうなら、お父さんはまだ生きている可能性が高い。それだけが希望でもあるがね」

 エレナの呟きを聞き取ったステイが幾分沈んだ声で答えた。


 ステイは先程の沈んだ気分を払拭するように、エレナに声を掛けた。

「ここで提案なのだがエレナさん、ほとぼりが冷めるまでウチに泊まらんか? わざわざあちこち出向いて身を危険にさらす事もないし、情報集めは儂やウチの若いのが集めるしの。それにここは他の宿と違って人攫いをするような(やから)にも対応できる連中が揃っておるでな」

 エレナは少しうつむきステイの提案について考えているようだったが、すぐに顔を上げステイのへ向いた。

「わかりました、しばらくお世話になります」

「そうか、では荷物はウチの若いのに取ってこさせよう。お~い、アーガス、ミーナ!」

 エレナの答えに頷くとステイは大声で店の奥に声をかける、すると男と女が一人づづやって来て男の方にはエレナの荷物を取りに行かせ、女の方にはエレナを部屋まで案内させた。


 その日の夕方、"虎鉄屋"でユーゴーが夕食を食べているとカールが話しかけてきた。

「よう、ナナシの旦那ぁ、先日はお疲れでしたねぇ。ああそういやぁ、昼間に見つけたあの親子鳥(マインスミス親子)はどうなりましたかねぇ?」

「ああ、2羽とも部屋に連れ込んだけど(エレナの方はステイの)ちょっとした(元にいるが、)すきに親鳥だけどっか(マインスミスの方は)行ってしまったよう(まだ行方がわからない)だべ」

「そっかぁ、それじゃヒマ見(こちらでも探して)つけて(みますよ。)仲間と一緒に(メンバーに)ちょいと探(エレナのことは)しておきます(伝えておきます)ねぇ。」

「んじゃ、よろしくたのむだ。ついでに勘定もたのむだ」

「へ~い、まいどありがとうござんす」

 ユーゴーは勘定を済ませると、少し呑みすぎた風にフラフラとした足取りで"虎鉄屋"をあとにした。





 深夜、ユーゴーとアーガイルは鉱山の入り口に来ていた。

 2人とも、夜の闇に同化してしまいそうな、黒に近い濃紺の作業服のようなものを着ていた。

「今から鉱山内に入る、明かりを消して"梟の目"を装着」

 ユーゴーからの指示にアーガイルは持ってきたランタンの明かりを消し、無言でマスクを装着する。

 "梟の目"は暗視用のゴーグルと防塵・防ガスのマスク、さらに最大感度であれば5リム離れた蚊の羽音でも拾うことができる聴音機能が一体となった装備である。

 ゴーグル部は闇夜でも昼間に近い明るさで見ることができ、対象を拡大して見たり、対象物の大まかな分析をすることもできる。しかし起動には魔力(=精神力)が必要であり直接脳に情報を伝達するため、あまり長時間の使用は脳に負担がかかる欠点があった。


 装着を確認し終えた2人は音も無く鉱山内部へ進入していった。


 2人は無言で坑内を進む。

 途中夜回り担当の鉱夫に見つかりそうになったが、闇にまぎれてやり過ごした。そして2人は途中の広場を通り、第2坑道の前に着いた。

 第2坑道の壁の前に立つと、その向こうで何かが動いているような感じがした。

 ユーゴーはマスクの聴音機能を使い壁に耳を当てる、すると幽かに岩に金属物を叩きつけるような音が聞き取れた。しばらく聞いていると壁の向こうから足音のような音が聞こえてきたので、アーガイルを促し第1坑道に隠れて様子を見る。


 しばらくすると、第2坑道の壁から何かが軋むような音がしたのでそちらを見ると、壁の扉が内側に開きそこから青白い光が漏れ出してきた。

 扉からランタンを持った腕がぬっと出てくる。どうも青白い光はそのランタンから出ていたようだ。

「誰か出てくるぜ、ユーゴー。あそこは出入り禁止じゃなかったのかい?」

「ああ、一応そういうことになってはいるようだが。やはりあの噂は本当だったのか……?」

 第2坑道から漏れ出た光を見て、誰が出てくるのかと楽しそうに聞くアーガイルにユーゴーは少し緊張交じりに答えつつ、アーガイルに聞こえない程度の声で独りごちた。


 扉からはランタンを持ったものを先頭に、棒を担いだ2人組が2組出てきて、それぞれの棒の中心には石の様な物を詰め込んだ箱がぶら下がっていた。最後にまたランタンを持ったものが出てきて扉を閉めていた。

 ランタンの光の所為で全体がぼうっと青白く光って分かりにくいが、彼らが着ているのは作業服のようだった。もしかすると行方不明の鉱夫たちかもしれない。

「アーガイル、俺は出てきた者たちの跡をつける。アーガイルはしばらくここにいて、奴らが広場から出たら第2坑道に忍び込んで何を掘っていたか調べてそのサンプルをカールに届けてくれ。"梟の目"である程度鉱石の分析ができるから、それで調べることができる」

「わかった、ユーゴーも気をつけなよ」

「ああ」

 ユーゴーは一言言い置き、先程の者達を追っていった。


 

 彼らは製錬所に入ることなく、鉱山を出てアイマンの町へ下りる道と違う方向へ進んでいく。

 その方向には針葉樹の森があり、さらにその奥には3階建てで横幅が高さの倍以上はありそうな館が建っている。

 そこは20イーズほど前までユーゴーの叔父であるヒョウゴが住んでいた所で、今はオラクル社のアイマン支社ということらしい。

 しかし森にはその館から後には道は無く、国境を越えるにはアイマンの町を経由する道しかないはずだが、彼らはそんなことはお構いなしに奥に進んでいく。


 ユーゴーは彼らが館につながる森の中の道に入っていった事を見届けると、さらに跡をつけるべく森に入ろうとするが、道の入り口辺りに棒を担いでいた4人がうつろな顔をして横並びで立っていた。

"しまった、これは罠か!"

 自分達が罠に嵌められたを感じ取ったユーゴーはこの場から撤退しようとするが、それを阻むように4人が常人とは思えぬスピードで襲い掛かってきた。

2017/4/16 文章の一部追加、行間の調整をしました。ただし話の流れは全く変えていません。

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