第61話~白蛇さんが召喚契約してくれました~
トルヴァさんに課された遺産相続試験、筆記も実技(?)も無事クリアした私は、再びテニスコートくらいの広さがある転移陣の間に戻っていた。
ここには転移陣しかないから、もう一回陣にのって別の場所に移動するんだろうな…何回転移を経験してもグニャ~ンな感覚になれないよ、トホホ。
無言でトルヴァさんの後についていくと、なぜか彼は壁の方へと歩いていく。
扉も何にもないレンガ造りっぽい壁だ。
何するんだろう、と思いながら黙って見ていると、彼はおもむろに片手を壁にあて何やらブツブツと小声で呟き始めた。
壁にトルヴァさんの魔力が少しずつ流れている。
「あっ…」
思わず声が出ちゃった。
だってトルヴァさんの魔力に呼応するかのように、壁に光る線が現れたのだ。
光る線は直線を描き、縦長の長方形になった。扉のような形になった光る線の内側が黒くなり、ぽっかりと壁に穴があいた。
穴の先は真っ暗で見えない。
おおうっ、まるで天空の城ラピュ〇に出てくる一場面みたいだ。
目が、目がぁぁ~の大佐がカマの底に侵入するときのよう。
ポカンとみっともなく口を開けている私をよそに、さっさと壁の穴へと進む晧蛇族さん。
真っ暗なので、魔法かなんかで照らしてくれるのだろうかと思いきや、フッと姿が消えてしまった。
えっ、ちょ、なんで?
なんだかよくわからなけど、おいて行かれてはイヤなので、慌ててついていく。
扉の形に空いた壁穴へと進むと、一瞬グニャ~ンな感覚がしたので思わず目を閉じてしまったが、気持ち悪いと感じる間もなく直ぐにグニャ~ンはおさまった。
瞼越しに明るさを感じて瞑っていた目を開いてみる。
真っ先に視界に入ったのは、細かい金粒を纏った白く輝く大きな球体。
キラキラとしていてとてもキレイだが、なんか見たことがあるような…って、これ、ギルガと落下した時に拾った白石にそっくりだよ。大きさは全然違うけどね。
よくよく見てみると、大きな金粉白石は台座に乗せられているわけでもないので、浮いている状態なのだろうか。
金粉白石の真下の床には大きめの魔法陣が描かれている。
トルヴァさんは、その魔法陣のすぐ傍に立っていた。
「これはメアリーの力の結晶。この亜空間の源。ユリーナの魔力をこの結晶に注ぎ同調させれば、メアリーの残したもの全てがある、この亜空間ごとユリーナのものとなる」
「この亜空間…?ってことは、今、私たちがいるのはヘアグってわけじゃなく、何処か別の亜空間ってことなんですか?」
「そうだ。ここはメアリーの最高傑作にして遺産の保存場所である特別空間。外界と切り離されている場所であり、結晶に魔力を同調させた者のみ転移で入ることができる。秘密保持に適しているのだ」
「なるほど…」
トルヴァさんは私を促すように体の向きを少し変え、顎をしゃくった。
歩を進め、結晶の真下の魔法陣手前まで来て、トルヴァさんの隣に立つ。
「ここから魔力を注ぐんだ」
トルヴァさんが指し示したのは魔法陣の外周の一部分。
そこには小さな魔石が埋め込まれていた。
軽く頷き、屈んで魔石に触れ、自分の魔力を指先に集中させる。
すると、ズワッと魔力が魔石に流れていった。その流れのままに魔力を注いでいく。
注いだ魔力量に比例するように、魔法陣が徐々に光を帯びて輝きだした。
魔法陣の中心部から光の柱が立ち、結晶に吸い込まれていく。
これ、かなり魔力もっていかれてるな。
さっきトルヴァさんと戦って魔力使ったし、そろそろマズイなぁ。
こんなに魔力使うなら、魔力回復薬を使っておけばよかったよぉ。
「あの~、まだ魔力必要ですかね?ぼちぼち辛くなってきたんですが…」
魔力を注ぎながらチラリとトルヴァさんを仰ぎ見る。
彼の視線は結晶から動かない。
「あと少しだな。途中で止めると、また最初からやりなおしだぞ」
「えっ、じゃあ、頑張ります」
あと、ひと踏ん張りだと自分を鼓舞して注ぎ続けていると、結晶のキラキラが増し、ひときわ明るく輝いた。
その直後――――
「……あっ」
この特別亜空間と自分が繋がったのを感覚で理解した。
この亜空間は、ヘアグと時間の流れはリンクしているけれど、亜空間内の時間は止まってしまう。物の劣化や、生物の老化がおこらない。亜空間内で行動はできるけれど、うっかり何十年も亜空間内にいた後に外部へ出ると玉手箱を開ける前のウラシマさん状態になってしまう。
外界と切り離されている状態は、闇の帝団で捕らえられていた時に監禁されていた封魔牢に似ている。
でもここは封魔牢なんかと違ってメアリー様渾身の特別空間だ。亜空間内に数々の場所が存在しているのが解る。
ペーパーテストをした場所は書斎。
戦闘テストをした場所は鍛錬場で、戦闘能力を鍛えたり基礎体力作りをしたりする以外にも魔道具などを試したりする場所でもある。
他にも魔道具研究や開発をするための実験室、魔道具などを作るための素材をしまってある倉庫、寛ぐための寝室付き居住空間、トルヴァさんが眠っていた特別空間など。
全ての場所が転移陣で行き来できるのだ。
ただ、トルヴァさん用の特別空間は更にもう一つの空間があって、そこはトルヴァさんじゃないと入れない。どうやらコールドスリープ状態になる空間らしく、私に召喚される前まではここにいたんじゃないかと思う。
魔石に触れていた手を離し、ゆっくりと立ち上がる。
「この時より、ユリーナは正式にメアリーの後継者となった。行く末を見守るためにも、我は貴様の、いや、其方の召喚魔となろう。血を出せ」
さっき、貴様呼び止めてといったのを覚えててくれて何よりだわ。
だがしかし血を「出せ」とは。横柄なのはデフォかい。
「トルヴァさんは、それでいいんですか?召喚契約って、特別な繋がりだと思うんですけど、安易に決めて後悔しません?」
「無神の魔力をもち、メアリーの後継者となったユリーナは我にとって特別な存在だ。それに其方は召喚魔だからといって理不尽に利用したり居丈高な態度になったりはしないだろう?」
「へ?それは、そうですよ。頼りにすることはあるかもしれませんが、利用なんてとんでもないです!召喚契約は、主従契約でも隷属契約でもないですし!」
声を荒げて否定する。
そりゃあね、ゼウォンやレギやルーシェに助けてもらったり迷惑かけちゃうこともあるよ。
でも、私にとって大切な仲間がたまたま魔物で召喚契約してくれただけだ。
「ならば問題なかろう」
そう言って、トルヴァさんは人型から魔物型になった。
白く輝く大蛇が鎌首をもたげ、金の瞳でこちらを見る。
まあ、トルヴァさんがいいなら私に否はないけどね。
自分の亜空間道具袋から小さいナイフをとりだして、指先を少し傷つける。
私自身の魔力量は残り少ないけど、召喚契約は受け入れる側の魔力は殆ど使わないから回復薬は飲まなくても平気だろう。
ぷっくりと滲んだ血を、大蛇の二股に裂けた舌にチョンと乗せた。
トルヴァさんは、ゼウォン達と契約した時と同じようにヘアグ共通語以外の言葉で、彼の主神である“水の神”に誓いをたてる。
左腕の一部が熱くなった。
確認のために服の中を覗くと、ゼウォンの契約印の真下に白と黒と金を織り交ぜたキラキラと美しい色合いの、蛇を象った紋章がある。
おおおぅっ。
これもまた素敵な印ですね。
右腕には南の金魔と東の銀魔、左腕には西の銀魔と北の金魔。
私の腕、一段と派手になったな。
しげしげと自分の腕を見ていると視線を感じたので顔をあげてみたら、トルヴァさんがジッと私を見つめていた。
な、なんでしょうかね?
キラキラしてキレイな白蛇だけど、大蛇にガン見されても怖いだけだしっ。
平静を装いながら内心ビクついています。召喚契約しても怖いもんは怖い。
「あ、あの。契約してくれてありがとう、ございます。えっと、何か問題でも?」
「……ユリーナにとって、召喚魔は“友達”なのだったな?」
私から少し視線を外したトルヴァさんが、小声で問いかけてきた。
召喚魔は友達。確かに私、そう言ったし、事実レギとは友達だ。
「そうですね」
私が肯定すると、白大蛇さんは舌先を少しチロチロ出し入れして「そうか」と呟いた。
「その、なんだ、ユリーナと友達というのも悪くはないかもしれん。我は召喚魔だからな、力にはなってやるぞ」
なぬーーーっ?!
まさかトルヴァさんから「力になってやる」なんて言われるとはっ。
まさかトルヴァさんから「友達」認定されるとはっっ。
まさかのツンデレ?ツンデレの白大蛇、誰トクですかーっ?!
衝撃のあまり固まっていると「不服なのか?」と尻尾をビタンビタンと軽く床に叩きつける白大蛇。
「不服なんて、とんでもないっす!何て言うか、あの、友好的に接していただけるのに些か戸惑ってしまったというか、いや、もちろん嬉しいですよ?!」
「そうだろう、嬉しかろう。我は北の金魔でも族長に近しい力があるからな。光栄に思うといいぞ」
あ、やっぱりトルヴァさんだ。俺様何様トルヴァ様だよ。
エラそーな態度の方がなんとなくシックリきちゃうよ。
ってゆーか、族長に近しいって、トルヴァさんって凄いんだね。
「トルヴァさん、早速ですけど私、ラギュズに対抗できる方法のヒントか何かを調べたいので実験場に行きますね」
「移動方法はわかるか?」
「はい。結晶が光って、この亜空間の継承が出来た瞬間に把握しました。転移陣がどこに繋がっているかも解ります」
「そうか、気の済むまで調べるとよい。我は倉庫に行くから何ぞ問いたいことがある時は倉庫に来い」
人型に戻ったトルヴァさんと共に転移陣の間に戻ると、互いにそれぞれの目的場所へと繋がる転移陣にのった。
転移の気持ち悪さに耐えて着いた先の実験室は、結構広い場所だ。軽く20畳はありそう。入口(と言ってもドアなんてないから入り転移陣か?)から見て右側の壁一面は天井付近まで埋め込み型の本棚になっていて、製本されている分厚い本や、ただの紙の束みたいなのや、木簡みたいな薄い木の板を積み重ねて束ねたものなどが沢山納められていた。
書斎にも結構な量の本があったけど、この亜空間にいったいどれだけ書籍類が貯蔵されているんだろう?
そんな疑問を抱きつつ視線を右壁から離す。
部屋の中央には広めのテーブルが3台ほど等間隔においてあり、真ん中のテーブルには天秤っぽいものや掻き混ぜ棒のようなものとかフラスコやロートのような容器とか、なんか理科の実験道具みたいなものが置いてあった。
左側の壁も埋め込み型の棚になっていたが、書物以外にも得体の知れない物体が多数置いてある。パッと見た限り同じ形状の物体はないが、一体何に使う物なんだろうと興味を惹かれた。
左壁の棚に近づき陳列(?)されている物のひとつに目をとめる。
それは5cmくらいの厚みで30cmくらいの楕円形状の物体で、一見すると円形クッションみたいだ。どんな質感なんだろうと手に取ろうとして、止めた。
一体何なのか分からない物に、むやみに触れたら危ないよね…?
得体の知れない物体はスルーして、その隣に無造作に置かれている紐で綴じられた簡素な紙束を手に取り読んでみた。
「これって…魔道具の作成書?」
そこに書かれていたのは、風の魔力を使って集塵する道具、つまりは掃除機のような道具の作り方だった。
今しがた触れようとして止めた円形物は、どうやら掃除機もどきの試作品のようだ。
「へ~…、魔道具ってこんな風につくるんだ」
未知の知識である魔道具作成方法に俄然興味を惹かれてどんどん読み進めてみる。メアリー様はどうやらル○バっぽいお掃除ロボット的な魔道具を目指していたようだが、勝手に目的を遂行してくれる自立型の道具というのは難しいようだ。トライ&エラーの過程が殴り書きで記されていたり、文字だけでなく図も描かれていたりして面白い。最終的に、必要な魔力と集塵力が伴わなくてコスト的にも商品には出来ない、と最後のページに力強くバッテン印がついていた。
「ありゃりゃ、実用化はできなかったんだ~…」
バッテン印の筆圧の強さ加減にメアリー様の悔しさ度合いが窺えるよ。
他の紙束も魔道具作成書かな?と思い手近に置いてあった別の紙束を読んでみる。
「あっ、これは…冒険者ギルドで売られている地図?」
以前、ゼウォンに借りたことのある世界地図の魔道具。60cmくらいの正方形の石版っぽい板の表面をタッチペンのような棒で操作する地図。その構想メモ及び研究のレポートだった。
こちらも殴り書きに近いような書き方で、思いついたことをそのまま羅列しているカンジみたい。もはや文章ではなく単語を書き連ねているし。ふむふむ、と目を通していくと、殆どがヘアグ語で書かれている記述に、ちょこっとだけ違う文字があった。
息をのんで、その文字を凝視する。目を瞬いてもう一度ジッと見る。
“as iPad”(iPadのように)
間違いない、メアリー様は地球の、しかも現代の英語圏の人だったんだ。
先程受けたテスト問題からして、地球の現代人だろうなとは思っていたけど。なんでヘアグに来たのが100年前だったんだろう?地球とヘアグでは時間軸が違うってことなのかな?よく分からないけど…まあ、考えても仕方ないか。
それにしても、ギルドで販売されている世界地図ってiPadをもとにしてたんだ…。
大きさも機能もiPadとは全然違うけど、よくタッチペン的なものを作成できたよね。
私には一からこんな魔道具作るのなんて無理だよ。メアリー様って天才だね!
同じ地球出身でも、出来不出来の違いを痛感し、ちょっぴり落ち込んじゃいました。