遥かなる隣人
その日、私アーサー・ルーが所長を務める宇宙知的生命体捜索研究所は、嘗て無い程色めき立っていた。
そう、遥か別銀河の彼方から我々に向けて、その存在を示すメッセージを送ってきたのだから、大騒ぎにならない訳が無い。
何度も何度もこちらから宇宙の最果てに向け送り続けた電波メッセージ、それにようやく答えてくれたのだ。
これは地球史始まって以来の大きな事件であり、世界的に特別な意味をもたらす事だろう。
彼らの意はまだ解明されてはいないが、人類にとっては大きな一歩である事に変わりない。
私はその日マンションに帰り、まず妻を抱きしめてこの喜びを伝えた。
妻も我が事の様に喜んでくれている。それもそうだ、人類に、地球人にやっと念願のお隣さんが出来たのだから。
私も妻も舞い上がってしまい、友人知人を呼び、ささやかながらホームパーティーを開いた。
無論、皆にはその旨を知らせず、重大な発表があるとだけ告げての招待だ。
この一大事件の発表で皆を驚かせてやろうと、大きなサプライズを皆に与えようと思ったからである。
私の大事な友人達、そしてお世話になっている知人達。
皆一様にこの集まりの趣旨を尋ねてくる。しかしそれは最後のお楽しみだ。
その時が来るまで、どうか目の前のご馳走に舌鼓を打ち、美酒に酔いしれて頂きたい。
さて宴も酣になった頃合だ、私は一つ咳払いをして皆を前に凛々しくポーズを決め、注目を誘った。
「えー皆様、そろそろ今宵お集まり頂いた旨について、僭越ながら発表させて頂きたく思います。さて、私が勤めております研究所、どの様な場所かはもうご存知でしょう。そして今宵、満を持しての発表。感の良い方はもうお気づきでしょうか」
一様に顔を見合わせてあれこれと詮索するゲスト達、中には口に手を当て驚きの表情を見せる者も見受けられる。
そのざわめきが次第に驚愕を帯びた声に変わる。そう、今がまさに発表の頃合だ。
私は大きく深呼吸をして今まさに歴史的事件を伝えようとした、その時だった。
突然場の空気を壊す軽快なインターホンの音が、部屋に響き渡ったのだ。
誰か来た事は理解できた、しかし招待した者達は皆この場にいる。一体誰だろう。
その時私の脳裏にふとある考えが浮かんだ。
三流SF小説だったか、宇宙人の存在を知った若者が、政府のエージェントによって暗殺されんとする
そんな陳腐な物語。そんなバカな話は無いだろう、だがあながち無いとも言い切れない。
私は静まり返る客達の合間を縫って、恐る恐る玄関へと向かいドアを開けた。
「すいません、アーサーさん。ちょっとうるさいので静かにしてもらえませんか?」
むっすりと眉間に皺を寄せたパジャマ姿のお隣のご夫人が、そう言い捨てると、私を一瞥して自分の棲家へと戻っていった。
私はホッと胸を撫で下ろすと同時に、皆に申し訳なく苦笑いを浮かべながら、首をすくめるポーズをとった。
「あー、これは飛んだハプニング。どうやら絶妙の発表の場を失ってしまったようだ。オホンッ。えー、皆さんもお気付きの通りです、我が人類にとって始めて地球外知的生命体とのコンタクトが現実のものとなりました。そうです、我々地球人の遥か彼方にお隣さんが出来た訳です。これは非常にめでたい事実であり重大な事件です。……ですがすごく近くのお隣さんにはどうやら嫌われてしまった様子ですね」
来客達は笑顔で拍手と感嘆の声を上げようとしたが、私はお隣さんを気遣い『お静かに』という手振りを見せ、皆に一礼した。
それでも皆は感動と驚きを隠せず、興奮交じりのざわめきで、人類史の新たな一ページを喜んでくれた。
それから数日後、私は一抹の不安を抱いたいた。
その原因は定かではないが、嫌な予感だけが時折私の脳裏に見え隠れするようになっていたのだ。
だがそんな不安も打ち消してくれる事がこのあとに待っている。
そう、あの果てしなき遠くに住む隣人達のメッセージの解読結果がそろそろ報告されて来る筈なのだ。
「所長、あの……」
「どうしたのかね?メッセージは解読できたのかね?」
「はい、ですが……」
「なんだというのだ、早く見せたまえ」
私は出来上がったばかりの解析結果のレポートを奪い取り、逸る心で目を走らせた。
『遠くの星の隣人へ、電波がうるさいので静かにしてもらえませんか』
私の嫌な予感はこれだったようだ。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。