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上映作品‐1 "サイレントスニーカー" #1

 O.S.Tホール、午後4時30分。


 火置とバーの常連である相羽、高橋、東森の4人は座席にて上映開始を待っていた。

「おや、一ちゃんはどうしたんだ? まだ来ないのかい?」

 水瀬の姿が見えないことに気が付いた相羽が火置に聞いた。

「ああ、あいつは映写室で準備中ですよ。上映が始まったら後は終わるまで放っておいても良いそうですが、万一の事を考えて上映中はそのまま詰めるそうですよ」

「そうかい」

 火置の答えに相羽は一つ頷くと、この話はもう終わりだという風に並びに座っている高橋や東森に向いて、これから上映される映画についてしゃべり始める。

 そのうち火置もその中に入ってあれこれと話し始めるが、それから程なくスクリーン前に司会者らしき人物が立って話し始めたので4人は会話をやめてスクリーンの方に向いた。

 それからしばらく主催者側の役員やら来賓やらのスピーチが始まり、それが何人か済んだところで最初に出てきた司会者がスクリーン前に現れた。


「来賓の皆様、スピーチありがとうございました。それではこれより、映画"サイレントスニーカー"を上映いたします。どうぞ、ごゆっくり御鑑賞くださいませ」

 司会者がスクリーンの前から去ると、館内の照明が消え上映が始まった。

 天上を巡る月が中天に差し掛かるころ、男が国境付近の山中を駆けていた。


 時折何かに追われているのか、チラリチラリと背後を確認しながら全速で駆け抜けていく。

「まいったな、奴らはまだ追ってきているのか、まぁこれで少しは足止めができるといいが」

 背後にまだはっきりと姿は見えないがジリジリと迫ってくる気配を感じながら、時々止まっては手近な木と木の根元に細い鋼線を張って簡単な罠を幾つか作りながら走った。

 それからおよそ1アズ(時間)ほど走っていると、2カラリム(km)ほど先に小さい町みたいなのが見えた。

 町に入れば追手も巻きやすいし、およその人数も確認できるだろう。

 そう思った瞬間、背後に強い殺気を感じ手近な木に身を隠すと、隠れた木に何かが刺さる音がした。


「まずい、もう追いつかれたか……。足止めの罠なんか仕掛けずにさっさと逃げればよかったか」

 チラリと後ろを向くと追手らしき影がもう200リム(m)辺りまで迫ってきていた。はっきりと確認したわけではないが、5つほど影が見えた気がする。

 一応護身用に刃渡り30セラ(cm)の短刀と15セラの投擲用ネイルを10本を携行しているがこれだけでは追手とやり合うのに心許ないし、なにより速やかに例のブツを持ち帰って薬を作らないとアレが完成してしまっては王国全体が危険にさらされる事になるかもしれない。


「ま、このまま追ってこられても面倒だし、ここいらでご退場願おうか……」

 ポツリと呟きつつ、追手を迎え撃つため街道に出た。

 一般的に考えれば隠れられる場所の多い森の中が良いと思われがちだが、男を的確に追ってきた様に追手も森の中での行動には長じており、逆に隙を衝かれる可能性があるためいっそ見える場所でやりあった方が手っ取り早いと考えたのである。


 街道に出たらスピードを上げた様に見せつつ、追手が見失わない程度に速度を調整して走る。すると案の定、背後から先ほど確認した数と同じ5つの影が後を追いかけていた。

 しばらく進むと町のすぐ手前にちょうど100リム四方くらいの広場が見えたので、そこで迎え撃とうかと考えたその矢先、街道脇の森の中から先ほどと同じ殺気を感じた。


「何っ!」

 森の中から1本の殺気を纏った銀光が一直線に襲い掛かる。

 咄嗟に短刀を抜いて払ったもののそこで足が止まり、その間に追手にあと10リムのところまで迫られていた。

「仕方ない、ここで()るか」

 森の中の殺気も気になるが、まずは目前の5人を倒すべく距離を詰めた。

 相手ももとよりそのつもりだったのか、男が距離を5リムまで詰めた時にはすでに半円陣を敷いてそれぞれの武器を手に待ち構えていた。

 こちらも左手(・・)で短刀を構え、右手にネイルを隠し持って敵に向かう。


 左右の端の敵は鎖鎌を持っていて、こちらの両腕を絡め取ろうと鎖を投げつけるが、その鎖を2本ともなんとか短刀に巻きつかせた。

 両腕を取られるのは免れたものの動きを止められ、その隙を狙って残り3人の内、槍を持った者と剣を持った者、2人が襲い掛かる。

 最後の1人は手には何も持たず口元がボソボソと動いていたので、おそらく魔法士なのだろう。

 攻撃魔法の準備をしていて、"槍"と"剣"の攻撃の合間からこちらを狙おうとしているようだ。


 "槍"と"剣"が動き出し、先に"槍"が襲い掛かる。

 必殺の気合をこめて突き通しに来るが、微妙に体を捻り穂先を脇を通過するようにしつつ右手のネイルで刃を外側に逸らし、相手の方へ踏み込んで喉元にネイルを深く突き刺す。

 "槍"がこちら側へ倒れてきたところへ"剣"が切りかかってきた。

 しかし男は"槍"の体を盾に取り"剣"の攻撃を防ぐと同時に"槍"の得物を奪い、"槍"の体を"剣"に向かって蹴り飛ばす。

 そして"剣"が怯んだ瞬間に奪った槍を魔法士へ投げつけた。


 槍を心臓に受けて倒れる魔法士には見向きもせず、先ほどから引っ張り合いになっている"鎖鎌"の一人へネイルを投げる。


 銀光が"鎖鎌"へ迫る、すんでのところで鎌で打ち払うが次の瞬間、"何故?"と言いたげな顔をして後ろにドッと倒れた。

 その左目にはツヤなしの黒に塗られたネイルが深々と刺さっていた。

 もう1人の"鎖鎌"は1人目が倒れるのを見て「そんなバカな……」とでも思ったのか、一瞬動きが止まってしまった。それが彼の生死の分かれ目となった。


 "剣"は相対してからわずか3ミニ(分)もの間に他の仲間がすべて倒されたことに呆然としていたが、すぐに気を取り直し、怒りを持った目で男を睨みつけ剣を構える。

 男はそんな視線もどこ吹く風と、ことさらゆっくりと短刀に絡んだ鎖を解いて腰の後ろに付けている鞘に短刀をしまい"剣"に向いた。

「おい、あんたまだ()る気かい? お仲間はみんな倒れちまったし、森の中の奴も手を出す気はないみたいだし。ここで引いた方がいいんじゃないか?」

「ふん、たった一人にここまでしてやられておめおめと帰られると思っているのか? ここで貴様を討つ以外に我の生きる道はない!」

 "剣"の言葉を聴いた瞬間、男から先程まで放っていたどこか気だるげな気が消え、触れるだけで斬られそうな鋭い気を放ち始めた。

「……そうか、ならば、我が絶招をもってお相手しよう。いざ、参られい」


 "剣"と男は3リムほど離れて対峙する。

 二人の間には一度入ってしまえば双方から無数の斬撃を受けて死に至らしめられる、そんな緊張感が漂っていた。

 "剣"は軽く上段に振りかぶる。

 一撃で終わらせるべく構えた剣の切先から足の先まで、眼前に立ち塞がるものを全て両断するというような気迫に満ち溢れていた。

 対して男の方は、左腕を前に、右手を刀の柄に掛け軽くひざを曲げて腰を落とす、居合と呼ばれる剣技のような構えを取る。

 

 "剣"は眉をひそめた。

 通常居合はもっと長い刀を用い、狭い室内での戦闘で刀を抜きやすくするためや相手にこちらの攻撃範囲を悟らせないようにする技だが、男の構えはそれとは似て非なる様に見えた。

 とはいえ、他の4人を瞬く間に倒した者が相手に、毛筋ほども迷えば勝てるものも勝てぬだろう。

 そして"剣"が一切の迷いを捨てて踏み込み、一撃必殺の気迫を込め剣を振り下ろす。

 しかしその剣が当たるか当たらないかの瞬間、男が視界から掻き消えた。

「何っ!」

 背後に気配を感じて振り向くと2リム先にこちらに背を向け男が立っていて、短刀を鞘に収めながらポツリと呟いた。


「ドラゴネスト流斥候術 抜刀技 絶招"影()ち"」


「ドラゴネスト流、"影断ち"、そうか、おまえがあの、ユーゴー・ドラゴネスト、"忍び寄る亡霊(スニーキングゴースト)"か」

「……」

「そうか、おまえが……、そう、か。ゴホッ」

 "剣"がユーゴーに向いてポツリと呟いた瞬間、月光に照らされた彼の影のわき腹部分がぱっくりと裂け、そこから血を噴き出させながら仰向けに倒れ、それきり動かなくなった。


 ユーゴーは"剣"が息絶えたことを確認すると森のほうへ向き、怒気をはらんだ声で叫ぶ。

「さてと、つまらん殺しをさせてくれたお礼をしなくちゃな。おい、そこの奴! 殺してやるからさっさと出て来い!!」

 それに応えるように森の中から殺気を纏った銀光が飛んでくる、しかし腰の短刀を小さく2度(・・)振ってそれを打ち払う。

 打ち払ったそれを拾ってみると、ユーゴーが持っているものと同じ銀とツヤなし黒のネイルだった。

「同門か、誰かは知らんがナメた真似しやがって。しかもごていねいに"影刃(えいじん)"かよ、ったく」


 ドラゴネスト流斥候術は"斥候"というだけあって門人はだいたい軍か諜報機関からの出向者なのだが、たまに一般や軍以外の組織から入門してくる者がいて、その者達も大抵は軍か国の諜報機関に入る。

 しかしまれに、免許を与えられてもどこの組織にも属さず報酬しだいでどちらにも付くという傭兵のような者もいる。森の中の奴もそういった者達の一人だろうとユーゴーは思った。


 その後すぐにユーゴーは襲撃を警戒しつつ森の中に入ったが、既に襲撃者は去った後であり、奴がいたであろう場所には木に手紙らしい紙片がネイルで縫い止めてあった。

 しばらく襲撃者の気配を探っていたが完全に消え去ったらしく、ユーゴーは街道に出て月明かりの下で紙片の文字を読んだ。

 

『久々に"影断ち"を見せてもらったよ、相変わらずすごい技だね。

 でも、あの程度の連中に3ミニもかかるなんて、

 3イーズ(年)の獄中生活で腕が(なま)っちゃったんじゃない?


 おっと、これ以上ここにいると君に気付かれてなます切りにされそうだ。

 それじゃ、またね』

 

 これを読んでいる最中ユーゴーの脳裏には一人の男の姿が浮かんでいた。

 無論署名がしてあったわけではないのでその男とは限らないのだが、ユーゴーはその男と断定してそいつを切り刻むように紙片に切りつける。

 やがて紙片の文字が判別できなくなるくらい切り刻むと、思い出したように「こりゃ、いかん」と街道を走り出した。

 そのユーゴーを森の中から見つめる影があったが、手紙を書いた人物のことに気をとられていたのかその視線には全く気づいていなかった。


「ユーゴー、お前は必ず戻ってくる。そしてその時は俺の手で必ず殺す!」


 そう呟くと、影は闇に紛れるように消えた。





 ……ここで時は1マース(月)前に遡る。


 昼下がりの王都エイボリー・下3番街を男が一人歩いている。

 年は50シウ(歳)後半から60シウ前半くらい、ほとんど白くなった髪を後ろにきれいに撫で付け、そこらの住人が1イーズ分の給料をはたいても買えそうにないスーツを着て歩いていた。

 そんな男が、建物と建物の間にある人が二人通られるかくらいの路地に入っていく。


 下の街区でも比較的治安のいい3番街ではあるが、裏に入ればまだまだ犯罪の種は尽きまじと住民も重要な用がない限りは近づかない場所へ男は悠々と入っていった。

 それを目撃した付近の住民は路地に入った男が身包(みぐる)みはがされて放り出されると思っていたが、案の定路地の奥から男性らしき悲鳴がいくつも聞こえてきた。

「うぎゃっ!」

「あがっ!」

「げぇぇぇっ!」

『た、助けてくれ~』

 しかし、ほうほうの体で出てきたのは先程の男ではなく、裏路地の辺りをねぐらにしているならず者ばかりだった。

 それを見ていた付近の住民達は、世の中には彼らをいとも簡単に追い払う者がいるのだなぁと思うのと同時に、やはりあの路地へは入らない方がいいよねと再認識し合うのだった。


 ならず者を叩きのめしたその男は、何事もなかったように路地を奥へ奥へと進んでいく。

 いくつかの角を曲がり、さらに奥に突き当たった辺りに目的地はあった。

 レンガ状の壁に幅50セラ、高さ2リムくらいのドアが填まっていて、右の壁には細長い木でできたプレートがが張られている。

 プレートにはお世辞にもうまいとは言えないものの、何とか読める字で"ドラグネット"と書かれてあった。

 そして男は何のためらいもなく、ドアを開け中に入っていく。


 ドアの内側は意外と広い空間になっていて立ち飲み用の背の高い丸テーブルが幾つかあり、そこにさっきのならず者のような男たちがいて思い思いに酒を飲んで騒いでいた。

 男が中に入るとその身なりを見た男たちは一斉に動きを止め、入ってきた男を射殺すような視線を浴びせる。

 だが、入ってきた男はそんな視線をどこ吹く風と受け流して突き当たりにあるカウンターに進んでいくと、男たちは興味を失ったのかまた酒を飲んで騒ぎ始めた。


 男がカウンターまで行くと中にはバーテンダーらしき男がグラスやジョッキを磨いていて、近づいてきた男を視界に捉えるとまるで知己のように声を掛けてきた。

「よう、旦那。今日は何にします? ぺール? ウィスカ? あ、そうだ、ちょうど東の方から来た酒もあるんすよ~……」

 そんなバーテンダーの声を聞いていないかのように男は言った。

「ユーゴーは来ているか?」

「あ~、ユーゴー? ああ、あいつなら奥でメシ食ってるよ。でも、あいつがメシ食ってるところに声掛けたらとたんに機嫌が悪くなるからなぁ……」

 先程の相手の態度などまったく気にしていないようで、最初に声をかけたときと同じ口調で答える。

「別に構わん」

「そうですかぁ、んじゃこちらへどうぞ」


 バーテンダーはカウンターの中へ男を招き入れると、先に立って店の奥へ進む。

 それから1ミニ程歩くと目指す部屋の前に着いたが、その扉の前でバーテンダーが振り向き男に言った。

「悪いけど、ここから先は旦那一人で行ってくれ。それと中で何があっても自己責任でお願いしますよ」

「分かっている。別に奴と茶飲み話をしにきたわけではない」

「んじゃ俺は、店に戻ってますんで。終わったら声を掛けてくださいな」

 男はバーテンダーの言葉を聞いてないのか、何も答えずドアを開け中に入っていった。


「誰でい! 人がメシ食ってんだ、入るときはノックぐらいしろい!」

 男が部屋に入ると、奥の方にある丸いテーブルで食事を取っている男から苛立ちを含んだ怒声が飛んできた。

「食事中にすまないな、ユーゴー」

 全然すまなさそうな声で男が言うとユーゴーと呼ばれた男は立ち上がり、入ってきた男の方を向いて一礼した。


「これは"大佐"殿、こんな小汚いところへようこそ。もしよかったら、一緒に食事でもいかがですか」

 "大佐"と呼ばれた男はユーゴーの皮肉交じりの言葉にも動じず言った。

「いらん。ここへ茶飲み話をしにきたわけではない」

「そうですか、さすれば私めは食事に戻らせていただきます」

 ユーゴーは先程と同じ口調で返すと、部屋には他に誰もいないかのようにまた食事を取り始める。

 "大佐"は"大佐"でそんなユーゴーの態度に何の感情も示さず、テーブルを回り込んでユーゴーの前に立ち、彼の前に厚めの書類封筒を放った。

「次の任務だ、期間は3マース以内。人選および遂行方法は任せる」

 "大佐"は言うだけ言うと、ユーゴーを一瞥(いちべつ)すらせずに部屋を出て行った。

「何が任務だあの野郎いつも言いたいだけ言いやがって、いつか必ずグゥの音も出ねぇくらい殴り倒してやる」

 大佐が出て行った後で苛立ちも極まった感じで呟くと、目の前の料理を八つ当たりするかのごとく乱暴に平らげていった。


 バーテンダーがカウンターでグラスを磨いていると、奥から"大佐"が出てくるのが見えた。

「よう旦那ぁ、話は終わったのかい? 終わったのなら何か飲んでく?」

「いらん。邪魔をした」

 "大佐"はバーテンダーの方を向きもせず一言だけ言うと、入ってきたときと同じように店を出て行く。

 それから少し遅れてユーゴーが食べ終わった食器を持ってカウンターに現れたが、その顔はバーテンダーの予想通りひどく不機嫌そうだった。


「おう、カール、ごちそうさん」

 ユーゴーは不機嫌の元が去ったおかげで少しは気分がマシになったようだが、まだまだ不機嫌な表情をしていた。

 カールと呼ばれたバーテンダーはユーゴーがまだ機嫌を直していない事に気付いてはいたが、それに触れるとどんなとばっちりがくるか分からないのでいつも通りの軽い口調で話し掛けた。

「ああ、食べ終わったかい。んじゃ、食器は向こうの洗い桶に突っ込んどいてくれ」

「わかった」

 ユーゴーはカールに言われたとおりに食器を洗い桶まで持っていくが、カールの背後を通った瞬間カールの背中に緊張感が走る。

任務(しごと)が入った、今夜、メンバー全員を集めてくれ』

 通り過ぎざまにユーゴーは誰にも聞こえないくらい小さい声で、且つ彼らにしかわからない隠語で指令を伝えた。

「へぇへぇ」

 先程の緊張感はどこへやらいつも通りの軽い感じではあるが、ユーゴーにしか聞こえないくらいの声でカールが答えた。



 その日の夜"ドラグネット"にて。

 奥の部屋のテーブルには、ユーゴーとカールの他に男が二人と女が一人座っている。

 テーブルの面々を見回してメンバーが全員揃っていることを確認したユーゴーは、昼に大佐が持ってきた書類封筒をテーブルの真ん中に置いた。

「まずはその封筒から指示書を出してくれ、全員分あるはずだ」

 ユーゴーの分は既に自分で取り出してあり、他のメンバーが指示書を持った時点で説明を開始した。


「今回の任務(しごと)だが、西の国境線付近に鉄貫石の鉱山があることは皆知っていることと思う。ここ最近その鉱山の麓にあるアイマンの町から鉱山で働いている鉱夫が何の前触れもなく失踪するという事件が起きている。しかもそれは一件や二件ではないらしい」

「それって、この辺の貧民街からの出稼ぎ連中じゃねぇの。もし奴らなら仕事がきつくて逃げ出したことも考えられるんじゃないか?」

 いつもの軽い口調でカールが尋ねるが、ユーゴーはカールの発言に一つ頷くと説明を続けた。

「いや、訴えを受けた町役人も最初は他の街からの独身者が多かったのでそう思って取り合わなかったらしいが、そのうち家族持ちの鉱夫や隣国クライドから出稼ぎに来ているものまで消えたとなると話が違ってくる」


「いやしかし、クライドから来た鉱夫も同じように逃げたとは考えられないのか。あの鉱山の賃金は仕事の割りに安いと聞いている」

 次に意見を言ったのはグレーに近い金髪を短く刈りそろえた筋骨隆々な男で、頭の先からつま先までまるで岩を組み合わせたような体をしていて、その声も岩を擦り合わせた音のように低くしわがれていた。

「ロックハマー、君の意見も分かるがクライド側の町はこちら側よりも状況がひどく、北と西を峻険な山脈に囲まれ農地もろくに作れない場所だ。だから彼らが鉱山で稼げないということは彼らのみならず、その家族の死を意味することにもなるんだ。アイマンの鉱夫にしてもあちらよりはマシとはいえ似たような状況だ」

「なるほど」


「で、結局私達は何をすればいいの?」

 堪りかねたように口を開いたのは、立てば身長が170セラはありそうな美女で、切れ長の目と肩先より少し伸ばした真直ぐな黒髪がエキゾチックな雰囲気を醸し出している。

「メイベルか。俺達はアイマンの町で行方不明者の捜索と、裏で何が起きているか調査すること。あとこれは未確認情報だが、あの鉱山で魔鉱石が取れるという噂が流れている」

「魔鉱石ですって!?」

 メイベルは魔鉱石の名を聞いたとたん、端整な顔が一瞬にして怒りの形相に変わる。隣にいてその表情を見たカールが思わず逃げ出しそうになった。

「ああそうか、メイベル、君の家族は魔薬のせいで……」

 メイベルはユーゴーの呟きが聞こえたのか、すぐに落ち着きを取り戻しすこし恥ずかしそうに言った。

「ごめんなさい、どうも魔鉱石や魔薬のことを聞くと怒りを抑えられなくなる時があるのよ」

 それを聞いていた他のメンバーも、わかっているさと言いたげに頷いた。


「指示書に書いてあるんだけどさぁ、この前に鉱山経営してたのって、もしかしてユーゴーのお知り合い?」

 最後の一人、メンバーの最年少(といっても、20シウは越えている)で金色の短髪を逆立てている、すばしっこそうな青年が疑問をぶつけてきた。

「ああ、よく分かったなアーガイル。それは俺の叔父だ。でもそれは20イーズ(年)以上の話だ、それがどうかしたのか?」

 少し訝しげな顔をしたユーゴーに、アーガイルと呼ばれた青年は言った。

「いや、その叔父さんが経営していた時に、魔鉱石の鉱脈が見つかったって話は出てこなかったのかなって」

「ああなるほど、だがそういう話を聞いた事は無いな。でもあの生真面目だった叔父が鉱脈を発見すれば、王都にも知らせないはずはない思うのだが……」

「そうなんだ、それじゃ行ってみないとわからないってぇことだね。んで俺達はどう動けばいいんだ?」


「うむ、各自で準備を整えたらその足でアイマンにある"鉄龍亭"という宿屋へ向かってくれ。そこは表向きは宿屋だが、国が諜報活動の為に建てたものの一つでで調査に色々と便宜をはかってくれるだろう。ただし"鉄龍亭"の主人と番頭以外は地元で雇った従業員なので注意してくれ」

 ここでユーゴーは一旦話を止め、皆を見回して再度口を開いた。

「それから君達のことは既に"鉄龍亭"に直通の魔石送信で通達してあるから、受付で名前を言えばアイマンで就く仕事の詳細が書かれた封書を出してくれる。皆はそれに従って持ち場についてくれ、以上」

 ユーゴーから終了の言葉が出ると、皆一斉に指示書を捻り上に放り上げる。

 すると、放り上げた指示書から突然火が吹き出し、一瞬で燃え尽きた。



 2ダイ(日)後の午後、ユーゴーはアイマンへの街道を急いでいた。

 おそらく他のメンバーはあの日の晩か翌朝早くには出立しているはずだが、ユーゴーは確認したいことがあったためある場所へ寄っていて出立が遅れたのだ。

 王都からの街道をアイマンへあと少しの辺りにあるゆるやかな上り坂で、突然女性の悲鳴が上がった。

「いやー! 放して!」

 声がした方へ目を向けると50リムほど先の上り坂の頂上付近で、18~19シウの少女が2~3人のならず者らしき男達に猿轡をかまされ連れ去られようとしていた。

 さらにその5リム先には彼らが乗ってきたであろう馬車が止まっており、行きずりの犯行には見えなかった。


 助けたいのはやまやまだが、目立つことは避けたかったのでどうしようかと思案していると、300リム後方に巡回警吏らしき二人連れが見えたので彼らが到着するまでの時間稼ぎをすることにした。

 ユーゴーはまず道端で指先大の小石を幾つか拾い、街道沿いの森に入った。

 そして、相手がこちらに気がつくかくらいの距離で馬車に向けて小石を指で弾き、彼らから死角になる位置で様子を見る。

 小石が馬車に当たり音がすると、男達も一瞬動きを止め周りを見渡し始める。

 しかし周りには誰も居らず、訝しげな顔をして作業を再開しようとするところへ(きこり)の格好をしたユーゴーが出ていった。

「こら~! 大の男がよってたかって娘さんに何をしてるだ~!!」

 と、いかにも田舎者といったしゃべり方で男達に向かって走り、少女との間に入る。

「なんだぁ、てめぇは! 俺達の邪魔をしようってのか!?」

 男達も最初は面食らうものの、出てきたのが野暮ったい田舎者の男一人だったので与し易いと思ったのか嵩に懸かって凄んできた。


 ユーゴー自身はここにいる程度の連中なら1ミニ以内で十分倒せるのだが、ここでけが人や死人が出ると今後の任務にも支障をきたす可能性もあった。

 それに何より背中で庇う少女にそんな場面を見せたくないと思ったので、正義感で出てきたものの凄まれて萎縮してしまった田舎者を演じることにした。

「いや……、あの~なんだぁ、後ろにいる、む、娘さんが、さ、さらわれそうに見えたものだで……」

「なんやとコラぁ! もういっぺん言ってみろや!!」

「今すぐ死んでみるかぁ!!」

 こちらが萎縮していることをいいことにさらに嵩に懸かってきた男達に怯えたふりをしつつ、横目でちらりと自分が来た方向を見ると先程見た警吏が視界に入ってきた。

 ユーゴーはちょうど頃合と目の前の男を蹴飛ばし、聞いた者の耳が痛くなるような大声を上げた。

「巡警さ~ん! こっちに人(さら)いがいるだ~、助けてくれろ~!」

 こちらに気付いた警吏も、同じように声を上げて近付いてくる。

「おう待ってろ今すぐ行くから、もう少しの辛抱だぞ~!」


「まずいな、引くぞ」

 馬車の御者席に乗って何も言わずこちらの様子を見ていた男が、警吏が近づいてくるのを見て他の男達に撤退を促した。

「ちっ、運のいい野郎だぜ」

「くそっ、憶えてろ!」

 次々と悪態をついて男達が慌てて馬車に乗り込むと、あっというまにアイマンの方へ走り去り、警吏が駆けつける頃には馬車の姿は見えなくなっていた。


「いやぁ危なかったね、二人とも怪我はなかったかい?」

 警吏の一人が心配そうに尋ねてきた。もう一人は何も言わないが、こちらを心配そうな目で見ていた。

「いやぁ、オラは別に散々脅されたけど怪我はねぇです」

「私も、猿轡をかまされただけで他には何も」

 二人の答えを聞いた警吏は安心したように言いつつ、こちらの行き先を聞いてきた。

「そうかぁ、それはよかった。ところで君達はどこへ行くつもりなんだね」

「オラはアイマンの鉱山へ知り合いの伝手で出稼ぎに」

「私は、アイマンの鉱山で鉄貫石の精錬技師をしている父に会いに行くところでした」


 思いがけず足止めを食らい一刻も早くアイマンへ急ぎたいユーゴーだったが、ここを無理に離れて不審に思われても困るので恐る恐るといった風情で先程の警吏に尋ねた。

「あの~すみません、巡警さん、悪いけんど先に行かしてもらっていいべか? 夕方までに着かないと仕事がもらえなくなるかもしんねぇんで」

「あぁ、すまないな。わかった、もう行っていいよ。でも、もしかしたら後日に今日の話を聞かせてもらうかもしれないから、名前と連絡がつく場所を教えてくれないかな?」

「ああ、オラはナナシっていうだ。それと、アイマンにある"鉄龍亭"の主人が知り合いだで、そこへ言っといてくれたらいいだよ」

 ユーゴーの名は裏ではいささか通ってはいるものの、表では殆ど知られてはいない。

 ゆえに自分の名をこんな田舎の警吏が知っている事もないだろうと思ったが、念のため今回使う偽名を名乗った。

「わかった、それじゃ気を付けてな」

「お世話を掛けましただ、んじゃ失礼しますだ。娘さんも道中気を付けてな」

 警吏と少女に挨拶をすると、アイマンに向かって足早に歩いていった。



 ユーゴーがアイマンの町に着いて"鉄龍亭"に顔を出したのは夕方、それももう日が暮れかけて夜の帳が下りようかという時間だった。

「すみませ~ん」

 帳場で声を上げると、奥から「は~い」と声がして従業員らしき女性が走ってきた。

「いらっしゃいませ、こんにちは。どうもお待たせいたしました。えっと、ご予約の方ですか?」

「へぇ、ナナシで予約していると思うんだべが……」

「少々お待ちください、ナナシ様ですね、はい承っております。それからナナシ様宛にお預かり物がございます」

 予約の帳面からナナシの名を確認したあと、帳場の引き出しから封書を取り出してユーゴーに渡した。

「へぇ、確かに受け取りましたでごぜぇます」

「それからナナシ様のお部屋は3階の301号室になります。こちらは部屋の鍵です。お部屋は3階の左側の突き当たりになりますが、もし分からなければ階段の脇に案内板がありますのでそちらを見てください。

 それから、この宿では食事が出ないので、おなかが空いたなら向かいにある酒場兼食堂の"虎鉄屋"へ行って食べてきてください。もちろん有料ですが、ここの宿泊客なら部屋の鍵を見せれば2割引で飲食ができます」

「わかりました、んじゃ失礼しますだ」

 女性に一礼すると、のっそりと階段へ向かっていった。


 ユーゴーは部屋に入ると窓のカーテンを閉め、早速部屋の中を調べ始めた。

 いかに諜報機関が建てたものとはいえ、人の出入りの多い宿では誰が何を仕掛けているかわからないからである。

 小一時間も調べてみたが特に何も出なかったので、改めて受け取った封書を開けた。すると中には仕事内容が書かれたものと職場への紹介状の2通が入っていた。

 封書の中身を見たユーゴーは一瞬呆気に取られたが、ふう、とため息ひとつ()いて紹介状を抜いた封書を捻り放り上げると、いつぞやの指示書と同じ様に灰も残さず燃え尽きた。



「さて、腹ごしらえでもしてくるか」

 部屋の戸締りをして宿の外に出ると、向かいの"虎鉄屋"は仕事帰りの鉱夫やこの町を経由して旅をしている者達で賑わっていた。

 中に入ると4人掛けのテーブルが10脚ほどあり、およそ8割がた埋まっていた。

 突き当たりは厨房と直結したカウンター席となっていて、できたての料理を料理人の手ずから渡されるのでいちばんいい状態で食べられることもあり、席も満杯だった。

 ユーゴーもグルメというわけではないが、料理はいちばんうまい時に食うべしという持論を持っていて、こういった場所に来ると必ず厨房からできる限り近いところに座ることにしていた。

 できればカウンター席が良いなぁ、と店内を見るとたまたま料理人から近い場所の席が空いたので、周りに気取られない程度の早足でカウンターに向かう。


 席に着くと女給が注文を取ろうと足早に近づいてきた。

「いらっしゃいませ、こんばんは。ご注文はお決まりですか?」

「じゃあ、ペールを大ジョッキで。今日は何がおすすめなんだべか」

 問われた女給は少し小首を傾げるが、すぐに笑顔に戻って答えた。

「そうですねぇ、今日は岩鱒の揚げ物の酢漬けと角猪のベーコンとキャベツの煮込みですねぇ」

「それじゃぁ、二つともいただきますだ」

「ありがとうございます。岩鱒の酢漬けとベーコン煮込み、入ります」

 こちらに軽く頭を下げ、厨房に向かって注文を伝えた。

「それじゃ、先にペールをお持ちしますね」

 またこちらに向き直ると先に飲み物を持ってくることを告げ、奥に入っていった。


「お待たせしました、どうぞごゆっくり」

 女給からペールのジョッキを受け取ると、ユーゴーは料理が来るまでの時間つぶしとばかりちびちびとペールを飲み始める。

 前の厨房からは何かを揚げる音や炒める音、それらと大鍋で煮込まれているスープの旨そうな匂いが漂ってきて、自己抑制の修行を積んだユーゴーですら抗いがたい空腹感に襲われていた。


「はい、お待たせいたしました」

 ペールをちびちび飲んでいると、頭上から料理が上がった旨の声がしたので料理を受け取るべく厨房に目を向けると、そこには料理を持ったカールが立っていた。

 カールの表情から察するにたぶんこちらは気付かずに驚いて目を見開いたのだろう、イタズラが成功したような子供のような顔をしていた。

「あ、ありがとうごぜぇます」

 少々ばつが悪かったが、ここで声を上げるわけにもいかず笑顔を取り繕って料理を受け取る。

 ユーゴーが食べ始めると、こちらの性格を知ってか食べ終わるまでカールが一度も話しかけてこなかった。

 もっとも、夜の書き入れ時だったために忙しくてこちらに来る暇がなかっただけかも、だが。


 ユーゴーが食べ終わって食後の一杯を飲んでいると、カールが話しかけてきた。

「よう、お客さん、見ない顔だけど出稼ぎかい?」

「ああ、そうだべ。明日から3マースほどだけど知り合いの伝手で石を掘りにきたんだべな」

 カールがユーゴーを一見の客として話しかけてきたため、ユーゴーもそれに合わせて話を続けた。

「へぇそうかい、でも最近鉱山で人が消えるって話だぜ。なんでも前日まで鉱山で穴掘ってた奴が、次の日煙のように消えちまったんだと、荷物も残したまんまで」

「ほえぇ、んだば神隠しにでもあったとでもいうだべか」

「さぁ、そこまでは分からないけど、あんたも気を付けた方がいいって話さ」

「そうかい、それはご忠告ありがとうごぜぇやす。んじゃオラはそろそろ宿に帰るで、勘定を頼むだ」

 ユーゴーは勘定を払うため立ち上がろうとしたが、飲みすぎたのか席から降りた瞬間ガクッとその場でへたり込んでしまう。

 慌てて駆け寄るカールの手を借りて何とか立ち上がったが、どうも一人では歩けそうになくカールの肩を借りてよろよろと店を出て行った。


「悪いな、カール。すまんがこのまま"鉄龍亭"まで連れて行ってくれ」

 周りの人間には聞こえない程度の声で話すと、分かったという返事の代わりにカールがことさら大きな声で言った。

「ったくよ、何で俺が酔っ払いを送っていかなきゃなんねぇんだ。あんた今日は2割引は無しだかんな」

 ユーゴーもカールの調子に合わせるように謝罪の言葉を述べた。

「ああ、あんたにも悪いことしちまっただな、あとで勘定に心付けでも付けて一緒に払うべぇ」

 二人はもつれるように"鉄龍亭"に入っていった。



 "鉄龍亭"では主人(あるじ)らしき初老の男が帳場で事務仕事をしていた。

 入り口から誰かが入ってきたような気がしたので見てみると、二人の男がもつれるように入ってきた。どうやら向かいの従業員と酔客のようだ。

 帳場から二人を見ていると、従業員の方がこちらに気付き声を掛けてきた。

「あ、ステイの旦那ぁ、ちょっと手を貸してくれませんかね」

「ああカールじゃないか、どうしたんだい。おや、こちらのお客様は……」

 ステイと呼ばれた男はユーゴーの顔を見てどこかで見たように思ったが、思い出そうとした矢先にカールの声で思考を中断させられる。

「そんなのは後でいいから、旦那も肩を貸してくださいよう。いい加減疲れちまったよ」

 ステイはカールの態度に半ば呆れながら、しょうがないねぇ、と酔客に肩を貸した。

「おおっと、これでは部屋までとても行けそうにないねぇ。おいカールよ、もう一頑張りしてそこの応接室まで運んでおくれ」

 酔客の酔い具合からとても部屋まで戻れないと見て取ったステイは、カールに帳場の奥にある応接室まで連れて行くよう指示した。


 応接室には2人掛けのソファーが1脚と1人掛けのソファーが2脚あり、2人掛けのほうへ酔客を寝かせるとすぐにいびきをかき始めた。

「カール、悪いが水を入れてくるから、それまでそのお客様を見ててくれないか」

「ああ、いいですよ」

 ステイはカールの返事を聞くと、一つ頷き水を取りに出て行った。


「おい、ユーゴー、もういいんじゃないか?」

 応接室に2人以外誰もいなくなったのを見てカールが話し掛けると、酔って寝ているはずのユーゴーがムクっと起きた。

「ステイマンには迷惑をかけてしまったな。ところでカール、他のメンバーはどうした」

「ああ、ロックハマーは鉱山の治療院で整体師をしてる。メイベルは鉱山事務所に事務員として、アーガイルはここの臨時従業員をしているよ。アーガイルなんか、宿の仕事が思ったよりきつかったらしくてウチでこぼしてたよ。今頃は疲れて寝てるんじゃないのかな」

 最初は真面目な顔で話していたカールだったが、アーガイルのくだりになるとニヤニヤした顔になっていた。

「それで、メンバー同士の連絡はどうしている?」

「一応はウチの店で付けるということになっているけど、従業員もいるしあまり込み入った話はできないしなぁ」

「まぁ、集まるのは俺の部屋でいいだろう。ここの3階の左端の部屋だ」

「わかった、連中には俺から伝えておくよ。それでいつ集まる?」

「では、明日以降の日付が変わると同時で」

 ここまで話ができたところでドアがノックされ、水を持ったステイが入ってきた。


「おいカール、お客様の具合は……」

 と言いながらステイが入ってきたが、先程まで酔って動けなかった客が起き上がっているのを見て言葉が途切れ、少し目を見張る。

 そして、ステイが次の言葉を発する前に、ユーゴーが立ち上がって一礼した。

「お久しぶりです、ステイマン・オーバーナイト。ユーゴー・ドラゴネストです、憶えておられますか」

 先程から記憶の底にあるが、それが何なのか全くわからなかったステイはそれが奥から出てきたような気がした。

「そうかお前さん、ヒョウゴ・リュウガミネの甥のユーゴだったのか。いや道理で見た事のある顔だと思っていたのだが、そうかあれからもう20イーズか……」

 横で話を聞いていたものの、いまいち話についていけないカールが聞いた。

「え~と、ユーゴーとステイってお知り合い?」

「ここの鉱山はもともと俺の叔父が経営していたことは知っているだろう?」

「ああ、先日聞いたけど……」

「子供の頃、ウチの親父に連れられて修行のためにここへよく来てたんだ。それで泊まる際はいつもここでね、その時からの顔見知りさ」

「なるほど、それで」

 カールがさらに質問を重ねようとしたが、ステイがソファーに座って口を開きかけたので、そこで一旦口を閉じた。


「それはそうとユーゴ、お前さんたちはここへ何をしに来たんだね? 一応、頼まれた就職の斡旋はしたが、それ以上は聞いていないのでな」

 ユーゴーはステイの言葉に一瞬呆れたが、たとえ協力者であっても作戦の内容を話さないことがあることに思い至りおおまかな内容を話した。

「やはりあの件か。しかしあれは鉱夫の同僚や家族からの訴えばかりで、鉱山の方からの訴えはないのでな、役人や警吏も調査に入れず手を(こまね)いている状態だ」

「それで俺達にお鉢が回ったってわけか」

 と、カールがユーゴーが相槌を打つ前に口を開き、結局それが解散の合図になった。

「そういうことだ、ではカール、集合の件は他の連中にも知らせておいてくれ。それからステイ、302号室と201号室にはしばらく客を入れないでもらえますか、無論料金は3部屋分払いますので」

「オッケー」

「わかった、しかし2部屋分の料金は"大佐"に請求しておくから、宿代はお前の部屋の分だけでいい」

 ユーゴーの話にカールとステイが同時に答えた。


 ユーゴーは応接室を出て"虎鉄屋"へ戻ろうとするカールを呼びとめ、自分の財布から幾ばくかの紙幣を取り出しカールに渡した。

「これはさっきの食事代だ。もし釣りが出たらカールが持っていて、従業員同士で呑む時にでも使えばいい」

「ああどうもすみません、お客様。では、ありがたく頂戴しておきますです。どうもありがとうございました、またのご来店をお待ちしております」

 カールは金を受け取ると、大げさに頭を下げ"虎鉄屋"へ帰っていった。



 出て行くカールを見送り、さて自分も寝るか、と思ったところにステイから声が掛かった。

「お前も明日から仕事があるのにすまないが、またこっちに来てくれるか」

 ユーゴーはまた何だろうと思いながらも、先ほどまでいた応接室にまた入っていった。

「どうしたのですかステイ、何か言い忘れていたことでも?」

「うむ実はな、今回の件についてだが、ユーゴよ今の鉱山のオーナーを知っているか?」

「ああ叔父の死後、この国でいくつもの鉱山を経営しているオラクル社が買い取ったと聞いていますが」

「そうだ。ではオラクル社のオーナーは?」

「いや、そこまでは……」

「ここの領主でもあるジラール辺境伯がオーナーになっている。がそれは表向きの話、真のオーナーはクーデターにより失脚した前王の第1王子ゴルディアス・"シルヴァリオ"・アーケイオス殿下という話だ。つまりお前たちは下手をすると前王を相手にしなければならん、ということだ」

「何と……」

 クーデターで追い落とされたとはいえ、王侯貴族としての力が完全になくなったわけではなく、むしろ見えなくなっただけ現在どのくらいの力を保持しているのか見当がつかず困惑するユーゴーだった。

 相手の大きさに絶句するユーゴーを見て、ステイはことさら気楽な口調で話し掛ける。

「まぁ別に王族とけんかしろといっているわけじゃない、ただいつもよりも慎重にいけということだ」

「わかりました」

「それじゃわしはこれで失礼するよ、ユーゴ明日は早いんだ早く寝ろよ」

 ユーゴーの返事に満足したのか、ステイは一言言い置いて応接室から出て行った。

OPイメージBGM: 映画「赤い眼鏡」よりメインテーマ

https://www.youtube.com/watch?v=BnjJTQYv5eo

一応、曲を聞けるアドレスを載せましたが、もしこれがアウトならご一報よろしく。削除いたします。


 流す場所は、オープニングアクトと1ヶ月前に戻る間の空白のあたり。もしくはユーゴーが森の中を駆け抜けているときでもいいかも。



 変更点:"大佐"の見た目を"40歳後半から50歳前半くらい"から"50歳後半から60歳前半くらい"に変更。それに伴い髪の色も"白いものが混じった"から"ほとんど白くなった"に変更しました。(2015/11/16)


 変更点:"ドラゴネスト流斥候術は~"の解説文を、ユーゴーの一人思いの形に変更。それに伴い次の段落を一部変更しました。(2016/4/26)


 変更点:王都に名称を付けたので追記しました。(2017/1/23)

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